アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
3.気がかり
-
「ヒーッ!!」
「グッ…天使の一撃マジ強烈…」
「ん?何か言ったか?」
ニコニコと微笑みながら新人達が次々と団長に屠られ指導を入れられる。
そんな姿を時折横目で見つめながら第二騎士団の者達はいつもの通り訓練に身を入れていた。
「団長今日はいつもよりも気合入ってんな~」
「陛下から呼び出されてたし、弛んでる奴はビシビシ扱けとでも言われたんだろう」
「あ~ありそうだな」
そんな呑気なやり取りをしながらも手慣れた面々は間合いを取りながら剣と剣を合わせていく。
けれどそんな中で一人浮かない顔をした男がいた。
「リカルド。どうしたんだ?」
「いや…ちょっとな」
「何かあったのか?そういえば最近付き合いが悪いじゃないか。家の方で何かあったのか?」
「いや…。ちょっと従妹のわがままに付き合うのに骨が折れてな」
「あ~。あのキツそうな美少女ね!お前も大変だなぁ」
「ははっ…。まあ…立場的にこっちも弱いしな。出来る範囲で頑張るさ」
「そっか。侯爵家と子爵家だもんなぁ。まあ無理はすんなよ」
「ああ」
そんな会話がありつつも、それぞれの訓練の時間は淡々と過ぎていった。
*****
「それで?何かわかったことはあるかしら?」
「いえ」
従妹のミルチェの前でリカルドは恭しく頭を下げる。
こちらの方が年上ではあるが立場は下だ。
間違っても態度を大きくすることなどできはしない。
「カミル様は優秀な文官で仕事も卆なくこなしておられるようですし、領地の方にも今から色々と目を配っておられるようで、不正等の気配は一切ありません」
「そう。すでに不正を行っているのなら陥れて利用するのは簡単だと思ったのに…残念だわ」
自分たち侯爵家ですら幾分か裏で悪いことをしているというのに、まさか公爵家の人間がそこまで品行方正だとは思いもしなかったとミルチェは小さく息を吐く。
「それじゃあやっぱり不正を捏造した書類を作成しないといけないわね。水増しによる脱税でいいかしら?あとは…そうね。婚約者である私への贈り物が一切ない上全く会いに来てくれないのに、浮気をしてその女に貢ぎまくっていて、その女に何度も子供をおろさせている。なんて噂を流すくらいかしら?」
「ミルチェ様。いくらなんでもそれは…」
「あら。口答えする気?協力者や証言者はいくらでもお金で買えるのよ?貴方は私が言ったことに忠実に従ってすべて良いように用意してくれればそれでいいの。わかったらさっさと行ってちょうだい」
そんな尊大な態度に一礼しその場を辞すが、心の中はモヤモヤとしてたまらなかった。
あの品行方正なカミルが他に女を作って妊娠させるなど信憑性のない話を一体誰が信じるというのか。
そんなものゴシップ好きの令嬢の間でしか到底通用しはしない。
けれどここで動かなければ自分が追い込まれてしまうだけだ。
それこそミルチェにとったら自分など取るに足らない存在でしかないのだから─────。
*****
カミルは部下からの報告書を手に深いため息をついていた。
何やらジワジワと身の回りが騒がしくなってきているようだ。
誰の仕業かは言うまでもない…が。
(厄介だな)
正直彼女が何をしたいのかさっぱりわからない。
自分との婚約が嫌なら親にねだればいいだけの話だろう。
あの侯爵なら可愛い娘のためなら賠償金を払ってでも婚約破棄をしてくるはずだ。
それをせず何故か自分を貶めようと根回しをしている姿は奇妙の一言だ。
王に見初められたいならやりたいだけ頑張ればいいと思うし、応援してくれというのなら協力するのもやぶさかではない。
自分の親だって、ミルチェが王に見初められれば仕方がないなと言ってくれることだろう。
それなのに何故こんな行動をしているのか……。
とは言えこのまま現状を放置しているのはさすがにまずい気がする。
身の潔白を表明するために少しくらいは動いておくべきだろう。
まずできるだけ一人にならないことは必須だ。
出来る限り人通りの多い道を通り仕事に励み、帰りは真っ直ぐに帰宅することを徹底すべきだろう。
常に周囲の目を意識し、自分は何も怪しい動きはしていないと堂々と胸を張って見せねばならない。
「はぁ…」
貴族として相手に隙を与えないのは大事だが、気が重いのは確かだ。
とりあえず相手の出方を見て臨機応変に対処しようと思いながら、そっと剣を手に庭へと足を向けた。
それから一週間ほどが経った頃。
人通りの多い回廊を歩いていると、騎士服に身を包んだエドワードと、第一騎士団団長であるコンラートが肩を並べて歩いている姿を見かけた。
その表情は以前ほどは張り詰めてはいないが、やはり自分以上にどこか疲れたような表情をしていた。
(ん~……)
そんな姿を見てそっとトラウザーズのポケットからミントのキャンディを取り出し、さり気ない風を装ってゆっくりとそちらへと近づいていく。
これは自分の気分転換用のものなのだが、少しでも今の彼の気分転換に繋がるといいなと思ったのだ。
「ロワル騎士団長。先日は有意義な訓練法をお教えいただきありがとうございました」
「カミル様」
声をかけられたエドワードは最初驚いたようだったが、こちらに気づくと柔らかく笑みを浮かべた。
「お役に立てて光栄です」
けれどそうやって微笑みを浮かべた姿はやはりどこか疲れた感を否めなくて─────。
「ロワル騎士団長。手を出していただけますか?」
そうやって声をかけスッと手を差し出すと、彼の方も不思議そうにしながらもそっと手を出してくれる。
そしてその手のひらにコロンとキャンディの包みを落とした。
「先日のお礼としてはささやかですが、ミントが苦手でなければ気分転換の際にでもお召し上がりください」
そして失礼しますと頭を下げ、静かに仕事へと戻っていった。
*****
エドワードは颯爽と立ち去っていくカミルの背を見送りながら手の中のものをどうしようかと考えあぐねていた。
用事も済んだのでこの後はまた訓練場に戻り部下の指導をする予定なのだが……。
そんな自分にコンラートが面白そうに声をかけてきた。
「お前一体いつの間にカミル様とお知り合いになったんだ?これ、お前の疲れた顔を見てわざわざくださったみたいだぞ?」
「え?」
そう。コンラートは読みたい時に思考を読むことができる特殊な力を持っているため、時折こうして悪趣味にもそれを使っているのだ。
「少しでも気分転換になるといいんだけど…ってさ」
「…………」
たった一度…。たった一度戯れに剣の指導をしたにすぎない自分をこんな風に気にかけてくれるなんてと思わずにはいられない。
彼は自分の悩みなど知る由もあるはずがないのに─────。
(優しい方だな…)
そしてそんな彼のことを思うだけでなんだかホッと心が和み、肩の力が抜けていく自分がいた。
だから何ら警戒することもなく、おもむろにその手にあったキャンディの包みを開けてそっとそのまま口へと運ぶ。
するとミントの清涼感が口いっぱいに広がって、なんだか大丈夫だと彼に言ってもらえているような気がした。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
3 / 6