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家に野々瀬がやってきた
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――……十数分後。
啓太と二人、こっそりと様子を窺っていた野々瀬と母さんの様子が変わってきた。
最初は母さんの問いかけに真剣な顔をした野々瀬が答えるという形だったのに、なんだか今は……面接中とは思えない、和やかな雰囲気になっている。
母さんも野々瀬も楽しそうに笑いながら話に花を咲かせているようにみえるのは気のせいだろうか。
「なんか、面接中って雰囲気じゃなくないか?」
啓太もそう思ったのか、オレンジジュースを一口飲んで問いかけてきた。
「うん……。なんていうか、世間話に盛り上がってるようにみえるね」
面接ってこういうものなんだろうか?
……あ。僕たちが様子を窺ってるのに気付いた野々瀬が手を振ってる。
いいの? 面接中に、それでいいの?
「お待たせー」
それから数分経って、野々瀬が笑顔で戻ってくる。
「常磐君のお母さんってすごく優しくて素敵だね! 話が盛り上がっちゃったよー」
言いながら席に座り、すっかり冷めたココアをくるんとかき混ぜてコクリと飲む。
母さんは……笑顔で僕たちに手を振って、店の奥に戻ってしまった。
面接の結果はどうだったんだろうか? あの様子だとかなり好感触っぽいけれど。
「野々瀬、面接はどうだったの?」
それでも少し緊張しながら問いかけると、野々瀬は満面の笑みでVサインを作り、「採用してくれるって!」と答えた。
その言葉に僕と啓太の肩の力が一気に抜ける。
「そっか……、よかったなぁ、野々瀬」
「うん! なんかね、人と接するのは好き? とか、立ちっぱなしは結構疲れるけど大丈夫? とか、お家の許可はとってあるの? とか色々聞かれたけど、大丈夫ですって言ったらオッケーもらえちゃった」
そ、そんなものなんだろうか……。
案外適当だなと思う僕の前で、「でね」と野々瀬はほんのりと赤く染まった頬に手を当てた。
「笑顔が素敵で元気がいいから、こちらからお願いしますって言ってくれたんだ。へへっ、嬉しいなぁ」
確かに野々瀬より笑顔の可愛い子というのは滅多にお目にかかれない。
というか、野々瀬の場合笑顔じゃなくても可愛いんだけどね。
「あっ、そうだ。お母さんにメールしなきゃ」
「? 許可もらってるんじゃなかったの?」
いそいそとスマホを取り出す野々瀬を見て首を傾げる。
そんな僕に野々瀬は照れたように笑って言った。
「もらってるけど、そっちの話じゃなくて。晩ごはんのお誘いされたから」
「へっ……? そ、そうなの?」
「うん、お父さんに顔見せもしたいし、いつも常磐君がお世話になってるからって」
野々瀬がうちで晩ごはんを食べるのかぁ……。これは梢の様子が見ものだな。
「ボク、いーちゃんのお家以外のお宅でご飯食べるの初めてだから、ドキドキしちゃうなぁ」
野々瀬はすごく嬉しそうだ。
こうも喜んでもらえると、誘ったのは母さんだけれど僕も嬉しいな。
「あ、じゃあ僕、晩ごはんの手伝いしようかな。せっかく野々瀬に食べてもらうんだからね」
「いーなぁ野々瀬。俺も槙んちで飯食いたいなー」
啓太は羨ましそうに言ったあと、ふと時計に目を向けて顔をしかめる。
「いけね。そろそろ帰って晩飯作んねーと。そんじゃ俺、帰るな。野々瀬、ホントにおめでと!」
野々瀬に笑顔でお祝いを言って、啓太は「また金曜なー」と手を振って帰っていった。
「……さて、それじゃあ僕たちも行こうか?」
「うんっ」
こうして、僕の家に初めて野々瀬がやってくることになったのだった。
***
「お手伝いはいいからお夕飯まで司ちゃんのお相手をしてね」という母さんの言葉で、僕は野々瀬を自分の部屋へと案内した。
いつの間にか呼び方が野々瀬君から司ちゃんに変わっている。母さんも野々瀬を気に入ったみたいだ。
って、うわ、今日寝坊したからパジャマが脱ぎっぱなしだよ……。
「ご、ごめん野々瀬。朝バタバタしてたから片付いてなくて」
「そんなことないよ。わー、ここが常磐君のお部屋かぁ……」
慌ててパジャマをたたんでしまう僕をよそに、野々瀬は興味深そうに僕の部屋を見回している。
僕の部屋には娯楽がない。本棚に入ってる本は教科書か参考書がほとんどだし、TVもなければ当然TVゲームもない。
あるものといえばタンスに勉強机とベッド、それからコンポと観葉植物くらいだ。
「ごめんね、つまらない部屋で。遊ぶものがなにもないんだ」
「ううん! お話して過ごせばいいんだもん、常磐君がいてくれたらそれでいいよ」
謝ったらそんな胸をキュンとさせる言葉が返ってきた。
そして野々瀬はためらうことなく僕のベッドに腰掛け、見上げてくる。
「えへへ、ドキドキしちゃうね」
はにかむ野々瀬にまた胸がキュンとした。
こんなに無防備だと、他の人が相手だったら貞操が危ないんじゃないのかな……?
