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オレ様からの電話
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夕食を食べ終えて、リビングで母さんを交えて4人でババ抜きをしていると父さんが仕事を終えて戻ってきた。
「お待たせしたね、司君。送っていこう」
「あっ、はい。ありがとうございます」
父さんに声をかけられた野々瀬は、一瞬寂しそうな顔をしたけれどすぐに笑顔になって頷いた。
そして荷物を持って立ち上がる。
「今日はすっごく楽しかったです! ありがとうございました!」
「司ちゃん、私たちも楽しかったわ。また遊びに来てちょうだいね」
頭を下げる野々瀬に母さんが微笑みながら言う。
食後のババ抜きはものすごく盛り上がった。
母さん以外の顔に出やすい3人組の熾烈な2位争いがメインになりつつあったけれど。
ちなみに一番弱かったのは……僕じゃなくて野々瀬だ。
喜怒哀楽の分かりやすい野々瀬らしい結果が微笑ましかった。
「野々瀬、僕も一緒にいくよ」
「えっ、いいの? ありがとう、常磐君」
玄関で靴に履き替えている野々瀬にそう言うと、野々瀬は嬉しそうな顔をして僕を見上げた。
その顔を見て梢が「俺も!」とずいと身を乗り出す。
「あはは、じゃあ梢も一緒に野々瀬を送っていこうか。母さん、行ってくるね」
「ええ。じゃあ、明日からよろしくね、司ちゃん」
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」
母さんに見送られ、僕たちは父さんの車に乗り込んだ。
野々瀬の家は繁華街の少し手前の住宅街だった。
8階建ての大きなマンションだ。7階に住んでいるらしい。
「えっと、おじさ……じゃなくて店長、ありがとうございました」
おじさんと言おうとして、野々瀬は慌てて言い直している。
そんな野々瀬を見ておかしそうに笑い、父さんが口を開く。
「店以外ではおじさんで構わないよ。司君は槙の友達だからね」
「そ、そうですか? じゃあ、おじさん、ありがとうございました!」
安心したように笑い、野々瀬は改めて頭を下げる。
「野々瀬さん、また遊びに来てくださいね!」
「うん、今度はもっとたくさんお話しようね」
濡れるのも構わずに車の窓から顔を出している梢に傘を差し出しながら、嬉しそうに笑っている。
……やっぱり、野々瀬は今まで、心を開いて遊べる友達というのが、いなかったのかもしれないな。
佐木先輩の家以外のお宅でごはんを食べるのは初めてだと言っていたし……。
「野々瀬、うちでよかったらいつでも来てね。なんなら今度は泊まりにおいでよ」
「え、い、いいの? ……うん、うん! ありがとう、常磐君!」
僕の言葉に、野々瀬は何度も頷いて心から嬉しそうに笑ってくれた。
***
野々瀬を送ったあと家に帰り、お風呂に入る。
ゆっくり湯船に浸かってから部屋に戻ると携帯がメールの着信を知らせていた。
野々瀬かな?
そう思いながら携帯を開くと、案の定野々瀬と、佐木先輩からメールが来ている。
佐木先輩からのメール……嫌な予感しかしない。
最初に野々瀬からのメールを開いてみると、今日のお礼と明日からの意気込みが顔文字満載で書かれていた。
やる気満々のようで店の息子としてはありがたい。
けど、あれで中々の重労働だ。休憩を挟むとはいえ、結構な体力を削られる。
最初のうちはある程度の気持ちの余裕を残して挑んだほうがいいだろう。
「こっちこそありがとう。やる気があって頼もしいね、でも最初のうちはゆっくり慣れていこうね」と返信する。
倒れなんてされたら野々瀬に合わせる顔がないし、佐木先輩になにをされるか分かったものじゃない。
……そうだ、佐木先輩だ。
佐木先輩が僕にメールをしてくるなんて珍しいにも程がある。
恐らく野々瀬にうちでバイトをすることを聞いて、文句の一つでも言いたくなったに違いない。
なんて謝ろうか頭を悩ませながらメールを開こうとした瞬間、携帯が着信を知らせた。
驚いて危うく携帯を落とすところだった。
「も、もしもし?」
慌てて着信相手を確認もせずに電話に出ると、『よお』とぶっきらぼうな声が返ってくる。
この声は……佐木先輩だ。
「あ、佐木先輩。こ、こんばんは」
メールだけじゃ足りなくて、電話でまで文句を言うつもりなんだろうか?
