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melt.2(R-18)
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べつに、最初からこんなだったわけじゃない。
むしろごく普通の、いや、普通より幸せな家族だったかも。
優しくておっとりした母。
少し厳しいけど、愛情深い父。
可愛くて仕方がない、7歳年下の弟。
何かに特に苦労したこともなく、順風満帆な日々を過ごしていた。家族仲も良かった。
だけどある日突然、それは崩れた。
『けほっ、ぅ?』
ふと目を覚ませば、立ち込める焦げ臭さ。煙。
嘘だと、夢だと信じたかった。
けど、震える手足と、明確な熱の気配が、そんな現実逃避すら許してくれなくて。
『はやくにげるぞ!』
何が何だか分からず泣き叫ぶ弟と、俺を外に叩き出して。
『俺は、母さんを連れ出してくるから。2人はここにいろ。絶対に来るな』
そういって中に走っていった父と母を取り残したまま、家は燃え崩れた。
いつのまにか誰かが呼んでくれたらしい、救急車と消防車。
けれどそんなものなんの役にも立たなくて。
サイレンが鳴り止まない頭のなか。
『かわいそうに』
って同情するその言葉と、それとは裏腹に面倒くさい俺たちを拒む大人の目が、嫌でも残酷な現実をおしえてくれた。
放火魔だったらしい。
個人的な恨みとかでもなく。
『むしゃくしゃしたからやった』
だってさ。なんだそれ。
『捕まえたから、裁かれるから』
お偉い組織の人たちは、"理解者の顔"でそう告げる。
そっか。
裁かれる、ね。
それで?
何年か刑務所にはいって。いや、下手したら執行猶予なんかですんじゃうのか。それか、罰金を払ってみたりして。
それで、"前科"ってお荷物を抱えて生きていくことになったよって、そうしてあげたからねって、そういう報告だよね、それ。
あはは、ぜーんぜん、うれしくねぇよそれ。
気付かなかったな、今まで。
なんでさ、犯人は、被害者でもない人の手で、被害者じゃない人間が作った規則に従って裁かれんの?
そいつら、俺らのことなんも知らないじゃん。
俺らの気持ちも、この犯罪が"本当にどういうこと"なのかも、わからないじゃん。
だけど、だからこそそんな、先入観を持たない第三者に、シンプルにカテゴライズされて。
罪状は、処罰は確定されて。
あーあ、変なの。笑っちゃう。
命はお金で買えないのに、罰で罪を"赦される"んだそいつは。
命は誰かの時間を拘束することと、なんの関係もないのに、禁錮は罪の償いになるんだ。
万一死刑になったとしたって、そいつの死で大切な人たちが生き返るわけでもないのに、死ねば罪から解放されるんだ。
でも、しかたねぇよな。
俺たちだって、気付かないまま、誰かの不条理を許容してたんだから。それが運悪く俺らに回ってきたってことだ。
莫大な保険金と慰謝料に、両親の遺産、親族の嫌悪の視線がまとめて降り注いできた。やってらんねぇよ。
まぁでも気持ちはわかる。
高校一年生と、小学生。
お金かかるもんな。邪魔だよな。
そんななか、どーでもよさそうに、けれど少しだけ同情的な目でこっちを見てる奴がいた。
『大変そーだな、ま、どーでもいいけど』みたいな目。
そいつに近寄れば、あからさまに面倒臭そうな顔をされる。でも、交渉する価値はあると思った。
『絶対に迷惑かけたりしません。資金は全部今回もらった遺産から払うし、毎月お礼金も払います。だから、保証人になって、こいつを育ててやってください』
『………はぁ?』
唐突な申し出に、その男はまた、眉を寄せた。
『何がなんでも、絶対に迷惑はかけません。かけた瞬間、これはなしでいいから、だからこいつのことだけは"ふつうに、愛情をもって"育ててやってください。ふりでもいいから。』
腕の中で疲れ果てて眠る弟を見せて、そういった。
まだ小さい弟。きっと、この別れの意味すら咀嚼できていない。
こんな小さな弟に、この出来事は重すぎる。
『…………立派だな、でもやっぱお前、ガキだよ。"何がなんでも"って、そんなことで片付くほど、この世は甘くねえ』
『わかってます』
『わかってねぇよ、お前学生だろ。だいたい保証人なんて、都合悪くなった瞬間辞めれるもんでもねぇんだよ』
『…………』
『お前らのことは可哀想だと思うよ。けど、そこまでやってやる覚悟はねぇ』
そう言って、背を向けようとした男の服を掴んだ。
『お願いします…!絶対、絶対に迷惑かけませんから……!弟だけでいいんです。死んででもなんとかするから……!』
『だから!』
『臓器売り払ったっていいです!』
その言葉に、男が息を詰めるのがわかった。
『………は?』
『それで、ボロボロになって、使い物にならなくなったら、勝手に死にます』
『何いってんの、お前』
『俺は若いし、臓器も高く売れるでしょう?』
『お前、頭おかしいよ。そこまでしなくたって、誰かが引き取ってはくれるだろ』
『それじゃあ弟が、"しあわせに"なれないってわかるんです』
嫌悪感に満ちた視線を思い出して、胸の奥がむかむかした。
『お願いします』
もう一度、今度は地面にへばりついて頭を下げた俺に、拒絶の言葉は帰ってこなかった。
ピピピピピピピ!!!
