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11 いってきます。
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由良の朝は早い。
犬塚を起こさないようにそっとベッドから抜け出して、まずやるのは洗濯。
それから掃除機をかけてトイレとお風呂場の掃除、曜日によってはゴミを外に出してから朝御飯の支度に取り掛かる。
7時半には一人で朝食を食べ終え、食器の後片付けと犬塚の為のご飯、大学へ持って行くお弁当の準備。
顔を洗って、頭から水を被ってタオルでしっかり水分を拭き取ったらジェルとワックスを混ぜて、髪をセットする。
歯もしっかり磨いて、着る服はシンプルに………飾らない。
「いってきます。中さん………」
玄関で、毎朝そう言ってから家を出る。
返事は、ない。
犬塚はまだベッドの中で、由良の声が聴こえる筈もない。
けれど、毎朝欠かさず由良はそう挨拶をしてから家を出る。
………由良には、身寄りがいない。
そこにドラマのような劇的な展開などはなく、物心ついた頃には当たり前のように児童養護施設で生活をしていた。
捨てられたらしい………ある暑い夏の日、燦々と照りつける陽射しの中、由良は施設の前に放置されていたのを職員に発見、保護された。
臍の緒がついたままの、新生児………脱水症状を起こしていた由良は、何度も生死の境をさ迷って、それでも生命は繋がれ由良は逞しく丈夫に育つ。
所謂、天涯孤独というやつだ。
そして幼少の頃、生死の境をさ迷ったせいで由良の味覚には障害………とまでは言えないものの、多少の影響が出ていた。
味覚減退、それと、痛覚異常………一般的に“辛い”とされる食べ物の辛みを、由良は感じる事がない。
甘党の犬塚ならば一目見ただけで顔を歪ませてしまいそうな真っ赤なスープも、どんなに“辛い”とされる食べ物も、由良にとっては水と同じだった。
何も、感じない。
だからいつか、その未知の感覚を味わってみたいと、有名な辛さ自慢のお店に出向いては数々の辛い食べ物を食し………けれども、未だ由良は“辛い”という感覚を、知らない。
それを別段、悲観したことはない。
ただ………愛する犬塚と同じ物を食べても同じように感じられない事だけが、少し残念だと思っていた。
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