戦々恐々としながら挨拶をする僕に、佐木先輩は予想外のことを言ってきた。
『あー、メール見たか? やっぱいちお、口でも礼を言っとこうと思ってよ』
「…………え?」
お礼? 文句じゃなくて、お礼?
「す、すみません。今ちょうど見ようとしていたところだったので、メールの方はまだ見てないんです」
『そうか。ま、いいや。司のこと、今日はサンキュな』
「いえ、そんな。なんか、すみません……」
『なに謝ってんだよ。オレは感謝してるんだぜ?』
そう言って電話の向こうで笑う。
その響きが優しいものだったので、僕は恐る恐る問いかけてみた。
「あの……怒ってないんですか?」
『は? 怒る? なんでだよ』
「いえ、その……野々瀬を、勝手にバイトさせたりして……」
『怒りゃしねぇよ。別んトコならともかく、お前んちだしな。大体が司が決めたことなのにお前に怒るのはお門違いだろ』
佐木先輩は僕が思っているよりも、野々瀬に対して冷静な判断力を持っているようだ。
思わず安堵の息をこぼす僕に、おかしそうに問いかけてくる。
『なんだ? 怒られるかと思ってたのか?』
「え、えっと……その、はい」
正直に答えるとブハハと笑われた。
『そりゃ司のことは大事だけどよ、そこまで自主性潰しちゃ司のためにはなんねぇだろ。そのくらいのことを考えられる程度にはオトナなんだよ、オレ様は』
本当の大人は自分で大人とは言わないと思う。
得意げな佐木先輩にツッコミたいのを我慢して、僕は改めて尋ねる。
「それで、お礼っていうのは?」
『ああ。バイトのこともなんだけど、飯食わせてやってくれたって聞いてよ』
「あ、はい。一緒に食べましたけど……お礼を言われるようなことじゃないですよ」
友達なら普通、こういうこともあるんじゃないだろうか?
僕も前、啓太や浩司のお家でお昼ごはんや晩ごはんをごちそうになったことがあるし、泊まりに行ったこともある。
『あー……、まぁ、お前にとっちゃそうかもしれねぇけどよ、司には特別なことなんだよ』
「特別……?」
少し言いづらそうに言う佐木先輩に、オウム返しに問いかける。
佐木先輩は言おうか言うまいか逡巡しているのか、しばらく『あー』とか『えーと』とか言ったあと、ようやく話しだした。
『お前、ちっせぇ頃に司がいじめられてたって話、知ってるか?』
「はい。前に野々瀬に聞いたことがあります」
いじめっ子を佐木先輩が撃退したのがきっかけで、野々瀬は佐木先輩のことを本気で好きになったんだっけ。
そのことを思い出しながら答えると、佐木先輩は『じゃあ話が早いな』と話を続けた。
『あのよ、見ててあんま分かんねぇだろうけど、あのことは司にとって結構トラウマになってんだよ』
「えっ、そ、そうなんですか?」
……全然分からなかった。
だって野々瀬は、誰にでも元気に優しく接していたから。
だから、僕はすっかり過去のことだと割り切っているんだと思っていたんだ。
『やっぱ分かんねぇよな。アイツ、あれで人に嫌われないようにっていっぱいいっぱいなんだぜ? だから浅いトコまでは仲良くできるけど、深く人と接するのを怖がってんだ』
「……知らなかった、です……」
佐木先輩の話は、僕にとって少なからずショックだった。
あんなに明るい野々瀬が、そんな悩みを持っていたなんて……。
『けど、お前は違う。あと、林ってのと新谷ってのもか? お前らとツレになってから、司は本当の意味でよく笑うようになったんだ。前は司のツレの話なんて禁句だったのに、自分から話してくれるようになってよ』
「……」
『そんで、今日お前、司に飯食わせてやっただろ? オレに電話しながらアイツ泣いてんだよ。『楽しかった』『嬉しかった』って笑いながらさ』
