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どうしよう、どうしよう、
頭の中はそれだけだった。
さっきの白石君の引きつった顔が頭に浮かんで、
嫌な汗が額をつたって落ちていく。
なんて言い訳すれば良い......?
白石君は絶対なにか聞いてくるはずだ。
なす術なく白石君に手を引かれて校舎の端っこの方に
連れて行かれる。
白石君がピタッと歩みを止め、俺の方に振り返った。
思い詰めたようなその顔にどきりとする。
「 あのさ、桜木。単刀直入に聞くけど.....
.........その手、どうした.........?」
あぁ、
やっぱりそれか。
めんどくさい、めんどくさい。
どうしてそんなこと聞くの。
ほっとけばいいのに、俺のことなんか。
「 なんでもないよ......」
ため息混じりに答えても、白石君はさらに眉間にしわをよせて
怪訝そうな顔で俺のことを睨む。
......だからなんでそんな顔するのさ、
白石君には関係ないことでしょう?
黙っていたら、白石君は怒ったようにガシッと俺の肩を掴んで揺すった。
「 言いにくいことなのは分かってる、でも早く言わないと
そういうのはどんどん酷くなるんだぞ!」
......ん。
........ん?
........そういうの?ってどうゆうの?
「 ......? 」
「 俺に言いたくないなら、先生とか、他の人でもいい。
怪我がひどくなるなら児童相談所に行った方がいいし、虐待で子供が死ぬっていうニュースもあるだろ!」
.............え?
虐待??
なんのこっちゃ。
まるでなんのことか分からずに、眉間にシワが寄る。
「 え、え、え、ちょ....ストップ。まって、白石君、
なんか勘違いしてない?」
すごい形相で言葉をまくし立てる白石君を
慌てて静止する。
「 は?勘違い......?おまえのソレ、親にやられたんだろ 」
「違うけど」
「 え?」
白石君がぽかんとする。
なるほど。そっちか。
そういうこと。
きっと彼は俺が親から虐待を受けていると思ったんだろう。
だから虐待とか、児童相談所とか言ってたのか......。
納得。
まぁ、手首にアザがあるってだけでこんなに仰々しくなるなんて少々大袈裟な気もするが。
「 誤解してるんじゃないかな、俺別に虐待とかされてない。
心配かけてごめんね、......話はそれだけ?......それじゃ。」
「 まてよ、」
くるっと背を向けて教室に戻ろうとすると、
肩をがっちりと掴まれて引き止められる。
「 親じゃないなら、誰にされたんだよ....この前見たときにはなかっただろ、そんなアザ。」
.......。
うん、やっぱそうなるよな。
スルーしてくれるかと思ったのに.....くそ。
あぁ、もう。
めんどくさい。
こういう人が1番やっかい。
本当のことを言うまでつっかかってきそうな感じだし、
正義感が強くて鋭いから嘘がつけないタイプ......だと思う。
適当なこと言って誤魔化せるといいけど。
「 ちょっと、弟とふざけて遊んでただけ。 」
「 遊んでたって......ほんとに?」
「 本当だよ、なんで嘘つく必要があるの。」
「 その手のアザと、お前が泣いてたのってなにか関係してるんじゃねえの」
白石君は納得してなさそうに、イラつきを隠そうともせず俺を睨みつけた。
......だからなんでそんな顔するんだよ、
白石君が何がしたいのか分からない。
関係ないんだからほっとけばいいのにさぁ。
優しいんだろうなぁ、きっと。
心配してくれてるっていうのはわかる。
俺を見る目がゆらゆら揺らめいて伝わるから。
大丈夫だよ、ありがとうね。
そう思ったけど口には出さない。
俺の無言を肯定と捉えたのか、
白石君はさらに機嫌悪そうな顔になって俺を睨む。
でもその顔がなんだか可笑しく感じる。
「 はやく教室に戻ろ。昼休み終わる」
そう言って少し笑って、白石君の制服の袖をくいっと引っ張ると、怪訝そうな顔をしながらもしぶしぶついてきてくれた。
......よかった。ばれなくて。
弟と寝てるなんて知られたらきっと彼は俺を軽蔑するから。
そしていつもの親と同じように俺だけ悪者扱いするんだ。
悲しいけど、しょうがない。
お兄ちゃんってそういうものなのかな。
もう慣れたからいいんだけどさ。
俺が掴んでいる白石君の手が、
ぎゅっと弱々しく俺の手を握り返した。
なにか言いたそうな感じだけど気づかないふりをする。
だって期待してしまうから。
もしかしたら、
俺を今の泥沼から救ってくれるんじゃないかって
絶対叶うわけない、そんな期待。
きっと白石君は俺を助けようとしてくれたんだ。
でもごめんね、白石君。
あなたに俺は救えないよ。
俺は救われない。
だけどありがとう、俺のこと見てくれて。
心配してくれて。
背後から白石君の視線を感じながら、
すたすた歩いて教室に戻り、お互い席に着いた。
もう、なにも聞かれないといいけど。
これ以上詮索されたら表情に出てしまいそうで怖かった。
人との付き合い方を見直さないと......