けたたましいアラームの音に、脳みそが強制的に覚醒する。
「……はぁ、くそねみぃ」
床で寝たせいで、関節はギシギシと軋むし、頭も痛い。
それでもさっさと起きなければ、時間がなくなる。
ふらつく体を風呂場に突っ込んで、さっさと準備をして家を出た。
気が遠くなりそうな眠気にも、ここ一年とちょっとで随分なれた。慣れたと言うべきか、麻痺してきたと言うべきか。
自分が眠いのか、起きているのか、寝ているのか、たまにわからなくなる。
それでも体はルーティンワークをこなし、気付けばいつも通り、ベッドの上。
「…………ぅ、…………はぁ、相変わらず上手いね」
全く記憶にないが、どうやら以前に寝たことのある客だったらしい。
口に加えた汚いものを、喉の奥でしめつけながら、じゅるりと態とらしく音を立てて吸い上げる。
「……イ、く!」
喉の奥に吐き出される粘り気のある液体に湧き上がる嫌悪感を、生臭いそれとともに、無理やり嚥下する。
ふ、と満足そうに息をつく客に、見せつけるように舌をちろりと覗かせた。
「……おおい、ですね」
するりと、あおるように裏筋をたどって、後ろに手を這わせた。
ちらりと一瞬目を合わせてから、人差し指を差し込んで、くるりと内壁をなぞる。
「…………ん、」
ただ機械的に慣らすだけの作業に、会えて熱っぽい吐息を吐き出せば、視線に獰猛な色が宿ったのがわかる。
「…………ねぇ、も、おわり?」
あざとく小首を傾げて。
指をくるりと動かして、ぁ、とまた小さく喘げば。
「五万」
俺の価値を告げる値段を告げられ。
ガバリと覆い被されるやいなや、胎内に熱が入り込んできた。
「…………お、」
申し訳程度についた、ほぼ役目を果たすことのない郵便受けに、一通の手紙。
思わず口元が綻ぶのを感じながら、慌ただしく家の中に入る。さっきまで、体を支配していた疲労がうそのようだ。
『内山 恵太』
差出人の名前をそっと指でなぞって、中身を読み始める。
テストで良い点をとったとか。
友達と喧嘩したとか。
内山さんが授業参観にきてくれたとか。
そんな、何気ない日常のしあわせに彩られた恵太ーーー弟からの手紙は、いつだって俺の心を軽くする。
『会えなくてさみしいけど、お兄ちゃんもがんばってね!冬休みに会えるの、たのしみにしてるね!』
そんな言葉で締めくくられた手紙に、ほっこりと心の中が温かくなる。やっぱり、あの人に頼んで良かったと。
あのときの男性ーーー内山さんは、期待以上にまっとうに恵太を育ててくれている。
もちろん、俺も、それに見合う対価を送り続けている。
あの時に受け取った慰謝料等には、まだほとんど手をつけていない。
いつ、俺に何があってもいいように。
できるかぎり月の収入から送り続けていた。
頑張れと言われるのは嫌いだ。
でも、恵太だけは違う。
この世にたった1人の、血が繋がった家族。
俺が守るべき、愛しい存在。
「……頑張るよ」
お前のためなら、どれだけでも、いつまでだってがんばれるから。
また決意を新たに、一日を終えた。
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