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恋の花 ー別れー
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うろこ雲のある、青く澄み渡った秋空をひんやりとした風が吹き抜けて行く。
放課後の日課は、体育館から図書館の片隅に変わった。
「いまさら放課後にお前と会わなくなるのも落ち着かないし。一緒にいてよ、その方が捗る気がする」
そう言われてしまっては、僕には断る理由がなくて。
先輩はあれから、完全に受験モードに入った。
都内屈指の進学校を目指すらしい。
今度はゴールではなく、真剣な表情で問題集と向き合う先輩もやっぱりかっこいい。
僕も先輩を見ながら、進路のことを考えてはみたけれど
先輩と同じ高校に入れたらなとか、そんなことばかり考えてしまう自分に呆れる。
本を読んだり、時々先輩に勉強を教えてもらったり
先輩と向かい合って過ごすこの時間は、すごく穏やかだ。
本のページをめくる音と先輩が動かすシャーペンの音しか聞こえない。
この時間が、いつまでも続けばいいのになと思ってしまう。
…こんな風に先輩と一緒にいられるのも、後少しだから。
だから少しでも…先輩のそばにいたいな…。
本をめくる僕の手が段々とゆっくりになってくる。
今日は見事な秋晴れで、日が傾いて夕日が射し込むこの時間になると
日の当たるこの席は、ちょうどいい温度になって気持ちいいんだ。
そして、いつのまにか僕の意識は微睡みの中に落ちていった…。
なんだろう…すごく…ふわふわして気持ちいい。
すごく落ち着く香りにつつまれて、誰かが優しく僕に触れている。
あぁ…この手はよく知っている。
僕の、大好きな手。
その結論に至った時、僕の意識はハッキリと覚醒した。
「せん、ぱい…?」
「ん…あぁ、起きた?」
おはよ。と微笑む先輩の手は、やっぱり僕の頭の上にあって
その瞳は砂糖菓子のように甘かった。
落ち着く香りの正体は、僕の肩にかかっている先輩の学ラン。
「〜っ!!ご、ごめんなさい。僕、寝ちゃって…」
「うん、よく寝てたな。もうすぐ閉館時間だよ」
次に見た先輩の瞳には、あの甘さがなくなっていて
あれは、僕が自分にただ都合よく見せただけなのかなとも思ってしまう。
それよりも…
「寝顔、見られてたの恥ずかしいです…」
そう、変な顔をして寝ていなかったか。
それが重要だ。
「んー?そう?可愛かったし、俺はもっと見ていたかったけど?」
「なっ…!先輩…男の僕にそれ言うって変態みたいですよ」
「ははっ!だって本当のことだし。さ、帰るか」
僕は軽口を叩きながら、平然としてるように見せかけることだけで精一杯なのに。
先輩はいつもこう。
余裕があって、僕を惑わせることばかり口にするんだ。
僕の少し先を歩く先輩の背中を見つめる。
僕より広くて大きな背中。
温かい手のひら。
心地よい低音で紡ぎ出される先輩の声。
先輩から香る洗い立ての石けんの香り。
先輩の笑顔、こんな僕をいつも気にかけてくれる先輩の優しさ。
先輩をつくるその全てが、僕を惹きつける。
…ねぇ、先輩。
僕が、先輩の行動や言動すべてに一喜一憂してるの気づいてる?
つらくて、胸が痛くてやめてしまいたくなるときもあるけど
それ以上に温かくて優しい気持ちを先輩はくれる。
こんなこと初めてなんだ。
先輩は僕の初恋の人で、きっと先輩が卒業したとしても
僕は、先輩のことが…
「…好きです」
先輩の背中に、ぽつりと呟くように言った。
その言葉は、秋の風に流れて先輩には届かない。
…そう思っていたのに
前を歩く先輩が、ふと足を止めて僕を振り返った。
その瞳は、複雑な色を宿していて
僕には先輩が何を考えているのか、よくわからない。
まさか…聞こえてしまったんだろうか…。
「…先輩?どうかしたんですか?」
できる限り、何もなかったかのように振る舞う。
「…いや…ごめん、さっき何か言った?よく聞こえなかった」
…先輩は、どんな小さな声でも僕の声を拾ってくれるんだな。
じわじわと優しい温かさと切なさを含んだ熱が、僕の心に広がっていく。
「いえ、特になにも言ってませんよ」
本当は、先輩のことが好きだという気持ちが
胸に留めきれなくて、溢れて、零れた。
だけどそれを、面と向かって先輩に伝える勇気はまだ僕は持ち合わせていないから。
先輩には幸せになってほしいと心から思う。
先輩の隣には僕よりももっとふさわしい人が並ぶべきだ。
高校、大学、きっといろんな人と出会う。
先輩はそこで、自分の未来を…大切な人を見つけて幸せに人生を歩むべきで
そんな先輩の未来を僕が壊したくはない。
本当は、僕が先輩の隣にいたいし、先輩のことを幸せにしたいけど…
こんな裏腹な想いばかりが頭をぐるぐると過ぎる。
せめて、胸を張って先輩の隣にいられる自分だったらよかったのに。
先輩の隣に、並びたい。
そのためには何をしたらいいのか、今はまだよくわからない…。
…弱くて、ごめんなさい。
僕の顔を何やら考え込むようにじっと見つめてから、先輩はまた歩き出した。
その後ろ姿を僕は目に焼き付けながら
ゆっくりと後を追った。
先輩も、ゆっくりと歩いていた。
ふわりふわりと、先輩が歩くたびに秋風が先輩の柔らかい髪を揺らしていく。
まるでここだけ、時間の流れが遅くなったようだ…。
先輩も少しは、この時間が終わりを迎えることを寂しいと思ってくれてるのかな。
そうだったら…いいな…。
自分の弱さと先輩との別れを実感した、中学2年の秋。
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