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幸せの裏側
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「……ふふ」
「えへへ……」
唇を離して、抱き合ったまま顔を見合わせて笑う。
なんだか、すごく幸せだ。
ずっと、このままでいたいな……。
「……おーい、そろそろいいかー?」
そんなことを思っていると、唐突に……本当に唐突に、遠慮がちな声がかけられる。
「え?」
「へっ……?」
格好はそのままに二人揃って声のした方に顔を向けると、佐木先輩が気まずそうな顔をして立っていた。
なんだ、佐木先輩か……――って、佐木先輩!? なななんでここに!?
弾かれたようにバッと身体を離す僕たちを見て、佐木先輩は申し訳なさそうに頬を掻いて口を開く。
「あー、その。いい雰囲気のトコ悪ぃな。そろそろ通行止めも限界でよ」
「……通行、止め?」
「つーかさ。お前らもうちょい雰囲気っていうか、シチュエーション考えて告れよ。ここは公道だぞ?」
やれやれ、とため息をつき、佐木先輩はくるりと背を向けて「おい、もう通っていいぞ」とやや大きな声で言う。
すると、しばらくして、啓太と浩司、それと買い物帰りらしい梢がぞろぞろとやってきた。
「あっ、兄貴だ! なにしてるんだ?」
「いきなり野々瀬のコイビトに「ここは通せねぇ」とか言われて何事かと思ったら槙じゃんか」
「ったく、迷惑な……」
3人はそれぞれ好きなことを言いながら近寄ってくる。
……えっと、これは……。
「…………」
「…………」
佐木先輩の言った「通行止め」の意味をようやく理解し、僕と氏家先輩はささっと更に距離をとって互いに顔を逸らす。
僕の顔も、氏家先輩の顔も、きっと真っ赤になっていることだろう。
よくよく考えれば、いくら人通りがないとはいえ、誰も通らないなんて都合のいいことがある筈ないんだ。
佐木先輩が、僕たちのために通行人の足止めをしていてくれたと、そういうことなんだろう。
「……スミマセン」
「すまない……」
小さく謝る僕たちに、佐木先輩は「いいってことよ」と笑ったけれど、不意に思い出したように携帯を取り出す。
「あ、もしもーし、涼平? もう済んだからそっちも通行止め解除していいぜ」
……反対側の道は浅山先輩が通行止めしていてくれたようだ。
二人の心遣いに心から感謝する。する、けど……。
……ものすごく、恥ずかしい。
「なぁなぁ兄貴、なにしてたんだよー」
「う……えっと、いや、なにも……し、してないよ?」
傍にきてくいくいと僕の袖を引く梢に、顔が赤くなっているのを必死に見せないようにしながら、僕はしどろもどろに答える。
啓太と浩司は僕と一緒にいるのが氏家先輩だということで察したようで、ニヤニヤと笑っている。
「あー、そういうことかー」
「槙も案外大胆だよなぁ」
……いい。今はそういうのいいから、早く行って下さい。
「ま、話は今度じっくり聞くとして。梢、お前の兄貴は今大変だからさっさと帰ろーぜ」
さすが親友というべきか。僕の気持ちが通じたようで、啓太が梢を引き剥がしてくれた。
啓太の言葉に、梢は不思議そうに首を傾げている。
「大変?」
「人生の大舞台に立ってんだよ。ま、お子様には分かんねえかなぁ」
「わ、分かんないけどお子様じゃないよ!」
梢は浩司に子供扱いされてムキになって反論している。
そういうところが子供なんだよ……。
「あーはいはい、梢はもう中学生だもんなー。ほら、さっさと行くぞ」
「ううー……、兄貴! 帰ったら話聞かせてくれよな!」
「う、うーん。……気が向いたら」
「やーくそくだからなー!」
後半、小声で言った言葉は聞こえなかったようだ。
両脇を啓太と浩司に固められ、梢は無事に退場してくれた。
だけどそれと入れ替わりに、もっと厄介な人が、薄闇の中でもすっごくいい笑顔をしているのが分かる雰囲気を纏いながらやってきた。
「やあ貴良、それにマキちゃん。こんなところでおめでとう」
「ぐ……。あ、ありがとう……」
「ありがとう……ございます」
どこかトゲのある言い方に引っかかりながらもそれぞれにお礼を言うと、浅山先輩は盛大にため息をつく。
「あーやだやだ。バカップルには嫌味も通じないのかな。僕の貴重な時間を返してほしいよ、全く」
そう言いつつも浅山先輩はどこか嬉しそうだ。というか楽しそうだ。
多分、氏家先輩と僕をからかう新しいネタができて嬉しいんだろう。そういう人だ、この人は。
「そう言ってやるな、涼平。貴良にようっっっやく春がきたんだからよ」
「それもそうだね。この貴良についに恋人ができたんだもんね。素直に喜んであげようか」
「………………」
佐木先輩たちの会話に、氏家先輩は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
