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引きずっている方の足に目線を落としながら肩をすくめて言うと、白石君が笑った。
「 うん、お疲れ。」
笑うと顔がくしゃってなる。
こんな顔で笑うんだ.......
いつも不機嫌そうな顔だったし、真顔で「走れ」なんて言ってくるもんだからちょっと怖い人なのかと思ってた。
でも違った。
確かに彼は雰囲気こそ近寄り難いかもしれないけど、ちゃんと良い人なんだってことがひしひし伝わるし、実際にクラスメイトからの人気もある。
そんな彼が俺なんかを気にかけるなんて変なの。
白石君に肩を支えられながら、生徒達が並んでいる列に戻ると、なぜかクラスメイト達が集まって来た。
「50メートル走見たよ!めっちゃ速かったじゃん!!」
「 桜木って陸部だっけ??」
「 なんで今まで黙ってたんだよ!!」
「すごかったよ!!!」
「 え?いや.....えっと、あの....... 」
いっぺんに話しかけられて、あたふたしてしまう。
高校に入ってからこんなにたくさんの人と話したことがなかったから、動揺して上手く喋れない。
すると背後から先生がやってきて、クラス名簿で頭をぽんと叩かれた。
「桜木〜、お前最初からその本気だしとけよ。すげぇな。」
先生の言葉に、生徒達が確かにー、と言って笑う。
「 桜木って運動できる奴だったんだな!!」
「ってか白石と仲良いんだ!!知らんかった!!」
「 なんか部活入ればいいのに!!」
「すごかったよ!!!めちゃ速かった!!」
次々と投げかけられる言葉になんて返したら良いか分からない。今までは、当たり障りなく全部テキトーに流せたのに、今はそれができない。
でも素直な評価の言葉が嬉しかった。
「あ、.......ありがとう.......?」
正しい返答なのかは分からない。
恥ずかしかったけど、感謝して小さく笑いながらお礼を言うと、その場がしんと静まり返った。
あ.......あれ、やばい。
なんか変なこと言ったっぽいぞ。
自分の行いを振り返る暇もなく、ただ赤くなって上目遣いで見つめると、またまた生徒達がわっと賑やかになった。
「笑った顔初めて見た.......激かわやん.......」
「それを言うならイケメンだろ、男なんだから。」
「そんなハイスペならもっと早く言ってや〜!」
......!?
思ってた反応と違ってびっくりした。
みんな笑顔で俺に話しかけてくれる。
久し振りにこんなにたくさんの人と接して、慌ててしまったけど、すごく嬉しかった。
今まで、自分から話しかけることなんてなかった。
俺から見たクラスメイトの存在を勝手に決めつけて
1人でもいいやって思ってずっと無関心だった。
ヒソヒソ噂されたり、嫌味っぽいことを言われたりもするけど、ただ単純に素直なだけなんだ。
俺は人のことを知ろうともしなかった。
だから相手も自分ことなんて分かってくれるはずがない。
勝手に期待されて勝手に失望されるのが嫌で、関わりを拒否して閉じこもってたんじゃ何も良くならない。
俺が知らなかっただけで、実はみんな、俺が思ってるほど俺のことを嫌いじゃないのかも.......
恥ずかしいのに、体の奥がほこほこするような、くすぐったくてあったかい気持ちでいっぱいになる。
むずむずするけど、それは決して不快なものではなく
むしろ心地いい。
だけどやっぱりなんて言って良いか分からず、集団の輪の中で困ってキョロキョロしてた。
白石君は、そんな俺を少し離れた所で見ながら笑ってた。
その笑顔は、すごくすごく優しくて幸せそうな、あったかい
笑顔だった。
「 おーい、お前ら!桜木囲ってんじゃねぇよ、もうチャイム鳴るからさっさと号令かけて教室戻れ!」
先生が大きな声で生徒たちに言い聞かせると、やっとみんなは俺から離れてくれた。
そして体育委員の白石君が号令をかけて、体育の授業は終わった。
正直こんな楽しい体育は久しぶりだった。
それにクラスメイト達とも、過去1年分くらい喋った気がする。
いや、一方的に話しかけられてばっかりで俺は全然それに反応しきれてなかったけども。
体育が楽しかったのも、走るのが一番好きだってことを思いださせてくれたのも、みんなのことをちょっと知れたのも、どれもこれも白石君のおかげだ。
心の中で小さく、ありがとう、と言った。
俺も教室に戻ろうとしたら、何者かに背後から肩をガシッと掴まれた。
振り返ると、なにやらニヤついている先生と目が合う。
「 桜木、お前後でペナルティって言ったろ。」
............................あ。
