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4月某日
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犬塚は自由を手に入れた。
念願の一人暮らし。
息をするのも自分には許されていないかのような日々から、やっと解放された。
生活は勿論、苦しい。
そもそも人との接触が出来ない自分が就ける職業なんてたかが知れていて、学歴もないのだからそれも仕方がないと………もう、それは割り切っている。
ひっそりと、生きていければ良いのだ。
屋根があり、雨風を凌いで毎日飢えない程度の食事にありつく。
それだけで、充分。
けれど、たまにどうしようもない絶望に襲われる事がある。
声にならない慟哭。
一晩中、涙は枯れずいつまでもいつまでも流れ続ける。
家に帰り、温もりのない真っ暗な部屋のドアを開けた瞬間、どうしようもなくなる。
自分がこの世にいらない人間のように思えて、無性に死にたくなったりする。
その度、彼岸への一歩を踏みとどまらせるのは由良だった。
由良の顔が、頭に浮かぶ。
あのクリスマス・イヴの、不意に腕を掴まれた時に感じた、あの暖かな温もりが、犬塚の切れそうな神経をなんとか繋ぎとめる。
「チョコレート………」
………結局貰う事の出来なかったあのチョコレートは、どんな味だったのか。
甘かっただろうか、それとも………
唇に、指を這わせる。
カサカサと乾いたその感触に、また死にたくなって笑った。
馬鹿馬鹿しい。
どうせ、死ぬことなんか出来ない癖に。
甘えているだけなのだ。
わかっている、わかっていても………辛い。
このまま自分はここで一人、老いてただ朽ちていくのか。
それは、嫌だった。
寂しい………あまりにも寂しすぎて、虚しくて、辛い。
何故、家族と共に逝けなかったのか。
暗い部屋の中、窓に写る自分の顔はやつれていて………笑った。
待ち焦がれ、望んだ自由を手にした途端、踏ん張るものを失ってこの有り様だ。
だけど、生きている。
まだ、自分は生きている。
頑張れる。
おもむろに立ち上がると、ふらふらする体を引き摺って家を出た。
頑張ろうと、まだ頑張れると………思った。
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