面倒な人たちに弱みを握られたって表情だ。
申し訳なくなって、氏家先輩のそばに寄って顔を見上げる。
「あの……氏家先輩、ごめんなさい。僕がもうちょっと気を遣えれば……」
「えっ!? いや、常磐君のせいじゃないよ。俺も周りが見えていなかったし……。俺こそ、ごめんね」
やっぱり、氏家先輩は優しい。
僕の言ったことを慌てて否定して優しい笑顔を浮かべてくれるその顔に、見惚れそうになる。
この人が、僕の……恋人なんだ。
「はいはいはいストーップ。続きは人の来る心配のない二人っきりの場所でやってくれ」
見つめ合う僕と氏家先輩の間に身体を割りこませ、佐木先輩が思いっきり呆れた声色でストップをかけてきた。
「アハハ、付き合って数分でどこでも二人の空間を作り出せるなんて、一成と野々瀬以上のバカップルになる可能性があるかもね」
浅山先輩は心底おかしそうにケラケラ笑っている。
うう……恥ずかしい……。
そのあと、なにも言い返せない僕と氏家先輩は、なぜか2人に無理やり繁華街へと引っ張られていく羽目になったのだった。
***
なし崩し的に近くのファミレスに連れ込まれ、4人でテーブルを囲む。
……どうして、こうなったんだろう。
「今日は貴良のオゴリな!」
「あ、じゃあせっかくだし僕はステーキを食べようかな」
佐木先輩と浅山先輩は好き勝手言ってメニューを眺めている。
氏家先輩のオゴリって……。浅山先輩の狙っているステーキ、結構な値段がするんだけど……。
「仕方ないな。二人には迷惑をかけたようだし」
だけど氏家先輩は、苦笑してそう言うと自分もメニューを広げる。
そして僕を見て、「常磐君はなにが食べたい? ごちそうするよ」と微笑む。
「え、あ、いえっ。僕は自分の分は自分で払います。僕が氏家先輩にご迷惑をお掛けしてしまったんですから」
「迷惑なんてかけられていないよ。それに、俺のほうが先輩だし、幸せな気持ちにしてもらえたし、ごちそうさせてほしいな」
「あぅ……」
そんなことを言われると断りづらい。
頬を熱くして視線を下に落とす僕の肩を、ポンと佐木先輩が叩いた。
「槙、甘えてやれ。こーいうときに素直に「ありがとう! 大好きっ!」とか言われると嬉しいモンなんだからよ」
「そうそう。貴良の甲斐性、無駄にしちゃいけないよ?」
そういう、ものなんだろうか。
先輩2人に諭され、僕はそれじゃあ、と心を決め、氏家先輩を見つめて口を開く。
「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます。……え、えっと……ありがとうございます。大好き……です」
「ごほっ!」
僕の言葉に、水を飲みかけていた氏家先輩が盛大にむせる。
佐木先輩と浅山先輩は「槙は素直だなー」とか「マキちゃんかわいいよ、やっぱり」とか言いながら大笑いしている。
う……、なにか間違っていたのかな?
っと、それより氏家先輩だ。
「氏家先輩、大丈夫ですか?」
「けほっ……、うん、平気だよ。……あのね、常磐君。一成の言うことはあまり真に受けないでね。身がもたないから」
「……? はい」
どういう意味なんだろうと首を傾げつつ、氏家先輩にお手拭きを差し出すと、浅山先輩が楽しそうに言う。
「マキちゃんはかいがいしいね。貴良も「ありがとう、大好きだよ」って言ってあげなよ」
「はっ!? ……あっ」
言われて、氏家先輩の言った意味が分かって、更に頬が熱くなる。
そうだ。佐木先輩の恋人の見本はあくまでも野々瀬だ。
「ありがとう! 大好きっ!」というのは野々瀬と佐木先輩が長年の恋人同士だからこそすんなりと出る言葉なんだ。
なのに、僕は、恋人になって間もない氏家先輩に、そ、そんなことを……。
「うあぁ……」
頭を抱えてテーブルに突っ伏す僕に、気遣うように氏家先輩が声をかけてくれる。
「常磐君、そんなに気にしないで。俺、嬉しかったし。それより、なにが食べたい?」
「……おろしハンバーグセットを、お願いします……」
突っ伏した先で目にしたメニューを口にする。
これは価格も良心的だし、お昼がカレーだった僕にはさっぱりしていてちょうどいい。
氏家先輩は、「うん、分かった。俺もそれにしようかな」と言って、今度は佐木先輩と浅山先輩に話を振る。
「それで、お前たちはなにがいいんだ?」
「俺はこのスペシャルオムライスな! あとフルーツパフェとホットコーヒー」
「僕は初志貫徹でステーキセット。あ、300gでね」
メニューでちらりと確認すると、どちらもいい値段だ。そしてよく食べる。
この2人には遠慮という言葉は存在しないんだろうか。
氏家先輩は「了解」と苦笑交じりに言って店員さんを呼ぶボタンを押した。
ピンポーンという例の音の後に、店員さんがやってくる。
「いらっしゃいませ。ご注文をお伺いいたします」
「おろしハンバーグセットを2つと、スペシャルオムライスとフルーツパフェにホットコーヒー、それからステーキセットの300gをお願いします」
