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父親の分の朝ごはんを用意した後、食パンがまだ余っていたため、それを一枚かじる。制服に着替え、支度をしている間に父親は家を出た。やっと心が落ち着いたところで、蓮も、行ってきますと呟いて玄関の扉を開けた。
電車に乗ると、いつものように智樹がいた。
「おはよう、蓮。もう大丈夫なのか?」
蓮の顔を見るなり、嬉しそうに、だが心配そうに見つめる。
「おはよう。もう大丈夫だよ。」
そう返すと、嬉しそうに微笑んだ。都会と言えるほどの街ではないから、満員電車とは言えないが、朝の通勤帯はさすがに電車内も混む。智樹は病み上がりの蓮を守るように立った。自己肯定感は低下しているものの、人の善意に対して卑屈な態度を取ることはしない。素直に、ありがとうと言うと、智樹は何のことか分からないといった顔をして戯けて見せた。
教室に入ると、智樹は昨日の分のノートを貸してくれた。昨日の授業であった先生のおもしろエピソードを教えてくれたり、クラスの誰々が転んでお弁当をぶちまけた、だの話を面白おかしく話してくれた。蓮は、自分は与えてもらってばかりだ、と思う。智樹といる時間は楽しくて、心から笑える。隠していること、言えないことは山ほどあるが、汚い自分を隠してまで、智樹と一緒にいたいと思った。智樹の前でも、相変わらず袖を引っ張る癖は消えず、たまにボーッとしてしまうときもある。自分が家で男たちとしていることは、絶対に気づかれたくないと思っているが、無意識に出てしまう行動の節々にSOSサインが隠されていることを、本人はおろか、智樹もまだ気付いていなかった。
放課後、今日は学校の図書館に行かず、直接町の図書館に行った。光希くんに早く会いたい、という気持ちが蓮をそうさせた。いつもより早い時間だから、人はまばらだ。いつも蓮が座っている席の周囲に光希はいない。そういえは、図書館には毎日のようにくるのに、学習コーナーには行ったことがないことに気付いた。ふと思い付いて、ついたてから覗く。そこには、学校終わりと思われる中学生、高校生が数人いたが、蓮の目には1人しか映らなかった。
「光希くん…」
視線に気付いたのか、光希がふと顔をあげたため目があう。光希は驚いた顔をしながらも、立ち上がって蓮の方へ向かった。
「昨日、なんかあったのか?」
真剣な表情で詰め寄るようにいきなり問いかけたため、一瞬蓮が怯むと、光希は慌てて顔を元に戻した。
「心配したんだ。図書館にこないなんてことほとんどないのに、珍しくて。うわ、またストーカー発言した、俺。ごめん。」
慌てて表情をコロコロ変える光希が面白くて、思わず吹き出してしまった。蓮の笑った顔を初めて見た光希は、その表情を凝視すると、目を細めて微笑んだ。
「昨日、ちょっと体調崩して。もう大丈夫です。あの…僕のことはいつから?」
自分をずっと見ていたと取れるような発言が、この前から気になっていたため、聞いてみる。すると、光希は蓮に手招きをして休憩スペースまで移動した。ここなら話していても周りの迷惑にならない。
「さっきの問いだけど、1年前くらいかな。俺、図書館によく勉強しに来るんだけど、息抜きで本を読もうとしたときに、近くの読書席におまえがいてさ。そのときはまだ中学生の制服着てたよな。真剣に本を読んでる姿が印象に残って、それからよく見かけるようになったんだけど、よく見たら、全然眼球が動いてないんだ。すごいボーっとしてるだろ。それがなおさら気になって、声かけたってわけ。怖がらせちゃったけどな。」
ずっと見られていたことが恥ずかしいが、光希はそんなに前から自分を知っていてくれて、知らない人に話しかけるのも勇気がいるだろうに、自分に話しかけてくれた。そのことが嬉しかった。
「ボーっとしちゃってたの、バレてるって分かった時、驚きました。でも、話しかけてくれて嬉しかった。」
蓮のこの最後の一言は、独り言のように小さい声であったが、花が咲くように顔を綻ばせたため、光希はその表情に釘付けになる。蓮はもともと目立った特徴はないが、顔は整い中性的であり、儚さを滲ませていた。蓮は、光希に対しては、智樹やクラスメイトたちに持つ感情とはまた別の、心が温かくなると同時に苦しくもなるような、複雑な感情を抱いていた。もっと話してみたい、と思ったのは事実であり、どんどん心を開いていっている自分がいることには気付いていた。そのため光希の前では自然に心が温かくなって、表情が綻ぶ。
「今日、暗くなったら図書館出て、外のベンチで桜見ないか?」
光希の提案に、ますます嬉しくなった蓮は何度も頷いた。
外がどんどん暗くなって、桜のライトアップが始まる。蓮と光希はベンチに座り、一緒に夜桜を眺めた。桜がひらひらと降ってくる。蓮は、咲いている桜よりも地面に落ちている桜の方が気になった。ここにある桜は、形がなくなるまで踏み潰されることはない。しかも、光希の目の中にキラキラと映っている。羨ましい、桜になりたい、とふと思うが、叶わない夢であるためすぐ頭の中から消した。
会話はほとんどない。会ったばかりで、お互いのこともよく知らないのに、居心地が良かった。ふと、光希が桜から目を離し、蓮を見つめた。
「…蓮、ボーッとしてるとき、いつもちょっと苦しそうな顔してるんだ。何に苦しんでるんだろうって思ってた。袖も…いつも引っ張ってる。」
全て見透かされている気がした。鈍器で殴られたような衝撃が走る。バレたくない。自分が汚いことがバレてしまう。言い訳を必死で考えて言葉を返そうと思うけど、頭の中はパニックで、言葉が出てこない。ただ、段々と瞳に涙が浮かび、手が震え始めていた。
「…っ、ぅ、ふぅ、…っ」
息ができなくなる。首を絞められた感覚が蘇り、とっさに首元に手がいく。そのとき袖がずり下がって擦過傷だらけの手首が光希に見えていたことを蓮は知らない。光希はその手首を見て一瞬言葉を失ったが、すぐに蓮を落ち着かせることに集中する。
「蓮、落ち着いて。言いたくないことあるよな。無理して言わなくていいから。息、ちゃんと吸って。」
光希は蓮の反応を見ながら背中にゆっくりと触れると、軽くさすって息を整えるサポートをした。
蓮の頭の中は、バレたらどうしよう、みんな離れていくかもしれない、巻き込みたくない、といったようかことばかりで埋め尽くされる。
少しずつ呼吸が落ち着いて、ポロっと涙が1つ落ちた。
「ごめんなさい。こんな、みっともない姿…」
「謝らなくていい。俺こそ、何も知らないのに知ったような聞き方して、混乱させたよな。ごめんな。」
光希は優しい。蓮が何か1人では背負いきれないものを抱えていることは、今までと、今日の様子で分かった。しかし、強引に聞き出すことはしない。震えて怖がっている様子を見て、無神経に聞き出そうとはしなかった。手首の擦過傷が誰にやられたものなのか、蓮が背負っているものは何なのか、蓮の助けになりたい、とただひたすら心の中で考えていた。
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