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51 どう………して?
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口惜しそうに呻く一昭を、由良は柔らかな微笑みで見下ろし唆す。
「アナタが14年前にやった事の真相を書いたものが、ここに。後は、これにアナタの直筆のサインと印鑑を………印鑑も、ちゃーんと用意してありますから」
そう言って手を伸ばすのは倉庫脇に置かれていた黒いバック。
それは由良が、事前にここへ運び込んでいたものだった。
チャックを開けるとファイルに入った数枚の書面と印鑑を取り出し一昭の鼻先に突きつける。
「………そうか、そういう事だったのか」
力なく項垂れる一昭に、痺れを切らしたように犬塚が由良に詰め寄った。
「どういう事だ、虎之介、説明しろっ!」
胸ぐらを掴まれ、由良は尚も微笑んでいる。
「中さん、俺らは最初から利用されたって事だよ」
「どういう事だっ………」
犬塚の声にかぶさるように、一昭が呻いた。
「もういいっ………もう、良いんだ。わかった。サインしよう、どうせもうこうなっては言い逃れは出来まい」
激昂した犬塚が今度は一昭に飛び付く。
「どういう事だっ!わかるように、ちゃんと説明しろっ」
「可哀想に………本当に利用されたんだね。大方、君も何か弱味でも握られたか、脅されたかしたんだろう………本当に、因果なものだ。どこまでいっても政治ってのは人の欲にまみれている」
心底、可哀想なモノを見る目で一昭は犬塚を見上げる。
「虎之介、俺を………置いてかないでよ」
顔を伏せ、犬塚が絞り出すような悲痛な声をあげる。
「中さん、言ってる事がおかしいよ。俺はここに居るじゃない」
そういう物理的な事を言ってるのではないことくらい、わからない由良ではない。
それはつまり、犬塚に説明をする気がないという事だった。
「さっ、サインと印鑑を」
一昭の両腕を拘束していたガムテープを、自分がそうした癖に由良は悪びれる事も無く外していく。
「や………めろ、何してる。虎之介っ」
「………中さん、泣かないでよ。俺、中さんに意地悪したいわけじゃないんだ」
解放された一昭が、辛そうに腕を擦っているのを、由良は急かす。
「さ、早く………済ませて」
突きつけられた書面に、目を通す事も無く一昭は諾々とサインし捺印を済ませた。
目の前で行われているこのやり取りを、犬塚は信じられないといった顔で呆然と見詰める。
その瞳にはうっすらと涙が揺れていた。
何が行われているのか、自分の中で処理しきれないでいるのだろう。
それは当然で、由良はそんな書面の存在も印鑑をいつの間に準備していたのかも、どんなつもりで今こんな事をしているのかすら、犬塚には話していなかった。
「中さん、もう終わるよ………全てが、終わる」
近くで聞こえている筈の由良の声が、やけに遠くで聞こえた気がした。
文字通り、そんな気がしただけで手を伸ばせばすぐに届く所に由良は居る。
なのに、どうしようもなく遠い。
含みを持たせたその由良の言葉に、犬塚には今、その真意を汲み取れる程の余裕などない。
「どう………して?」
呟かれたその問いに、答えをくれる者はいなかった。
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