「はい。セットメニューではパンとライスが選べます。それと、ドリンクの方はいかが致しましょう?」
「そうだな……。常磐君は、どうする?」
ようやく顔を上げることができた僕に氏家先輩が問いかけてくる。
「あ、えっと、パンとアイスティーをお願いします」
「それじゃあ、俺もパンとホットコーヒーで。涼平は?」
「僕はライスとアイスコーヒーを」
ひと通りメニューを聞き終わった店員さんが、端末の情報を見ながら注文を繰り返す。
そして、それに氏家先輩が頷くのを確認して、「少々お待ちください」と一礼して厨房へと戻っていった。
そのうしろ姿を見送ってから、氏家先輩は佐木先輩に視線を向ける。
「……で、一成。どうしてあそこにいたんだ?」
それは僕も気になっていたことだ。
佐木先輩を見ると、「あー、それはだな」と、少し言いにくそうに話し始めた。
「槙がよ、お前に女を会わせるのが「本当は嫌だ」って言えなかったって聞いて心配でさ。様子伺ってた」
「それはその……ごめんなさい」
と、頭を下げるけれど、つまり駅前で抱き合っていたところから見られていたってことだ。
これ以上恥ずかしいことなんてないと思っていたけれど、更に恥ずかしさに拍車がかかって耳まで熱くなってきた。
そんな僕を気にすることなく、佐木先輩は話を続ける。
「で、だ。見てたらなんかいい雰囲気になってるじゃねぇか。公道で。こりゃあ貴良の親友としては一肌脱がなきゃいけねぇなと思ったわけよ」
「……それは、どうも」
氏家先輩の顔もこの上なく赤い。
「それで、交通整理のために僕も駆り出されたってわけ。大変だったよ、この先通行止めですって知らない人たち案内するの」
ニコニコと笑いながら浅山先輩が補足してくれる。
本当に佐木先輩と浅山先輩には多大なご迷惑をお掛けしてしまったようだ。
「ほ、本当にすみませんでした。あと、ありがとうございます」
「大好きって言ってくれてもいいんだよ?」
ぺこりと頭を下げる僕に、ウィンクをしながらそんなことを言う。
いつまでそのネタを引っ張る気なんだ、浅山先輩……!
「い、いわ、言わないですよっ」
「えぇー、協力してあげたんだからそれくらい言ってほしいなぁ」
「言わないったら言わないです!」
そんなやり取りをする僕と浅山先輩を、氏家先輩は複雑そうな顔をして見ている。
複雑そう、というか憮然としているようにもみえる。
「涼平、あんま槙を弄ってやるな。貴良が嫉妬してるぜ」
「っと。それは失礼。貴良はこれで結構ヤキモチ焼きっぽいからなぁ、気をつけないと」
「……そうだな。俺はかなりヤキモチを焼くほうだと思う。……常磐君は、ヤキモチを焼かれても、平気?」
浅山先輩の言葉に真面目な顔をして頷いた氏家先輩が、心配そうな顔で問いかけてくる。
氏家先輩が、僕なんかのためにヤキモチ……。
申し訳ないけれど、すごく嬉しい。
緩みそうになる頬を両手で押さえてこくこくと頷くと、氏家先輩は「よかった」と安心したように微笑んだ。
「ったく、見せつけてくれるぜ。めでたいのはいいことなんだけどよ。――……ヤツのことはどうすんだ?」
僕たちの様子を目を細めて眺めていた佐木先輩が、ふと真顔になって問いかけてきた。
「……」
佐木先輩が言う”ヤツ”というのは、分かりきっているけれど甲斐のことだ。
昨日、氏家先輩以上のいい男になると宣言してくれた甲斐。
だけど僕は今日、気付いてしまった。氏家先輩が、誰よりも……特別な意味で好きなんだって。
そして、告白して、付き合うことになって……。
「大丈夫だよ、常磐君。藤臣には俺から話す」
甲斐にどういう風に告げればいいのか悩む僕に、氏家先輩がそう言ってくれる。
……任せて、いいんだろうか。
二人とちゃんと向き合うと決めていたのに……。
「ま、確かに貴良から話したほうが上手いこといくかもな。槙だと、なんか、押しに負けてヤツとも付き合うことになりそうだし」
「いえ、そんなことはないです」
さすがにその言葉は否定する。
氏家先輩への告白は、生半可な気持ちでしたものじゃない。
それに甲斐だって、同情とか流れとかで付き合うことになっても喜ばないと思う。
というか、それ自体受け入れない気がする。
甲斐は、まっすぐだから。
「そうか、悪ぃな。お前のこと見くびってたわ」
僕の表情から気持ちが伝わったのか、佐木先輩は嬉しそうに笑って頭を撫でてくれる。
「部活に影響が出ないといいんだけど」
浅山先輩としてはそれが一番の懸念なのか、表情がすぐれない。
それもそうだろうな。昨日ようやく改心してくれたんだから。
「とにかく、俺に任せてほしい。いいかな、常磐君」
なんでだろう、氏家先輩自体が甲斐と話をしたがっているように思える。
「……はい。よろしくお願いします」
氏家先輩から固い決意のようなものを感じて、僕は頷いた。
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