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校内案内と恐怖のランチ
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その後、チャイムが鳴って入ってきた古田先生に「常磐ー、野々瀬の真似か?」なんてツッコまれながら、校内案内が始まった。
「はぐれるんじゃないぞー」
みんなしてぞろぞろと古田先生の後をついて歩く。
僕はもう、あまりの恥ずかしさに最後尾をとぼとぼと歩いていた。
「とーきわくんっ」
そんな僕の腕に腕を絡めて、野々瀬がくっついてくる。
「野々瀬……さっきは酷いよ……」
恨み言を呟くと、「あんまり可愛かったから」とぺろっと舌を出された。
そんな理由でからかわれたらたまったもんじゃないよ……。
「やー、でも甲斐が常磐君の事好きだったなんてねぇ。驚いちゃった」
「ホントだよ……。僕のなにがいいんだか……」
小声でそんなことを話しながらはぐれないようについていく。
あれ、そういえば甲斐の姿が見えないような――……。
と思った途端、肩にぐいっと腕が回され、野々瀬と引き剥がされる。
「もー、なにするのさー」
「悪いな司。たとえ司でも槙に触られるのは嫌なんだよ、俺」
頬をふくらませて不満を表している野々瀬にそんなことを言いつつ、甲斐は僕の肩を抱く。
「……甲斐、近い」
ため息混じりにそう言って、言葉を続ける。
「あのね、僕オッケーとかしてないからね? 今混乱してて考える余裕ないから保留って言っただけだからね?」
「おう。でも、振られてもねーんだよな?」
「そうだけど、近い」
少し強引に身体を押して引き離そうとする。
「司は良くて俺はダメなのかよー」
不満そうな甲斐に、もう一度ため息をつく。
当たり前だ。野々瀬は純粋に友達として僕にくっついてきている。
それに対して甲斐はどういう訳か僕が好きだとか言ってくっつこうとしている。
くっつかれる方としては恥ずかしさが段違いだ。
「へっへーん。下心の有無の違いだよーだ」
「ぐぬぬ……」
野々瀬がまた僕の腕にくっついてきて甲斐を挑発している。
……もういいや。ちゃんと校内案内についていかないと。
「あっ、置いてくなよ槙」
歩みを早めた僕に、甲斐が慌ててついてくる。
高校に入っていい友達ができたなぁと思っていたのに……どうしてこんなことになってしまったんだろうか。
「もったいない……」
隣を歩く甲斐を見上げ、そんな言葉が漏れる。
甲斐はワイルドな男前で、その上高身長で運動もできる。
普通に女の子に人気がありそうだ。というか中学の時にも人気があったんじゃないかと思う。
それなのに、僕なんかを好きになって……。
「はぁ……。ホント、もったいない」
「な、なにがだよ」
しみじみと呟く僕を、戸惑ったように見下ろしてくる。
「甲斐にはもっといい人がいるんじゃないかなぁ」
「んなこたどーでもいいよ。俺が好きなのは槙なんだから」
ストレートな物言いに顔が熱くなって、慌てて視線をそらす。
「……悪趣味」
「なんとでも言え」
僕の悪態にも涼しい台詞だ。
なんだって、初めて告白された相手が男なのに、こんなにドキドキしなきゃいけないんだ。
野々瀬と佐木先輩に当てられたのかなぁ……。
「うふふ、お邪魔ですかな?」
いたずらっぽい顔でそんなことを言う野々瀬の腕に、腕をガッチリと絡ませる。
今二人になんてされたら、これからどう接していいのか分からなくなりそうだ。
僕はできれば、甲斐とは仲の良い友達として過ごしていきたい。
そんな僕の様子を察したのか、甲斐が口を開く。
「ま、俺が言うのもなんだけどそんなに意識すんなよ。当分は今のままの関係でいたいからよ」
……当分ってなんだ、当分って。
そこがちょっと気になったけど、甲斐も概ね僕と同じ気持ちのようなので首を縦に振る。
「……うん、僕も、今のままがいい」
「だろ? 安心しろって。お前の嫌がることは絶対しねーからさ」
ニッと笑ってそう言ってくれる。
男前だ。清々しいまでに男前だ。
「おーい、お前ら、置いてくぞー」
「えっ? あああ……!」
気づいたらクラスメイトと随分距離が空いてしまっている。
古田先生の言葉に、僕たちは慌てて皆の後を追いかけた。
特別棟は大雑把に分けて、1階が文系、2階が理系、3階が芸術系というふうに分かれているらしい。
分かりやすく言えば、1階には図書室とか、2階には化学室とか、3階には音楽室とかがある。
4階はもっと専門的に使われる教室や倉庫扱いの教室が多いらしく、僕たち1年にはまだあまり関係がなさそうだ。
「うぅ、疲れたよう……」
3階部分の案内の途中で、野々瀬がへばってきた。
もう結構な距離を歩かされているもんなぁ。
「大丈夫?」
「うん、なんとか頑張る……ん?」
力なく頷いた野々瀬だったが、何かに気づいたのか足を止めてキョロキョロしている。
「どうしたの?」
「いーちゃんのピアノの音がする」
「え?」
佐木先輩のピアノの音……?
