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5.舞踏会
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国王ヴァイスは密偵である僕(しもべ)からの報告書を手に大きく息を吐いていた。
あれから念入りにカミルの身辺を洗ったが、結局は何一つ疚しいことなど出てはこなかった。
寧ろシルフィード家がここまでクリーンにも拘らず公爵領を栄えさせているのは素晴らしいの一言でしかない。
その手腕は他の貴族達にも見習ってもらいたいとさえ思った。
(噂の愛人というのも結局はいなかったしな…)
カミルは基本的に王宮で仕事をこなした後は真っ直ぐに屋敷へと帰り、軽く食事をした後に庭で剣の稽古をしているようだ。
最初は謀反の可能性なども考えたが、どれもこれも基本の型の反復練習で、不穏なものではないとの報告を受けた。
外の者と接触したのも婚約者であるミルチェ嬢へのドレスや装飾品の手配の時くらいで特に怪しい点などもなかったし、そのドレス等々も既に彼女の元へと届けられている。
当日は恐らくその鮮やかなオレンジのドレスでやってくることだろう。
そう思っていたのに――――――。
花嫁探しの舞踏会では色とりどりの華やかなドレスに身を包んだ令嬢達が溢れかえっていた。
本来ならば自分は最後にやってきて、そこから会が本格的に始まるはずなのだが、妃選びという本質の夜会のため招待客が揃うまで、皆には内緒で軽く変装し気配を消して壁の花に徹して各令嬢の観察をしていた。
これはなかなか面白く、普段自分の前で猫をかぶっている者達の本性を垣間見ることができて妃選びにはもってこいだなと思った。
(さて…私の目に止まるような、王妃に相応しい娘はいるだろうか?)
そう思いながら沢山の感情が入り乱れる会場を観察していると、そこにふと一人の令嬢の姿を見つけた。
カミルの婚約者であるミルチェ嬢だ。
けれど何故か彼女が着ているドレスはオレンジ色ではなく、派手に光り輝く金色のドレスだった。
報告に間違いなどあるはずがないのだが、確かに彼女の元へと届けられたドレスは一体どこへ行ってしまったのだろう?
そう思って側にいるであろうカミルの姿を探したのだが、彼の姿はそこにはない。
一体どうしたのかと不思議に思っていると、次々とやってくる招待客の群れの中からキョロキョロと何故か焦ったように誰かを探すカミルの姿が見えた。
もしや自分の婚約者に置いて行かれたとでも言うのだろうか?
「ミルチェ!」
やっとミルチェの姿を見つけたカミルが彼女の腕を引き声を掛けるが、彼女の方は悪びれた様子もなくニコリと作り笑いを浮かべた。
「あらカミル様。今頃来られるなんて…私驚きましたわ」
「迎えに行く時間は伝えておいたはずだ」
「申し訳ありません。私はてっきり…別な方のお相手にお忙しいのだとばかり…」
そうやって思わせぶりに言う彼女にカミルの動揺が見て取れる。
そんな二人の元へオレンジ色のドレスに身を包んだ一人の令嬢が近づいていくのが見えた。
(これは……)
正直我が目を疑った。
その令嬢が着ているドレスはまさに密偵からの報告にあった、カミルがミルチェ嬢に手配したはずのドレスだったからだ。
これにはカミルも驚きを隠せなかったようで、思い切り目を見開きその場で固まってしまっている。
そしてそんなカミルの腕にその令嬢はそっと自然に腕を絡め、その小さな口を開いた。
「カミル様。本日は素敵なドレスをご用意くださりありがとうございます。今日はこちらの方ではなく、いつものように私をずっとお側に置いてくださいませ」
うっとりした表情でカミルを見上げる令嬢にミルチェは一瞬ではあったがどこか満足げな表情を浮かべ、そのまま扇でそっと口元を隠す。
「カミル様…。私以外の女性に心を移されたと聞いてはおりましたが…まさかこのような場に堂々とお連れしてくるなんてあんまりでございます」
そうしてジワリと目に涙を浮かべるミルチェ嬢。なかなかの演技力だ。
けれど裏を調べていた自分の目からすると、カミルはミルチェ嬢に嵌められたのだなとしか思えなかった。
