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終業式を終えて、今日から長期休みに入る。この間梅雨が明けたばかりのじっとりした空気の中、日に日に暑くなる気温に比例して増える夏服の生徒や先生達をぼんやり眺めながら課題の提出を忘れて叱られている友人を待っていた。
……いや、友人と言うには語弊がある。彼は恋人だ。この国では同性愛なんかは嫌悪されたりからかいの目に晒されるものだから、いつだって隠して暮らしてきた。
しかし今はそんなことはどうだっていい、問題はこの炎天下にどれほど待たされるのかってことだ。一応日陰にいるけれど、自転車置き場の向こう側が陽炎で揺らめく様子を見ているとなんだかクラクラと目眩がしてくるような気がする。このまま倒れちゃまずいと水筒のお茶を一口飲んだ。
ちょうどその時、バタバタと下駄箱の方から慌ただしい音がして、うっかりさんな待ち人が現れた。僕がひらひらと手を振ると、待ち人は息を切らしたままそれに応じた。
「イース、ごめん……。思いのほか時間かかった……」
「いいよー、でもオプティが課題忘れるとか珍しくない?」
「うっかりしてたんだ。随分長く叱られちゃった」
彼は男子生徒としては鬱陶しいであろうざんばらで長めな髪を後ろで括りながら、まるで先程まで叱られていたことは忘れてしまったとさえ思えるくらいの明るい表情で笑った。それに微笑みを返すと、どうやら僕が笑ってくれたのが嬉しかったのかご機嫌そうにくるりとその場で一回転をして見せてくれた。
その様子がまるで小さな子供のように無邪気で可愛かったので、オプティの頬を優しく撫でてから地面に置いていたリュックサックを背負った。
「よーし、じゃあ帰りながら作戦会議をしよう」
「うん。……でも待たせたお詫びにコンビニでアイス奢る」
叱られていたことはどうでもいい癖、待たせたことは気にしていたらしい。まるで花瓶かなにかを割って叱られた犬のような感じで、彼は言った。
「やったー! じゃあ半分こにしよう。いつも勉強教わってるし」
僕がそう言うと、叱られてしょんぼりした犬からあっという間に撫で回されて喜ぶ犬に早変わりした。僕の反応しか気にしていないような様子の彼は本当にかわいい。
その後、コンビニの前でアイスを食べながら他愛もない話をした。さっきの愚痴とかテレビの話とか色々な話。でも、夏休み明けの課題とか進学だとか就職とかの未来の話はひとつもしなかった。
炎天が少し傾いて、アイスクリームで少し冷えたはずの体がじっとりと汗ばんでシャツが張り付いてきた頃、気がついたら本来の目的の「作戦会議」に移っていた。オプティは咥えていたアイスの棒をガジガジと噛みながら口を開いた。
「俺は、練炭がいいと思うんだけど」
「そうだね……えっと、死体が綺麗なんだっけ?」
僕の問いに彼は楽しそうに「うん」と大きく頷いた。彼は本当にこの話をする時は楽しそうな顔をする。つられて僕も楽しくなってくる。僕はオプティが楽しければ何だって楽しくて幸せなのだ。
「発見された時にあんまりグチャグチャだと、俺たちは死んでるからわかんないけど見つけた人がいい気分じゃないしね」彼はそう続けた。
「でも、暑いから腐っちゃうんじゃない?」
「どうせ死ぬんだから、クーラーガンガンかけて死んでやろうよ」
いたずらをする子供の笑みでいう彼に、僕も同じ顔で「そりゃいいや」と答える。その返事に満足したのか、オプティは必要なものをスマホにまとめたメモを見せてくれた。
なんと丁寧に予算の計算までしてある。普段の言動には反して随分几帳面だ。(僕がガサツなだけかもしれないけど)
……この作戦の目標は死ぬ事だ。僕らはこの17の夏休みに死ぬ。
でもただ死ぬんじゃない、二人きりになるための心中をする。
きっと勘違いされるであろうが、決してなにかに絶望したんじゃない。そうすることが当然なのだ。まるで呼吸をするように、あるいは毎朝登校するみたいに、僕らは当たり前に死ぬことを決めていた。
「意外にお金がかかるっぽいけど、俺この為に貯金してたから任せてよ」
このためにバイトをしてた、と少し誇らしげにいう君に
「僕だって貯金くらい……少しはあるよ」と僕はちょっと嘘をついた。
その後はいろんな話をして、僕らはずっと笑っていた。随分時間が経って日が傾いた頃に、一つだけの未来の話である明日の待ち合わせの時間と場所の確認をしてから十字路で別れた。
──ぼくらの心中まであと、一週間。
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