言われて耳を澄ますと、確かにピアノの音がする。
続いて、合唱の声も。
音を辿っていくと、第2音楽室と書かれたプレートのかかっている教室から聞こえるようだ。
廊下側の窓は曇りガラスになっていて中が見えないから、扉の縦長の窓から中を覗き込む。
「……うわぁ」
見える景色に、思わず感嘆の声がもれる。
ほぼ正面に見えるグランドピアノ。その前に佐木先輩が座って流れるような手つきで音楽を奏でている。
窓からの光で髪の毛がキラキラ光って、まるで一枚の絵のようだ。
性格はアレだけど、やっぱり見た目はいいよなぁ……。
「ふぁぁ……いーちゃん、カッコいい……」
僕の下から教室内を覗きこんでいる野々瀬はうっとりとしている。
というか、なんで野々瀬はこのピアノの演奏をしているのが佐木先輩だって分かったんだろう。
これが……愛の力?
「佐木先輩ってピアノ弾けるんだね」
「ふぇ? あ、うんっ、いーちゃんはなんでもできるんだよ」
そう言って野々瀬は自慢気に胸を反らす。
本当に佐木先輩のことが自慢で大好きなんだろうなぁ。
「ケッ、気取りやがって」
甲斐は嫌そうな顔をしてそんなことを吐き捨てる。
佐木先輩と甲斐の和解への道は、はるか彼方まで続いていそうだ。
「……野々瀬、行こう。また置いて行かれちゃうよ」
ひたすらうっとりしている野々瀬の腕を引っ張って、僕たちは第2音楽室の前から離れた。
万が一佐木先輩に気づかれた日には、授業なんて無視して恋人同士の感動の再会を喜び合いかねない。
「えへへぇ、いいもの見ちゃった」
佐木先輩の姿を見て、すっかり元気が出たようだ。
スキップしながら先に進む野々瀬の現金さに笑みをこぼし、僕は野々瀬の後を追った。
***
4階の教室をざっと案内されおわったところで、4限目の終了を告げるチャイムが鳴った。
「ああ、もう昼か。じゃあここで解散な」
古田先生の言葉に、皆が「はーい」と返事をする。
「うわ、パン買いに行こうと思ってたのに、ここめっちゃ遠いじゃねーか」
甲斐がげんなりした口調でそう言う。
パンが売りに出されてるのは1階と1階の渡り廊下だったっけ。
4階のここからだと一番遠い場所だと言える。
「美味いって評判のハムカツサンド食いたかったんだけどなぁ……。ま、今日はいっか。俺先に行くわ」
「あ、うん。いってらっしゃい」
そう言って手を振ると、甲斐はダッシュで階段を降りて行ってしまった。
古田先生が「転ぶなよー」と声をかけているけど、聞こえていないだろうな。
「じゃあ、僕たちも戻ろうか。野々瀬はお弁当?」
「うん。常磐君も?」
「うん」
野々瀬の問いに頷く。
お弁当といっても、ほとんどが昨日のおかずの残りを詰めただけなんだけどね。
「じゃ、早く教室帰って一緒に食べよ!」
僕の腕を引っ張る野々瀬はどことなく嬉しそうだ。
「嬉しそうだね、野々瀬」
問いかけると、満面の笑みで「うん!」と言われる。
「そりゃあもう! 常磐君とお弁当食べるのは中学からの夢だったから!」
……随分とかわいい夢だなぁ。
そんなことを思いながら、野々瀬に引かれるままに歩く。
3階に降りると、音楽の授業が終わった第2音楽室からぞろぞろと人が出てきていた。
「あれ。佐木先輩、いないね」
「ホントだ。もう戻っちゃったのかなぁ……」
道を譲って人混みを眺めてみるも、特徴的な薄茶の髪は見えない。
野々瀬はちょっと残念そうにしていたけど、不意に「あっ」と小さく声を上げて駈け出した。
「野々瀬?」
「ごめん、ちょっと待ってて」
そう言って野々瀬が駆けていった先にいたのは、長身の生徒。
……あいつだ。
佐木先輩と同じクラス、なのか?
