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恋人の葵と同棲していた東京から、名古屋に出向して11か月。
いつの間にか葵を遠ざけ、傷つけて追い詰めちまってた事に、オレはまだ無自覚だった。
「ハッピーバースデー!」
パン、とクラッカーを1個鳴らされ、「わー」とおざなりな拍手されて、今日が誕生日だったことに気が付いた。
「パーティーボックス~」
「スーパーの寿司~」
「ホールケーキ~」
オレの部屋に集まった男女が、持ち寄った物を自慢げに狭い座卓の上に並べる。
誕生日……。
イヤな予感に、うなじの辺りがチリチリした。
先月のいつだったか、先々月か? 珍しく電話をかけて来た葵が、12月第2週の週末、泊まっていいかって訊いてきて――「そんな先の予定はワカンネー」つって、「空いてそうなら連絡する」つって、うっかりそのまま忘れてた。
断りの電話、入れたかな? いや、入れてねーな。こいつらとの飲み会の予定、何も疑問に思わねーで入れちまったし。
マジ、忘れてた。
つか、葵が「12月の2回目の土日」なんて分かりにくい事言うからだろ。「槇君の誕生日」ってダイレクトに言ってくれれば。
いや、それでも……やっぱ忘れちまったかな、分からねぇ。誕生日だったの、今気付いたし。けど、さすがに放置はヤベェよな?
胸騒ぎがする。余計面倒な事になりそうな、そんな予感。
待ってたって訳でもねーけど、そういや誕生日の夜7時だっつーのに、まだ、葵から「おめでとうメール」が来ていねぇ。
放置しちまったからか? オレから連絡しなきゃ、祝わねぇつもりか? けど、別に催促してまで祝って欲しくねーし、放っといていーか?
部屋の中では、会社の同僚で同じマンションに住む仲間達が、わいわい料理を広げてる。
ここは、会社の社員寮代わりになってるマンションだから、オレみてーな独身で、実家がこっちにねー社員が何人か、同じように住んでいる。勿論一般の住人もいるけど、2階3階は社員ばっかだ。
「ケーキは酒に合わなくね?」
「えー、甘いもの欲しいし」
「だったらポッキーでいいだろ」
一人がオレに断りもなく冷蔵庫を開け、中から冷えた酒を次々に出して行く。
別に構わねーけど。だって皆の酒だしな。つか、うちの冷蔵庫が、このメンバーの中で1番デケーせいで、うちは酒蔵扱いだ。
女もいんのに信じらんねーけど、オレにとって当たり前だった自炊は、何かここではイレギュラーらしい。
そういう意識がなかったから、最初、結構無防備だったと思う。
葵が来るたびに料理作ってくれてたの、ニオイとかでモロバレで。「通い妻が来てる」とか噂されてたって、春頃に知った。
それからは作らせてねーし、こいつらとつるむのが楽しくて、あんま葵をここに呼んでねーから……。
……葵。
やっぱ、後でフォロー入れとくか。
けど、メールすんのも、こいつらが帰った後だよな。だって皆で集まって騒いでんのに、いきなりケータイ触り出すのもどうかと思うし。
咎められたりはしなくても、「彼女に連絡か?」とか、訊いて来られたり、覗き込まれたりすんのウゼー。
ただでさえ、写真とか見せらんねー関係だ。だって、男同士とか、普通じゃねーもんな。
ずっと一緒に住んでたせいで、色々感覚がマヒしてたけど……。
「湯島ぁ~」
紙皿にケーキを取り分けた同僚が、プラのフォークを舐めながら言った。
「コーヒー持って来たけど、カップ貸してくんねぇ? ちょっとあのプラカップは、ホット入れんの怖ぇーわ」
「あー」
オレは返事をしながら立ち上がった。
確かに、15個入り100円とかの、ぺらっぺらのプラカップにホットは怖ぇ。紙コップならちょっとはマシなんか? 紙コップ買っときゃ良かったか。
「あー、湯島君。私も貸して~」
女の一人が、立ち上がってこっちに来た。
「悪ぃ、マグ系は1個しか持ってねー。湯のみでいーか?」
流しの上に造り付けられた、小さな食器棚を開けながら訊くと、横で湯を沸かそうとしてたさっきの奴が、「奥にあんじゃん」と言った。
指差されて、あ、と思う。それは……葵がずっと前に買って来た、葵専用のマグカップだ。
「それは……」
と言いかけて一瞬、ためらった。
だって、何て説明すればいい? 恋人のだから使うなって? カノジョ専用なんだよとか? それ言うの、恥ずかしくね?
そもそも、黙ってりゃ誰が使ったってバレなくねーか?
悩んでる間に、男の同僚が勝手に食器棚の反対側を開けて、葵のカップに手を伸ばした。
そして、カップを持ち上げた瞬間――。
チャリン。
カップの中で、音がした。
「あー、何だ、小物入れに使ってたんか」
男が、女の方にカップを渡しながら言った。
「ホントだ。何これ、ヒヨコ可愛ぃー」
女がクスクス言いながら、カップの中をオレに見せた。
小物入れ? ヒヨコ?
何のことかと思いながら、オレは女からカップを受け取った。
そして……息を呑んだ。
カップの中には女の言った通り、ヒヨコが入ってた。ヒヨコの形の鈴のついた、この部屋の合鍵。葵に渡してたやつだ。
いや、それはいい。退出に必要だから、再三「返せ」って言ってたし。返して貰えんなら、それでいーけど。
鍵はいーけど。
よくねーのは。
よくねーのは、鍵と一緒に入ってた方だ。
「湯島? どうした?」
同僚が、心配そうに声を掛ける。オレは返事もできねーで、カップの中に指を突っ込んだ。
ちりん、とヒヨコの鈴が鳴る。
つまみ上げたのは、銀の指輪。
名前も刻んでねぇ。小さな石も入ってねぇ。シャレたデザインでも何でもねぇ、ただの指輪。でも、これはオレのとペアで……唯一の、恋人の証、だった。
葵、あいつ、どういうつもりだ?
最初に浮かんだのは、そんな疑問と苛立ちだった。
だって、10年も付き合っといて、たかがオレの誕生日1回放置したくらいで、指輪外して入れとくとか。んな陰険な真似しなくてもよくねーか?
けどすぐに、「待てよ」と思う。
あの電話以降、葵とは会ってねぇ。つか、電話した覚えもねぇ。じゃあ、誕生日に会えない腹いせ、とかじゃ絶対にねぇ。
なら、いつだ?
いつから、この指輪はここにあった?
いつから葵はここに来てねぇ?
いつから葵に会ってなかった?
いつ葵は。
この指輪を、こんなとこに置いてったんだ?
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