「ねぇねぇ常磐君、ここ、ここ」
更にはぽすぽすと自分の横を叩いて座るように促してくる。
僕が野々瀬に恋心を抱いていたら無事じゃすまないよ、これじゃあ。
梢だったらゆでだこ状態で倒れてしまってもおかしくないところだ。
「お、お邪魔します」
「お邪魔しますって、常磐君の部屋なのに、変なの」
野々瀬がクスクスと笑う。
それもそうだ。ちょっと緊張しているのかもしれない。
「えっと、なに話そうか?」
野々瀬の横に腰掛け、問いかける。
野々瀬は「そうだなぁ」と頬に指を当てて首を傾げたあと、ポンと手を叩いてにっこり笑った。
「やっぱりお店のこと! よろしくお願いします、槙先輩!」
「槙先輩って……あははっ、なにそれ?」
「だって常磐君はボクの先輩になるんだもん! 先輩だよ」
吹き出す僕に野々瀬はちょっと得意げな顔をして答える。
なんで得意げなんだろう。
その様子がまたおかしくて、僕はしばらく笑いが止まらなくなってしまう。
「もー、そんなに笑ってないで早く教えてくださいよー、槙先輩」
「ちょ、ちょっと待って……それ面白すぎるから普通にしてくれる?」
「えーっ、気に入ってるのにー。常磐君の笑いのツボ、よく分かんないよ……。じゃあ常磐君、よろしくお願いします」
野々瀬はしぶしぶといった様子で槙先輩呼びをやめてくれた。
ふう。笑いすぎてお腹が痛い。
他のお店では必要かもしれないけれど、うちの店ではそういう上下関係はあまり必要ないからね。
特に僕たちは同級生で友達なんだから、尚更だ。
それからしばらく、お店でやることをひと通り説明する。
野々瀬はノートを取り出してメモを取りながら真剣に聞いてくれた。
「最初はメニューを覚えるのが大変かもしれないね。あと、どんなケーキなのか聞かれた時の説明とか」
「あう……。みんながアップルパイを注文してくれたら楽なのに……」
部屋に置いてあったメニュー表の控えを見せると、野々瀬は小さく呻いて頭を抱える。
「あ、でも大丈夫だよ。最初はきっと、さつきさんやパートさんが色々とサポートしてくれるから。受けた注文を言ったら、「これだよ」って教えてくれたりね」
「そっか……ならよかったぁ」
僕のフォローの言葉に野々瀬は心底安心した顔をしている。
僕も初めて店に立った時は色々と不安だったなぁ……なんだか懐かしい。
「あと、コーヒーや紅茶は基本的にさつきさんたちにお願いしたほうがいいかも。みんな、淹れるのがすごく上手いから」
「ふむふむ……」
「接客は明るく元気よく、だね。これは野々瀬は心配ないと思うけど」
「うんっ、任せて!」
野々瀬が笑顔でガッツポーツをとったところで、遠慮がちにドアがノックされた。
「? はーい」
立ち上がってドアを開けると、部活から帰ってきたらしい梢が緊張した面持ちで立っている。
「あ、梢。お帰り」
「た、ただいま。……あの、野々瀬さんが来てるって、聞いたんだけ、ど……」
言いかけた梢の目が真ん丸になる。
振り返ってみれば野々瀬が笑顔で梢に手を振っていた。
「梢君、お帰り! 部活、お疲れ様」
「たっ、た、ただいまです! 野々瀬さんもお疲れ様です!」
久しぶりの野々瀬の姿に緊張したのか、梢は綺麗に直角に頭を下げている。
その姿に苦笑しながら梢を部屋の中に招く。
「あの、野々瀬さん。うちでバイトするってホントですか?」
下で母さんに聞いたらしく、梢は目をキラキラ輝かせながら野々瀬に問いかける。
「うんっ。至らないところがいっぱいあると思うけど、よろしくね?」
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」
また勢い良くおじぎをし、梢はそろそろと野々瀬の向かいの床に座った。
……が、落ち着かない様子ですぐまた立ち上がる。
「あ、あの。飲み物とか持ってきましょうか? あ、それかなにか遊ぶものとか。兄貴の部屋なにもないし」
「ううん、大丈夫だよ。一緒にお話しよう?」
にっこりと笑う野々瀬の笑顔に顔を真っ赤にして、梢は改めて座り直す。
初々しくて微笑ましい姿だ。ただ、相手が悪いと言わざるをえないけれど。
「そういえば、梢君はお店に出たことあるの?」
「あっ、はい。まだ数回だけですけど」
「そっかぁ。ね、初めての時ってどんな感じだった?」
「ああ、確か、梢って泣きそ――……」
僕が口を挟みかけると、梢は慌てた様子で「わーわーわー!!」と手をぶんぶんと振る。
今のはちょっと意地悪だったかな。
「なきそ……?」
「う、ううん! えっと、結構ちゃんとやれてたんじゃないかな。さつきさんも「頑張ってた」って言ってたし」
首を傾げる野々瀬に慌てて首を横に振り、思い出しながら言葉を続ける。
あの日はレジの間違いもなかったし、うん。泣きそうになりながらもちゃんとやれていたんじゃないだろうか。
「そうなんだ。すごいね、梢君!」
「えっ、い、いや、そんな……」
野々瀬に褒められた梢はまんざらでもなさそうな顔をしてえへへと笑う。
それから、3人で話をしながら晩ごはんまでの時間を過ごした。
***
今日の晩ごはんは鶏の竜田揚げだった。
「うわぁ、竜田揚げ? うちじゃ滅多に食べられないから嬉しいなぁ」
大皿に盛られた竜田揚げに、野々瀬は嬉しそうに目を輝かせている。
「まだまだあるから、いっぱい食べてね」
「はいっ!」
元気良く頷く野々瀬の姿に、母さんも嬉しそうだ。
「お、俺もいっぱい食べるよ!」
梢はなぜか張り合っている。というか、野々瀬の真似をしたいのかな?