胸がまたドクンとする。
だけど、向こうが僕に気づいていないから、まだ平気だ。……うん、大丈夫。
あいつは、袖を引っ張る野々瀬に気づいて笑顔を浮かべている。
そんなあいつを見上げて、野々瀬はなにかを話している。
野々瀬に対してあいつは少し首を傾げた後、腕時計を見てから頷いた。
……なんだろう?
野々瀬は頷いたあいつの姿を確認すると、笑って手を振りながらこっちへ戻ってきた。
と……野々瀬の後ろ姿を見送っていたあいつと、また目が合った。
「!」
身を硬くする僕に向かって、あいつは少し申し訳なさそうな表情を浮かべた後、背を向けた。
まただ。また理由の分からない表情を向けられてしまった。
一体、なんなんだ……?
「常磐君、ごめんね。お待たせ……って、どうしたの?」
胸元を抑えて俯いている僕を見て、野々瀬が心配そうに覗きこんでくる。
「いや、ちょっと……また、目が合って、びっくりして」
「目が? ……先輩と?」
こくんと頷く。
心臓がバクバクして、心臓の音が周りに聞こえているんじゃないかって変な心配をしてしまう。
「ご、ごめんね。ボクが話しかけたから、気づかれちゃったんだね」
「野々瀬のせいじゃないよ。……だ、大丈夫」
長く息を吐いて、心臓を落ち着かせる。
中々落ち着いてはくれないけど、昨日みたいに体調に異常が出るほどじゃない。
「……なに、話してたの?」
僕の背中を撫でてくれている野々瀬に問いかける。
野々瀬はちょっとためらったような顔をして、口を開いた。
「今日のお昼ごはんの後、お話がしたいって言ってたの」
「話……?」
「うん。……常磐君のこと聞いてみようかなって」
僕の、こと……。
聞いてみたい気持ちはある。だけど、やっぱり怖い。
……でも、怖がってるだけじゃダメだ。
前に進むためには、僕の視点だけじゃなく、あいつの視点での事情も知らなくちゃ。
「余計なこと、だったかな……?」
恐る恐るというふうに尋ねてくる野々瀬に、僕は首を横に振った。
「ううん。ありがとう、野々瀬」
「よかったぁ。勝手なことして、怒られるかと思った……」
はぁっと息を吐いて、野々瀬は安心したように言う。
「怒ったりしないよ。野々瀬は僕のためにしてくれたんだから」
「そう言ってもらえるとホッとするよ。……それでね、常磐君にお願いがあるんだけど……」
お願い? 一体なんだろう?
僕に出来る事ならいいんだけど……。
戸惑った顔をしている僕に、野々瀬は言いづらそうに口を開いた。
「あのね、先輩とお話している間、いーちゃんの話し相手をお願いしたいんだ」
「…………」
佐木先輩の話し相手?
なかなか、いや、かなりハードルの高いお願いだ。
散々「暗い」と言われた僕が、佐木先輩の話し相手なんてできるだろうか。
「……ちょっと、難しい、かも」
「だ、大丈夫! いーちゃん、常磐君のこと気に入ってるから、きっとできるよ!」
弱気になっている僕を野々瀬は必死に励ましてくれる。
……ここでもし、佐木先輩の話し相手を断ったらどうなるんだろうか。
「つかさー! 司はどこだぁぁ!!」と教室を飛び出していく姿が容易に想像できる。
そうなったら野々瀬はあいつとゆっくり話をすることができないわけで……。
「……分かった。頑張ってみる」
覚悟を決めて、僕は頷いた。
正直不安はあるし、怖いけど……やってみないことにはどうなるか分からない。
頷いた僕を見て野々瀬は嬉しそうに笑い、僕の腕を引く。
「ありがとう、常磐君! じゃあ、早く教室に戻ってご飯食べよ!」
「そうだね」
腹が減っては戦はできぬ。
とりあえず僕たちは、教室に戻ることにした。
「おそーーい!」
教室に戻った僕たちを待っていたのは、野々瀬の席にふんぞり返る佐木先輩の姿だった。
「授業終わってからすぐすっ飛んできたのに、誰もいねぇからビビったじゃねぇか」
「校内案内に行ってたんだよ。待たせてごめんね、いーちゃん」
野々瀬がそう言いつつぎゅっと抱きつくと、佐木先輩の表情が緩く崩れる。
……ちょろい。
「ちょっと待ってね、いーちゃん。すぐお弁当出すから」
「おう。もう腹がぺこぺこだぜ」
いそいそと野々瀬が鞄からお弁当を取り出す。
一人分にしては随分な量だ。
「はい、どうぞ!」
ぱかりと開けられたお弁当箱の中身は明らかに二人分だ。
……つまり、毎日この二人は一緒にお弁当を食べる気なのか。
いや、朝の時点で薄々は分かっていたけどね。分かっていたけど……。