.......色々ありすぎてすっかり忘れていた。
そうだ、俺は授業に盛大に遅刻したのだ。
久々に走れて、浮かれて、頭の片隅にも留めてなかったわ。
はぁっと、溜息をつく。
「 何すれば良いんです??」
「 う〜ん、50メートル走の時に使ったコーンと、笛と〜、あと他のクラスが使ったハンドボール投げ用のボール達も片付けといて欲しいな〜、よろしく。」
「 .......はい。」
なんだ、それだけか。
それで許されるなら安いもんだ。
比較的、俺のクラスの体育担当のこの先生は優しい方だ。
だからペナルティが軽いもので良かった、と思っていたら
ふいに白石君がやってきた。
「 お前足大丈夫なの?」
どうやら、俺のつった足を気にしているようだ。
さっきまでの笑顔はなく、心配そうにこちらを見ている。
正直なところ、まだちょっと違和感はある。
でもそんなこと言ったら、白石君は多分片付けを手伝ってくれそうな気がしたから敢えて言わない。
ここまで迷惑はかけられない。
「 全然大丈夫。もう痛くもなんともないから。」
「.......そっか。」
「 ほら、また遅刻したらシャレになんないから早く行って 」
.......さっきの遅刻は100%俺のせいだけど。
軽く白石君の背中を押すと、困ったように笑いながら
頑張れよ、と言ってグランドを出て行った。
よし、俺もさっさと片付け終わらせて教室に戻らないと。
50メートル走のスタートとゴールのラインのとこに置いてあるカラーコーンを担ぐ。
ついでに大量のハンドボールが入った馬鹿でかいダンボールを片手で引きずりながら、ゆっくりと体育倉庫に向かった。
一旦入り口のところに荷物を置いて、全体重をかけて、重たい鉄製の扉をガラッと開ける。
「 ぅ、けほっ、....... 」
体育倉庫独特の、ちょっとカビ臭くて埃っぽくて、ジメジメしている嫌な空気がもわっと溢れ出す。
倉庫の中だけ、温度と湿度が異常に高い。
まるでサウナみたいだ。
思わず腕を口に当てて少し咳き込む。
あー、やだやだ。
こんな狭くて暗いとこほんとダメだ。
早く片付けて教室戻ろう。
体育倉庫の中には、いろんな道具がごちゃまぜになって敷き詰められている。陸上部が使うハードルとか、サッカー部のボールとか、メジャーとかタイマーとか色々。
でも一応決まったところに戻さないといけないらしく、カラーコーンが置いてある場所を探す。
.......あ、みっけ。
いくつかカラーコーンが並べて置いてあるところがあった。
それに、自分が持っていたやつを重ねて、奥の方にしまう。
.......あとはボールか。
入り口のところにあるダンボールを持ってこようと、一旦外に出たその時、突風が吹いて一気に砂や埃が舞った。
グランドの砂が倉庫の中に流れ込み、やばいなと思った。
陸上で使う道具の中には、砂を被ったあと丁寧に手入れしないとすぐに劣化してしまうものがいくつかある。
この倉庫には、割とそういうものが多く置いているらしく、これ以上ドアを開けっ放しにしていたらどんどん砂が入ってくる。
仕方なくダンボールを倉庫の中に引きずり込み、これ以上砂が入ってこないように、内側から扉を閉めた。
.......ひとまずは、安心かな。
そう思ってダンボールをテキトーな所に置こうと思い、ちょうどいいスペースを探す。
体育倉庫の、奥〜の方に、もともとこのダンボールが置いてあったであろう空白を見つけて、なんとかその場所までダンボールを担いで持っていった。
ドンっと、ダンボールを下ろすと、その衝撃で中のボールがいくつかコロコロと転がっていく。
あぁ、めんどくさい。
足痛いからあんまりしゃがみたくないのに.......。
落ちたボールをひとつひとつ拾い上げて、最後のボールを箱の中に投げ込んだその時だった。
『 .......ガチャンッッ!! 』
金属が擦れ合うような無機質な音が背後から聞こえた。
..............は?
なに、今の音。
ドアの外から、誰かが歩き去るような音がする。
その音はだんだん小さくなって、やがてなにも聞こえなくなった。
え.......ちょっと待て。
まさか。
慌ててドアの方に近づき、力一杯開けようとしても鉄製のそれはビクとも動かない。
「 え、ちょ....... 」
ドンドンとドアを叩いてみても、ガチャガチャと揺らしてみても、外からはなんの反応もない。
額からタラリと汗がひとすじ流れ落ちた。
.......嘘だろ。
どうやら閉じ込められてしまったらしい。
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