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きっと、先生はまだ八崎常雄を知らない。俺もわざわざ教えたり隠したりするつもりはない。
赤い女の夢は、たまに見る。そのたびに俺は苦しくなって飛び起きる。現実の世界で先生と言葉を交わして、指先にでも触れれば不安もなくなる。ただの夢だ。
死んでもいい。
その衝動は今もここにある。だけど先生には言わない。殺されてもいいと思うのに、これからもずっと先生といたい。乱反射する感情が、いつか報われるときがあるんだろうか。わからない。すぐにわかる必要もない。
よくある愛ではないけど、これも愛なんだろう。他に言葉を知らない。そういえばI love youを死んでもいいと訳した作家が、かつて日本にはいた。他のすべてをなげうってしまえる。疑いようもない。確実な気持ち。
先生が隠している本心は、明かされない。俺も言いたくない昔の話を持ち出さない。そばにいて他愛のない会話をする。背中を預ける。髪に触れる。指を絡める。足りなければ唇を重ねる。
セックスはしない。お互いに望んでない。あのときのあれは暴力だった。愛情の証として身体を重ねることは要らなくて、どちらかというと、先生の書いた小説を読むほうが、ひどく官能的で魅惑的だ。本来ならこの手で触れることの出来ない先生の頭の中。慎ましやかにならんだ活字を指でなぞり、好きな箇所は執拗に読み返す。丁寧にページをめくる。熟読するごとに、また違った感想や考察が出てくる。何時間でもこうしていられる。
こんなにも心底陶酔できるものを書いておいて、先生はまだ、執筆活動を続けている。最高の小説など絵空事と彼は笑ったけど、この調子だといつか現実になるんじゃと危惧している。もしそれが完成すれば先生は断筆してしまうし、今でさえ俺はこんな状態なのに、それを読んだらどうなってしまうんだろう。怖い。怖いけど、死んでもいい俺は、それを少し楽しみにしている。
終
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