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129時間
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「先生、補習はないんじゃないですか補習は。」
「バカこいてんじゃないよ、何いってるのこの写真オタク。この間の期末テストの点数思い出してみなさい」
「ひどかったっすね」
「あぁ、そりゃもうほんとにね。留年なんてことになったらどうするつもりー?ほらほら、はやく補習課題終わらせてよ、俺だって早く帰りたいんだから」
おかしい。昨日あんなにストーカー紛いのことを口走って感傷に浸っていたというのに、なんで今俺は、先生と共に教室の机の上のプリントに向かい合っているのか。先生は俺の隣で頬杖をついて、「そこちがーう」だとか「それ大間違いー」だとか。うっせぇな、勉強できねぇんですよ俺は。
胸の数字が130になっている。今は夕方、遠い空はアケビ色、もうすぐ黒になるな、なんて、窓の外をちょっとでも眺めようもんならパコんと頭を叩かれた。
「集中力ー高めてー」
「じゃあ俺頑張るんで一緒に帰ってくださいよ。駅まで」
「…それがなおちゃんのお望みなの?」
「なおじゃない、しょうだってば」
「わかった。コンビニで肉まんも買ってあげるから早くして、先生めちゃくちゃ腹ヘリなんだよねぇ」
信じらんねぇ、あの先生がだよ。
あの先生が、掴み所のないあの先生が、俺のお願いを承諾してくれた。俺はたちまち嬉しくなって、プリントに書き込むスピードを上げた。先生は「やればできるんだからはじめっからやんなさい」と言いながら笑った。やだよ、せっかく二人きりだったんだもん。どうせならゆっくりしたほうが、もっとアンタと一緒に入れるじゃん。
俺、…この人にふられてんだよなぁ。なんでこんな、普通にしてくれんのかな。大人、だからですか先生。それとも何か理由があるんですか、先生。
補習のプリントに採点をしている先生を、俺は頬杖をつきながら眺めている。ぽろり、とまた、口からこぼれ落ちた。もういやだ、困るよ、この性格。
「すき」
だって仕方ないじゃん。すきだと思ってしまったんだ。採点中、長めの髪を耳にかける仕草も、赤ペンを口元に持って行って「んん…?」とか言いながら、採点に悩む仕草も、細い指も首も、唇も。
先生の耳に俺の声は届いていますか。先生の赤ペンを滑らせる手は止まらない、動揺もしてない様子だ。完全なる無視だ。ヒドイ。俺ってやっぱりどうしても子供だからそんな先生にムッとする。左利き、先生の左利きの手を、採点中の手を、ぎゅ、と握った。
先生の手は、人間離れした冷たさだった。
さすがに驚いたのか、先生の肩は大きく、大きく跳ねた。俺はコミュ障でさ、人見知りでさ、挙句に人間にあんまり興味なんてなかったんだけど、どうしような。こんなに好きになって恋い焦がれて、はじめて気づいたことが山ほどあったよ。
「先生。すき。」
耳元、白い彼の耳元で囁く。二人きりの教室、いいよ失敗したって。あと5日しか俺には時間がないんだ、たぶん。だからいい、失敗したっていい、砕け散ってもいい、やり直しなんて出来なくてもいい、ただ、アンタが好き。大好き。
無言のままの先生の、冷たい手に力を込める。ころころと赤ペンが転がっていくのが視界の端っこで見えた。
「変な子。」
ぽつり、と、先生はその一言だけを言ってまた少しの沈黙。
「俺のこと、ナオとも呼んでくれなくせに、俺のこと好きだなんて言うんだから不思議だね」
「そりゃー嫌ですよ、みんなナオって呼ぶから」
「あはは、可愛いとこもちゃんとあるんだね。…わかってるの?先生だよ、俺は。男だよ、俺は。」
「ぶっちゃけ関係ないよね、そーいうの。だって俺、もっと近くで先生のこと見てたいんですよ。ねぇ頼むよ、一週間でいい、一週間だけ俺の側にいてくんないスかね」
俺はさぁ。なにを言ってるんだろうな。大胆にもほどがあるよな。一週間だって、きっと来週の今頃、俺は骨になってるよ。母ちゃん泣くと思うよ。クラスのみんなはたぶん、始めの二日は悲しんでくれたり話題にしてくれるかもしれないけど、そのまた一週間後には完全に俺のことなんて忘れてるよ。うん、うーん、だからこそ、あと残りの…129時間は。アンタが俺のカメラになって。俺を焼き付けて忘れないで、欲しい。
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