「野々瀬……」
野々瀬の様子を想像したら、鼻がツンとした。
僕も野々瀬とまた少し仲良くなれたみたいで、一緒にご飯を食べることができて嬉しかった。
でも、野々瀬は、僕よりももっと喜んでくれていたんだ……。
『……槙』
思わず鼻をすする僕の名を改まった口調で呼んで、佐木先輩は照れくさそうに言った。
『ありがとな。司とツレになってくれて』
「そんなっ、僕こそお礼を言いたいくらいです。野々瀬はいつだって僕に元気をくれて、助けてくれて……」
そこから涙声になってしまって、言葉がうまく出てこない。
野々瀬の気持ちを考えたら、涙が止まらなかった。
『おいおい、お前まで泣いてどうすんだよ。……ったく、仕方ねぇヤツらだな』
呆れたように言っていたけれど、佐木先輩の声色は優しかった。
『そんじゃな、さっさと寝ろよ! あとこの話は司には秘密だからな! 言ったらデコピン食らわす!』
「あ……」
涙の止まった僕に改めて『司のことを頼む』と言ってから、佐木先輩は急に恥ずかしくなったみたいで一方的にまくし立てるとさっさと電話を切ってしまった。
切れた携帯をしばらく見つめる。
佐木先輩、本当に野々瀬のことが大切で、大好きなんだな。
僕も、佐木先輩と同じくらい、とまではいかなくても、野々瀬のことを大事にしよう。
だって野々瀬は、僕の大切な友達なんだから。
そう強く誓ってから、思い出して佐木先輩から来ていたメールを見てみる。
「司のこと、感謝してる」と一言。
佐木先輩らしいな。
小さく笑みをこぼし、僕は明日の準備をしてベッドに入った。
今日も、よく眠れそうだ。
***
翌日は昨日の雨が嘘みたいないい天気だった。
明日も晴れたらいいな、と思いながら駅へと向かう。
「常磐君! おっはよー!」
駅前のいつものところで、野々瀬が手を振っている。
笑顔で手を振り返して駆け寄ると、ぎゅっと腕にしがみつかれた。
「えへへ、昨日はありがとうね」
「こっちこそありがとう。楽しかったよ」
そう言って頭を撫でてあげたらくすぐったそうに笑う。
こんなに明るくて可愛い野々瀬が、あんなトラウマを持っているなんて……。
僕はずっと野々瀬を大切にしよう。友達なんだから。
「ん? な、なに?」
じっと見ていたら、野々瀬が頬を赤らめて首を傾げた。
「なんでもないよ。行こうか」
昨日のことは佐木先輩との秘密だ。
笑って首を横に振り、僕は野々瀬を連れて改札を抜けた。
話をしているうちにあっという間に学校につき、佐木先輩が来るまでのんびりとする。
「あのね、今日から自転車で駅に来ることにしたんだ。そのほうがバイトの時、帰りが楽だから」
「そっか。いい考えだね」
野々瀬の家は初めて行ったけれど、僕の家からだと歩いて20分位だろうか。
それだったら自転車で来たほうが楽だし、夜道を帰るのに安全だ。
「え、野々瀬バイト始めたの? どこで?」
周りにいた子たちが野々瀬の言葉を聞いて集まってきた。
野々瀬は笑顔で「時計屋さんっていう洋菓子屋さん。常磐君のお家だよ」と答えている。
「へー! 常磐の家って洋菓子店だったんだ?」
「う、うん。鳴海町の駅近くにあるんだ」
話を振られてちょっとキョドりながら答える。
入学からだいぶ経ったけれど、野々瀬や甲斐、遠山君以外から急に話しかけられるのにはまだ慣れられない。
「そっかぁ、鳴海町かー。今度行ってみようかな。常磐も店にいたりするの?」
「えっと、よく手伝ってるよ。ただ、今はちょっと休んでるけど」
「それでボクがバイトすることになったんだよー」
そのままわいわいと野々瀬のバイト話で盛り上がり、ふと時計を見るともう予鈴前だ。
……今日は佐木先輩、来ないのかな?
