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他のクラスはどこも授業中で、廊下は静まり返っている。
俺たちが地面を踏むぱたぱたとした音が響いて、まるで学校の中に俺たち2人だけになったみたいな感覚がする。
俺の数歩前を歩く白石くんは、少しも俺の方を振り返ることはなく、黙ったまま。
後ろ姿だけで彼の顔が見えないから、何を考えているのか読み取ろうにも難しい。
そしてなんとなく寂しくなった。
気まづい感じではないけれど、俺たちの間に見えない透明な壁があるような感覚。
「 ねぇ......あのさっ、」
俺が思わず呼び止めてしまったから、歩みを止めた白石くんがくるりとこちらを振り返り俺を無表情で見つめてくる。
うーわ、怖すぎ……
しまった........
咄嗟に声を掛けてしまったけど、何にも言葉が出てこない。
呼んだだけ、なんて言ったら当然怒るだろう。
だけど、このお互い無言の沈黙をどう破ればいいのかが分からなくて、不安になる。
今までどうやって白石くんと話してたっけ......?
ちらっと顔を上げれば、視界に入るのは白石くんの不機嫌そうに歪められた顔。
ドキンと心臓が嫌な音を立てる。
「 .........なに?」
口を開いた白石くんは、酷く冷たい声色でそう呟いた。
それを聞いた時、彼の瞳に宿る感情が「怒り」だということに気づいた。
彼は今怒っているのだ。
俺に向かう温度のない声と鋭い視線が、それを物語っていて、頭が真っ白になる。
「 ご....ごめん 」
咄嗟に俺の口から出た言葉を聞いた白石くんが、「 は?」と眉間にしわを寄せて、さらにその顔に苛立ちを追加させる。
「 なにが?」
「 .......めいわく..かけた、から。ごめん。」
最初からついてきてくれると言っていたのに俺が素直に受け入れなかったから、結局ここまで迎えにきてもらって手当までしてもらった。
かなりめんどくさい余計な手間をかけさせてしまったし、
白石くんもそりゃ怒るはずだ。
今は授業中だし、彼の貴重な時間も無駄にした。
謝ることしかできない。
だって本当に悪いと思ってるから。
「 迷惑?お前が俺に....?」
「 うん....ごめん 」
俺がもう一度そう謝ると、彼は小さく鼻で笑ったあとまた無表情になって低い声で「ふーん」と息をもらす。
「 本当にそう思ってるならもう何も言わなくていいよ」
そしてそう言ってまた俺にくるりと背を向けて歩き出した。
.................え?
一瞬彼の言葉の意味が分からなかった。
何も言わなくていいってどういうこと?
もう俺と話したくないってこと?
とても納得してくれたようには見えない彼の背中を追いかけて、その手首を掴んで自分の方に引き寄せる。
やっぱり彼の顔にはまだ怒りが残っていて、俺に向かう細められた瞳は鋭く冷たい。
「 なに 」
白石くんは『離して』と言わんばかりの顔で俺を見る。
その表情に酷く傷ついた自分がいるのを実感しても、なにをどうすればいいのか分からない。
「 な、んで....おこってんの 」
俺の言葉を聞くと、彼は一瞬目を見開いた後
キッと俺を睨みつけた。
「 は?そんなん自分で考えれば...?ってか、じゃあなに?さっきは俺がなんで怒ってるのかわからないのに謝ったんだ?」
「 ち、違うって、なんでそうなるの.......俺が、白石くんに迷惑かけたから怒ってるんでしょ 」
「 だから、お前がそう思うならもう何も言わなくていいって言ってんじゃん、話聞けよ」
ぴしゃりとそう突き放されて、身体が固まった。
乱暴に俺の手を振り払った白石くんは、小さく舌打ちをして再び歩き始める。
彼の足音だけが辺りに響いて、ぐわんぐわんと頭痛がした気がする。視界がぼやけて歪んで、なにも見えなくなった。
やばい.....泣く、
涙腺が緩んで、鼻の奥が痛んだ。
目頭が熱くなって、喉がヒュッと締まる。
だめだ、ここで泣くのはずるい。
泣くな、泣いたら負けだ。
俺に泣く資格なんてないのに、こんなときに泣いたら
泣けば許されると思ってると勘違いされるかもしれない。
それに涙なんて見せたらそれこそ俺が被害者アピールしてるみたいだし。
どうやら白石くんは、俺が迷惑をかけたことに怒ってるわけじゃないらしい。
だけど、考えてみても全く心当たりがないのだ。
彼が、俺のどんな行動に怒りを感じているのかが分からないと解決しない。
それは分かってる。
十分に分かってるんだけど。
どうして俺は人を不愉快にさせることしかできない?