「おー。やっぱりおばさんの料理は美味そうだなぁ」
「ふふ、いーちゃんの分もあるから気合入れてたからね。いっぱい食べてね」
佐木先輩に箸を渡しながら野々瀬が言う。
ハンバーグに玉子焼きにアスパラ巻きに……僕のお弁当とは逆に洋風のお弁当だ。
野々瀬は僕の後ろの席の子に席を借りると、佐木先輩の横にぴったりくっついて座る。
「常磐君も早く食べよ?」
かわいくそんなことを言われるが、この二人の中に入っていくのは非常に気まずい。
でも、野々瀬は僕と一緒にお弁当食べるの楽しみにしてたからなぁ……。
「お、お邪魔します」
「おう、邪魔しろ」
邪魔すんなと睨まれるかと思ったら意外にも鷹揚に迎え入れられた。
ハンバーグとレタスを一緒に食べながら、佐木先輩は「はよ食え」と手招きしている。
自分の椅子を野々瀬の方に向け、お弁当を出す。
「ほお、和食か」
蓋を開けた中身を覗き込みながら佐木先輩が言う。
視線が肉じゃがのじゃがいもに釘付けになっている。
「えっと……食べますか?」
「いいのか? くれ」
僕の言葉にそう言って、佐木先輩は口を開ける。
……ええー、食べさせろってことなのかな、これは。
数秒迷った末、僕は野々瀬にお弁当箱を差し出す。
「野々瀬、お願い」
「え、ボク? じゃあ、はい、いーちゃん」
「んー。……ん、うめぇなコレ」
野々瀬が差し出したじゃがいもを食べて、佐木先輩はご満悦だ。
気に入ってもらえてよかったけど、まさか「あーん」を要求されるとは……。
しかし、野々瀬も自分の恋人が他の人間に食べさせてもらおうとしているのが気にならないんだろうか。
「野々瀬、平気なの?」
「ん? なにが?」
「その、佐木先輩の、今のあれ」
ぼかしながら聞くと、野々瀬は「ああ」と言って頷いた。
「うん。常磐君ならいいよ。いーちゃん取ったりしないから」
そういう問題なのか。
変なところで寛容な野々瀬に半ば感心しつつお弁当を食べる。
目の前で野々瀬たちは戯れに「あーん」をしあったりして楽しそうに食べている。
なんというか、いたたまれない……。
「はぁ、ようやく買え……げっ! またいるし!」
もそもそと食べていると、扉のところから心底嫌そうな声が聞こえた。
目を向けると、案の定甲斐だ。
……さようなら、僕の平和なランチタイム。
「あぁん? いて悪いかウドの大木」
「悪いに決まってんじゃないすか。アンタ、3年でしょ。1年のクラスに入り浸るのはどうかと思うんすけど」
そう言いつつ近づいてきて、僕の椅子を引っ張る。
「かっ、甲斐?」
「あんなのと食べねーで、俺と食おうぜ」
かろうじて今まで”あの人”や”この人”呼ばわりだったのが、ついに”あんなの”呼ばわりになってしまった。
甲斐の言葉と態度に、佐木先輩の片眉がぴくっと上がった。
「……テメェ、オレのハーレムを崩すんじゃねえ」
ハーレムってなんだ。
「司とイチャイチャしてりゃいいじゃないすか。槙は俺とイチャイチャするんで」
しないよ。
内心ツッコみつつ野々瀬に目をやると、目が合った途端なぜだか顔の前で両手を合わせて申し訳なさそうな顔をしてきた。
「野々瀬……?」
「ごめんね、常磐君。ボク、時間だから行ってくるね!」
「ええっ!? ちょ、ちょっと野々瀬!?」
「ごめんねー!」
引きとめようとする僕の声を背に、野々瀬は逃げるように教室を出て行ってしまった。
というか、逃げられた。
「……」
僕一人でこの状況をどうしろというんだ。
佐木先輩は野々瀬が出て行ったのにも気づかず甲斐と睨み合っている。
……あ、このまま放っておいてタイムアップになればいいかもしれない。
佐木先輩の足止めは甲斐に任せて、僕は知らん顔してご飯を食べよう。
我ながら名案を思いついたものだとお弁当を食べるのを再開すると、甲斐がヘッと笑った。
「なーにがハーレムだ。本妻に逃げられてるじゃないっすか、センパイ」
「んなっ!? つ、司!?」
甲斐のバカーーー!!
僕の名案はわずか10秒で崩壊した。
慌てた様子で周りを見回した佐木先輩は、教室に野々瀬の姿がないと認めるやいなや教室を飛び出していこうとする。
「ま、待って佐木先輩! 行かないでください!」
その制服の裾を慌てて引っ掴む。
頑張れ僕。野々瀬のお願い、叶えなくちゃ……!
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