さっきみたいに家の事とか聞かれたり、変な誤解されたりしたらやっかいだし。まぁ、俺のことなんて見てる人はあんまりいないんだけどさ。
ふぅっとため息をついて、カバンからコンビニのビニール袋を取り出してパンとお茶をだす。
これらは学校に来る途中で買ったもの。
一応うちの学校にも売店とか学食とかはあるんだけど、
わざわざ一階に降りて買いに行くのもめんどくさいし、基本
人混みが嫌いだからごちゃごちゃしたところには行きたくない。
袋を開け、もそもそとメロンパンをかじる。
素朴な甘さのソレが口の中の水分を全部持っていって喉の奥に流れていく感覚は、もう既に慣れたものでだんだんと味がしなくなっていく。
食べるのすらなんだかめんどくさくなって、パンの袋をぐしゃっと握りしめた時。
「 桜木 」
不意に背後からとんっと肩を叩かれた。
まだなにかあるのかなと思って振り返ると、箸でつままれた卵焼きがひとつ俺の目の前に突きつけられていた。
「 ......なに。」
「 お前昼少なすぎ。だからすぐ熱とかでるんじゃねぇの?」
「 はぁ?」
関係ないだろ.......絶対。
以前俺の口元に伸ばされた、箸の先の卵焼きをチラッと見る。
え、食べろってこと?
どこまでお人好しなの、この人。
どうしたらいいか分からなくてじっと白石君を見つめ返すと、彼は「 ん、」と言って、またぐいっと箸を近づけてきた。
わかった、わかった。食べます。
だからその怖い顔やめてください。
ゆっくりと口を開けて顔を近づける。
横髪が邪魔だったから、指で耳にかけながら
ぱくっと卵焼きを口に入れた。
ふんわりとした甘さと出汁の香りが広がって、
優しい美味しさが口いっぱいに残る。
「 わ、...おいしい。」
思わず呟くと、白石君は満足そうに微笑んで
「 だろ?」って言った。
「 うん、ほんとに美味しい。出汁巻き玉子って久し振りに食べたかもしれない...... 」
「 へぇ、俺の弁当には90%入ってるけど。」
そもそも「手作りのお弁当」っていうものを最後に食べたのがいつだったか覚えてない。
そんなこと言ったらまた怪訝そうな顔されるだろうから言わないけどね。
お礼を言って、前を向こうとしたら。
「 はい。」
また箸を突きつけてきた。
今度は唐揚げ。
「 えぇ、もういいよ。白石君のなくなっちゃうよ.....?」
「 いいから食えって。」
俺がそれを口にすると、白石君は、
鮭とか
ポテトサラダとか
プチトマトとか
ハンバーグとか
色々なおかずをひょいひょいと俺の口に突っ込んできた。
俺がもぐもぐと口を動かしていると、白石君は首を傾げて
「 どう?」って聞いてくる。
もちろん、全部絶妙な味付けで文句なしの美味しさ。
「 ん、.......おいひい。」
口の中におかずが入って喋りにくいけど、味が最高なのは
伝えたいと思ったからコクコクと頷く。
よく見たら、白石君のお弁当の中身はすごく綺麗な盛り付けでまるでレシピ本にでも載ってそうな彩りだった。
味だけじゃなくて見た目も完璧......