どうして頭で思ってることが俺には出来ない?
大切な人や、自分に良くしてくれた人までこんな風に
傷つけてるんだからやっぱり自分は1人でいた方がいいに決まってる。
実の親にさえ嫌われてるんだから、
もうとっくに分かりきってたことなのに。
俺は何を勘違いしてたんだ。
浮かれたって後で現実みるのは自分なのに。
自分の居場所が欲しい
許されたい
これ以上自分の存在価値を否定されたくない
頭の中で、思考回路がショートして爆発寸前になった時、
ぽたぽたと足元に雫が散らばった。
それが涙だということに気づくまでそんなに時間はかからなかった。
頭の中がじんわり熱くなって
鼻の奥がツーンと痺れる。
一度涙が溢れてしまえば、もう自分では止めることができなくて。
足が鉛になったかのように動かないのに、
涙だけはどんどん溢れて、床に落ちていく。
このままどこかに消えてしまえたらどれだけ楽だろうか。
必死に声を出さないように、息を止めていたが、
息苦しくなって酸素を取り入れた時に嗚咽がもれた。
しまった。
俺が背後を付いて来てない事にようやく気付いたのだろう。
後ろを振り返った白石君と視線がぶつかる。
「.......さくら、ぎ....?」
彼はこちらを見た後一瞬ギョッとしたよう顔になって、
動揺した様子で口を開いた。
そして白石君が戸惑いを含んだ声でおずおずと俺の名前を呼んだのが分かった。
なんて情けない。
こんな酷い顔は見られたくなくて、両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込む。
泣いていることがバレてしまった今、溢れる涙を制御する気持ちが薄れてしまい、余計にぽろぽろと零れ落ちていく。
ぬぐってもぬぐっても次から次に頬を伝う雫が酷く憎たらしく、けれどその止め方を自分は知らない。
「 桜木っ、ごめん、言い過ぎた。ごめん...... 」
向こうからばたばたと足音がした。
白石くんがこちらに小走りで駆け寄って来て、俺と同じように隣に膝をつく。
「 なぁ、ほんとごめん。頭に血が上ってた。俺、あんな言い方するべきじゃなかったよな......だから、泣くな。」
「 ご、めんな、さっ......」
白石くんが謝罪する必要は無いのに、
そうさせてしまった自分が情けなくて。
嗚咽を漏らしながら誤る。
でも彼の顔はまだ見れない。
「 桜木 」
白石くんが俺の名前を呼ぶのと同時に、
彼の長い腕が回ってきて身体がビクッと震えた。
そのまま彼の方へ引き寄せられて、全体重を彼に預ける。
彼は耳元でもう一度俺の名前を呼んで、
俺の腰に回した腕にギュッと力を込めた。
痛いくらいの力で抱きしめられて苦しい。
肺と胃が押し潰されて、思わず「ケホッ」っと咳き込むと、
白石くんが少し力を緩めてくれた。
でも、まだ俺の体は彼の腕の中に収まったまま、
離してくれそうにない。
俺の肩に額を乗せているから、顔は見えないけれど
きっと彼もその表情を歪めているのだろう。
彼が発した絞り出すような声で察した。
「 .........ごめん、あんな言い方して。桜木、ごめんな 」
「 違っ、しらいしくん、わるく.....な、」
「 あー、もう分かった分かった。とりあえず泣き止め。」
しゃくり上げる俺の背中を、優しくポンポンと叩き続けてくれる。まるで小さい子供をあやすみたいに。
俺が時折苦しくなって咳き込んだり噎せたりすると
その暖かい手のひらで背中をさすってくれて、
少し落ち着いてくると俺の肩を優しく包み込んでゆりかごのように左右にゆっくりと揺らしてくる。
完全に彼の体の中に倒れ込んでいる俺はもう為すがままの状態になっていて、その腕の中で涙が止まるまで小さく丸まっていた。
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