とは言え噂を知る者もいるだろうし、これでは真に受けてしまうものも多々出てくることだろう。
これはカミルの分が悪い。
何となくミルチェ嬢が意図していることを察することはできるが、こんな風に自分の婚約者を貶め自分優位に立とうとするやり方は好きではない。
(とんでもない女だな)
そう思いそっとそちらへと足を向けた。
ここで大騒ぎにでもなったら本来の目的である自分の花嫁選びに支障が出てしまうではないか。
「カミル。何かあったのか?」
そう声を掛けたところで三人の目がこちらへと向けられる。
ミルチェ嬢ともう一人の令嬢はこちらを不審そうに見てきたが、カミルの方は声ですぐさま分かったのか、蒼白になりながらも恭しく頭を下げた。
「はっ!へぃ……」
しかしそうして声を出そうとしたところをスッと手を上げ黙らせると、にこやかにミルチェ嬢の方へと微笑みかけ、何かあったのかと問いかける。
そんな自分にミルチェ嬢はハッとしたような表情をした後で、またウルッと目を潤ませ同情を誘うような声で口を開いた。
どうやらカミルの態度から知り合いの上位貴族とでも思ったらしい。
「カミル様が浮気相手の方と一緒にわざわざ婚約者である私の前へとやってきまして……」
婚約者である自分をないがしろにするのだと涙ながらに訴えてくる。
「私……こんなに侮辱されて傷つけられたのは初めてですわ。今日は陛下にお願いして婚約を破棄させていただこうと考えていますの」
その言葉になるほどと納得がいく。
恐らくこの後自分が姿を現したところでタイミングを見計らって騒ぎを起こし、自分の側に侍るつもりだったのだろう。
他の令嬢に自分の目を向けさせる前に先手必勝で同情を誘って陥落してしまえという考えなのだと合点がいった。
実にあざとい。
だが易々とそんな手に引っ掛かる気はない。
こんな女に比べればエドワードの方が何倍もいいに決まっている。
彼と別れてまで選ぼうとしている相手をこんな相手で妥協するはずがないではないか。
こんな相手の企みはさっさと潰すに限る。
「そうでしたか。では婚約破棄に向けてしっかりと話し合いの席を設けた方がよさそうですね」
こちらの身分を悟られないようできる限り穏やかにそんな言葉を紡ぐ。
ここで彼女に身分が知られれば騒がれるのは明らかだ。
それ故にこれ以上騒ぐ前にサッサとこの会場から出て行けという訳だ。
そうしてすぐさま目立たぬよう近くに控えていた侍従へと合図を送り部屋を用意するよう手配を掛ける。
「カミル。ここで騒ぎを起こすわけにはいかぬ。別室へと移ってもらえるか?」
「勿論でございます。寛大なるご配慮感謝いたします。この不始末への償いは改めて十二分にさせていただきます」
すんなりと受け入れ頭を下げるカミルに頷きそこで終わったとばかりにそっと場を離れようとしたのだが、愚かな女はどこまでも引き際が分からないようだった。
「なっ…!困ります!」
「ミルチェ!」
「だってそうでしょう?貴方と浮気相手と同席で話し合いだなんてっ!刺されでもしたら目も当てられませんわ!」
その浮気相手自体が自分が仕込んだ女のくせにどの口が言うのだろうか?
彼女は王とお近づきになるという当初の目的のために思考錯誤しているようで、必死になって言葉を探しているように見えた。
けれどそうして時間を置けば置くほどこの場に注目が集まり、さざ波のように問題が露呈し話が広がっていく。
これではカミルの立場がない。
「わかった。信用のおける騎士を護衛につけよう。カミルもそれでよいか?」
その場で冷たく響くその声にカミルは今度もまた素直に首を垂れるが、ミルチェの方は怒声を上げた。
「勝手なことをしないでくださいませ!どこのどなたかは知りませんけれど、放っておいていただきたいですわ!」
先程までの涙はどこへやら。
彼女の声がその場へと大きく響き渡り、その声を聞きつけた者がその場へと慌てて飛び込んでくる。
それは第二騎士団に所属しているミルチェの従兄にあたるリカルドと彼の上司であるエドワードだった。
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