僕たちがテーブルに着くと、ちょうど野々瀬の顔を見に来たのか父さんがやってきた。
「あっ、こんばんは! 常磐君のクラスメイトで、今度からこちらでバイトさせてもらうことになった野々瀬 司です! よろしくお願いします!」
父さんの姿を見るなり、野々瀬は立ち上がってぺこりと頭を下げる。
そんな野々瀬をにこにこしながら眺めて、父さんは口を開いた。
「そんなにかしこまらなくていいよ、司君。いつも槙が仲良くしてもらっているようで、ありがとう。これからよろしくな」
「は、はいっ」
ぱぁっと、野々瀬が花がほころぶような笑顔を浮かべる。
父さんは「これからが楽しみだな」と微笑むと、母さんの方を見た。
「まだちょっと立て込んでいるから戻るのはもう少し後になりそうだよ。……司君、店が終わったら送っていくから、それまでゆっくりしていってくれ」
「えっ、ボク一人でも大丈夫です」
父さんの申し出に野々瀬は慌てて手を左右に振っている。
「いや、もう遅いしな。それに、雨も強くなってきた。司君の家はここから少しあるんだろう?」
「はい。でも……」
「野々瀬、送って行ってもらいなよ。父さんの言うとおり、雨がひどくなってきてるし」
遠慮する野々瀬にそう進言する。
外から聞こえる雨音は結構激しい。
雨の降る暗い夜道を野々瀬一人で帰らせるのはちょっと心配だ。
さつきさんも車の免許を取るまではちょくちょく父さんが送って帰っていたし、遠慮することなんてない。
「……ん、分かった。じゃあ、お世話になります」
僕の顔と窓の外を交互に見たあと、野々瀬は申し訳なさそうに父さんに頭を下げた。
「よし。じゃあ、また後で」
そう言って父さんは店へと戻って行ってしまった。
父さんを見送る僕たちに母さんが声をかける。
「さあ、冷めちゃう前に食べましょう。司ちゃん、座って座って」
「あっ、はい! えっと……いただきます!」
椅子に座って手を合わせた野々瀬の言葉を音頭に、僕たちはごはんを食べ始めた。
甘いものだけかと思っていたけれど、野々瀬はなんでもよく食べるようだ。
大皿に盛られた竜田揚げがどんどんと減っていく。
「すっごくおいしいですー!」
ごくんと竜田揚げを飲み込んだ野々瀬が幸せそうな顔で言う。
口に合ったみたいでよかった。
「うん、今日の竜田揚げは特別うまいや!」
野々瀬に負けじともりもり食べている梢も幸せそうだ。
特別おいしいのは野々瀬と一緒だからかもね、梢。
二人を微笑ましく思いながら眺めていると、野々瀬が「んっ?」と僕を見た。
「どうしたの? 手、止まってるよ? 常磐君は食べないの?」
「食べてるよ。ただ、野々瀬があんまりおいしそうに食べてくれるから嬉しくて」
「ふぇっ!? そ、そう?」
僕の言葉に、野々瀬の頬がほんのりと赤く染まる。
野々瀬がこんなにたくさんごはんを食べること。こんなにおいしそうに食べること。
それは、今日こうして一緒に食べないと知らなかったことだ。
野々瀬のことをまた一つ知れて、それも嬉しい。
……なんて、恥ずかしいから言わないけれど。
「でも今日の槙は結構食べているわね。食欲が戻ってきたようで安心したわ」
食事を再開する僕を見て母さんがホッとしたように笑う。
確かに今日はごはんがいくらでも食べれる気がする。
きっと、悩みが一つ解決したからだろう。
「うん。この調子ならすぐに店に出れるようになると思うよ」
「いいのよ。槙は今まで随分と手伝ってくれていたんだから、少しは休みなさい」
「ええー……。早く野々瀬と一緒に働きたいのに」
不満そうにする僕を見て、みんなが笑う。
そうして、いつもよりも明るい雰囲気で食事は進むのだった。
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