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当然のように俺に向かってサラッと言葉を放った白石君は、
50メートル走のラインの方向に顎をくいっと動かした。
意味が分からなくて思わずぽかんとしてしまう。
「 え、いや、なんで....... 」
「 お前ぜんぜん本気じゃないだろ。本気でもう一回走れ。」
「 .......は?」
たしかに俺はぜんぜん本気じゃない。
敢えて手を抜いて目立たないようにしたのだ。
だけど、俺の事なんて見てる人はいないと思ってたし、誰も興味を示してなんかなかったから、まさか俺が本気じゃないのを気づく奴がいるなんて思わなかった。
.......なんでだ?
白石くんの考えてることが分からない。
「 .......え、いやです。めんどくさい。」
白石君は目立つから、今こうして話してるだけでも色んな人がこっちを見てるっていうのに.......
後から1人で走るなんてそんな注目度の高いことできるわけがない。
「 っていうか、俺が本気で走っても白石君得しないでしょ 」
自分で言ってその通りだなと思った。
俺が本気で走って一体誰にメリットがあるっていうのだ。
それでも白石君は真っ直ぐに俺を見つめてきっぱりと言った。
「 俺はお前の本気が見たい。ただ、それだけ。」
あまりにも澄んだ目に、心臓が止まるかと思った。
他の誰も視界に入ってないような、どこまでも真っ直ぐな目。
その瞳はしっかりと俺を捉えて離さない。
白石君の瞳に、戸惑っているような自分が写っている。
今までこんなにも真っ直ぐに、俺だけを見てくれた人がいただろうか。
少なくとも今は、この人の目には俺しか写っていない。
..............それだけで充分じゃないか。
ごくっと唾を飲み込んで、白石君を見つめ返す。
ときどきと、心臓の鼓動の音が聞こえてしまいそうなほど高鳴っている。
俺は羽織っていたジャージのチャックを1番したまで下げて、
ばさっと白石君に押し付けた。
「 これ持ってて。」
白石君は一瞬だけ驚いたような表情になった後、ニヤッと不敵な笑みを浮かべた。
「 そうこなくっちゃ 」とでも言いたげに口角を上げて俺のジャージを受け取ってくれ、そのまま先生に俺が計り直すことを伝えに行ってくれた。
「 えー、なになに〜?」
「なんか桜木がもっかい走るっぽい。」
「へぇ、なんでだろうね。」
「 なんかあったんじゃね??」
後ろから、ちらほらと俺のことを話す声が聞こえる。
いつもならここでビクビクしたり不安になるのに、今は不思議とそうは思わない。
今日はもう既に2回もでかい注目浴びてるんだ。
今更見られたってどうってことない.......はず。
俺は黙ってその場にしゃがみ込み、靴紐を固く結び始めた。
こんなに固く結んだのは、中学の時以来だ。
まだ心臓は鳴り止まない。
いつのまにか戻ってきた白石君が、隣に立ってストップウォッチをカチカチしている。
「 あのさ、一個聞いていい?」
俺は靴紐を結びながら、顔を上げずに問いかけた。
白石君がこっちを見下ろす気配がする。
「 なんだ?」
「 なんで俺が本気じゃないって思ったの?」
一瞬、ハッとしたような顔をされた。
正直ずっと気になってた。
「.......お前の、持久走のタイムは、速い方ではなかったけど.......遅くもなかった。そのあと....タイムを言いに来た時に、
息切れしてなかったのはうちのクラスでお前だけだった。」
「 ....... 」
「 走りながら見てたけど.......お前はペースが全然変わらなかったから、多分配分のこと考えてるんだろうなって、思ってた。それで見てたら50メートル走も同じ感じだった。あとは単純に
フォームが綺麗だった。実際陸上経験者だろ?」
「 もう辞めたよ、陸上なんか。」
「 専門は?」
「 100メートル 、あとハードルをちょっと。」
「.......へぇ。」
靴紐を結び終わってスクッと立ち上がると、準備体操のつもりで足をぶらぶらさせたりその場でジャンプしたりした。
「 .......行ってくる 」
白石君に一声かけて、そのままラインの前に小走りで行った。
軽く足と手首を捻って、肩の力を抜く。
ストップウォッチを持ってゴール付近に立っているのは先生で、俺の横でスタートの合図をだしてくれるのは体育委員の
白石君だ。
スタートラインぎりぎりに両手をついて、腰を下ろして片膝を地面につける。
「 よーい....... 」
白石君が片手を真上に上げた。
静かに目を閉じて全身を耳にするような感覚で、
全神経を笛の音に集中させる。
心臓が痛いくらいに鳴っている。
色んな人が俺をみているのが目を閉じていても伝わる。
でもなぜかそれが気持ちいい。
そういえば昔はこんな風に注目されるのが好きだった。
みんなが俺をみてる。
程よい緊張感と胸の高鳴り。
こんな感覚は驚くほど久しぶり過ぎてちょっと怖かった。
かかとを軽く浮かせ、前傾姿勢になる。
指先は地面に触れるか触れないかくらいのところで保ち、
深呼吸する。
ピッッーーー!!!という音が鳴るのと同時に、足を思いっきり踏み出して力強く地面を蹴る。
.......よしスタートは好調。
空気の隙間に入り込んで、体を動かす。
風になったような感覚。
あぁ、気持ちいい。
懐かしい感覚だ。
足の裏に伝わる地面の硬さも、軽く舞う砂埃の匂いも、頬に当たる風も、全部が全部俺の大好きな感覚だった。
ずっと走っていられそうな気さえする。
ハイスピードのまま駆け抜けて、ゴールまで全力で走りきった。
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