しかも肉やら魚やら野菜やら、栄養バランスも考えられているのが一目で分かるくらいいろんな食材が並んでいる。
すご......
「 お母さん、料理上手だね。」
感心してそう言うと、白石君は一瞬だけこっちをチラッと見た後、またすぐに弁当に目線を戻して、
スパンッと答えた。
「 うち、母親いない。」
そしてまたもくもくとおかずを食べ始める。
......え?
「 あ、ごめん。」
「 いいよ、謝らなくても。気にしてないし。」
自分の中で、お弁当を作るイコール「お母さん」って思ってたから、自分の勝手な偏見で白石君に嫌な思いをさせたんじゃないかと思って少し焦る。
俺が黙ってると、白石君は
「 いいよ、ほんとに。」って言って笑った。
「 俺の弁当さ、親父が作ってるんだけど、結構美味いだろ 」
きまりが悪くなった俺のことを気遣ってくれ、話の流れを変えてくれたのだろう。
白石君はへらへら喋り始めた。
「 父子家庭なんだけどさ、俺ん家。料理作るのとか家事とか大変だろうから弁当も要らないって言ってんのに、なんか意地はって作りたがんの。」
「 へぇ。」
「 最初はさ、料理へったくそだったんだよ。茶色いおかずばっかりだったし.......いや、まあそれはいいんだけど。卵焼きも焦げてるし、砂糖と塩間違えるし...... 」
白石君は呆れたように机に肘をつきながら笑う。
ちょっとバカにするような言い方だけど、すごく嬉しそうな表情で笑うその顔は幸せそう。
「 それでもずっと作り続けてくれてさ.......今じゃそこらへんの主婦に負けないくらい飯が美味いんだよなぁ..。素直にすげぇなって思う。まぁ、本人には言わないけどな。」
へぇ。確かにこんなに美味しいお弁当を作る人が昔は料理下手だったなんて驚きだ。
努力の賜物だろう。
きっと白石君のお父さんは、白石君が大好きで大切なんだ。
父子家庭ってことを負い目に感じて欲しくなくて、一生懸命に「親」を全うしてるんだろうなぁと、なんとなく思う。
「 .........愛されてるね。」
「 そうだね」とか「すごいね」とか「いいお父さんだね」とかもっと他に言うべきことは色々あったのに、何故か口を突いて出たのはそんな言葉だった。
相手を羨ましがるような、妬むような、そんな皮肉をはらんだ言い方をしてしまったことに自分でも驚いた。
「 ごめん、忘れて。今の....... 」
無意識のうちにそんな言葉が出る自分の
性格の悪さに嫌気がさす。
申し訳なくなって俯くと、白石君はふうっと息をついて目を細めた。少し悲しげで何か言いたそうに見つめてくるその瞳に、
どきりとする。
「 お前さ、」
「 .......なに 」
「やっぱり、本当はなんかあるんじゃねぇの?」
俺の真意を問うているかのように、真っ直ぐに見つめてきて
目線を逸らせない。
あぁ、俺も彼みたいに真っ直ぐ堂々と前を向けたらどんなに
気持ちが楽だろう。
だけど気持ちは楽になっても生きるのが辛くなる。
だって今の生活が成り立っているのは、
俺が感情を押し殺して閉じ込めて、我慢しているから。
辞めてしまえば、俺が今まで築き上げてきたものが崩壊してしまう。
俺が「いいお兄ちゃん」であること以外に、
俺があの家に帰る意味と価値なんて無いのだ。
つらい、つらいよ。
でもそんな事誰にも言えない。言わない。
これ以上傷つきたくないもん。
「 なんでもないよ......?ただ、家族とあんまりうまくいってないだけなんだ。」
辛い気持ちを悟られないように、敢えて笑って言った。
白石君には分かんないでしょう、こんな気持ち。
だって君も千里と同じ。
所詮愛される側の人間なんだもんね?
分かってるよ。
こんなこと思う俺が最低なことくらい。
でももういいんだ。とっくに黒いから。
俺の乾いた笑顔を見る白石君の瞳は、
静かに、そして悲しげに揺らめいていた。
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