不思議に思いながら扉の方を見ると、佐木先輩がほっとしたような寂しそうな、複雑な顔をして教室の中をそっと覗いていた。
野々瀬がみんなと話しているから、遠慮しているんだろうか。
でもそんな遠慮似合わないし、野々瀬だって話をしながら時計をチラチラ見て佐木先輩が来るのを待ってるのにな。
「あっ、佐木先輩、おはようございます」
「うおっ!? お、おう」
思い切って、少し大きな声で佐木先輩に声をかける。
まさか声をかけられると思っていなかったのか、佐木先輩はびくっと目を丸くしてから教室に入ってきた。
「いーちゃん、遅いよー!」
文句を言いながらも野々瀬はぱっと笑顔を見せて佐木先輩に抱きつく。
佐木先輩だけに見せる、甘い甘い笑顔だ。
「おう、ちょっとな。遅くなって悪かった」
そう言って野々瀬の額にちゅっとキスする姿に、周りから羨望と落胆の声がもれる。
「……まぁでも、これ見ないと一日が始まった気がしないよな」
「あぁん!? オ、オレらは見世モンじゃねぇぞ!」
誰かがぼそっと言った一言に、佐木先輩が啖呵を切る。
けど、意外と動揺を誘ったのか声はうわずっているし顔は仄かに赤い。
「……ぷっ、あははっ! いーちゃん照れちゃってカワイイ!」
「んなっ、つっ、司!?」
野々瀬が吹き出すのを皮切りに、どっと笑い声が上がった。
母さん、僕のクラスは今日も平和です。
「失礼します」
数分後、氏家先輩が佐木先輩を迎えに来た。
「でも先輩、毎日イチャつきすぎっすよー」
「独り身には沁みますね」
「うっせ。気になるならお前らもさっさと相手作りやがれ」
さっきので佐木先輩への恐れがなくなったらしい数人のクラスメイトが、野々瀬を抱えた佐木先輩と話をしている。
それを見て笑いながら氏家先輩は僕に話しかけてくれる。
「おはよう、常磐君。今日は賑やかだね」
「おはようございます、氏家先輩。クラスの子も、ようやく佐木先輩に慣れてきたみたいです」
「そうなんだ。それはよかった……のかな?」
疑問形になる氏家先輩にクスクスと笑う。
多分、よかったんだろう。
野々瀬を通じて佐木先輩との距離が近づいたってことは、それだけみんなと野々瀬の距離が近くなったってことだろうから。
「しかし、連れ戻しにくいな。だからといってこのまま置いて戻るわけにもいかないし」
「えっと、古田先生なら、佐木先輩も受け入れてくれますよ」
「それは置いていってもいいってことかな?」
僕の言葉に、今度は氏家先輩はおかしそうに笑う。
今日も屈託のない笑顔で、かっこいい。
「おいコラ槙、聞こえてんぞ! ……ったく、貴良、教室戻るぞ」
氏家先輩の笑顔に見とれかけた僕に一喝し、佐木先輩は自分から野々瀬を離すと氏家先輩の腕を引っ張った。
それからもう片方の手で野々瀬の顎をくいと持ち上げ、唇を塞ぐ。
「……じゃ、また昼にな、司」
「えへへ、うんっ」
佐木先輩からのキスに頬を赤く染めて野々瀬はにっこり笑い、その後ろ姿を見送った。
そしてそんな野々瀬の姿に以前よりも寂しそうな様子がなくなっていることに、僕は安心するのだった。
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