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今のは聞き間違えだろうか。
ああいや、好きとは恐らく人間的に好きということだろう。
俺の指導態度が気に入ったということなら、中々見どころのある生徒じゃないか。
「あっ、先生。誤解オチとかつまらないんでハッキリ言いますけど、ちゃんと恋愛感情での好きですからね」
逃げ道を塞がれた気がした。
いや待て、何を逃げる必要がある。
「くだらん冗談を言うな。お前は生徒であって俺は教師だろう」
「え、そこですか?男同士の方言われると思ったんですけど、そこ問題ないならいけますね」
「いやいや、ちょっと待て。そこも問題だ。大問題だ。そもそも歳だって違いすぎる」
「大丈夫ですよ。歳の差くらい俺が埋めてあげます。他に何か不安はありますか?」
不安しかないんだが。
いやそういう問題じゃない。
「あー…あれか。お前何かストレスでもあるのか。それかイジメでもされているのか。誰に言えと言われた。俺がちゃんと説教してきてやるから――」
「誰に何も言われてませんし、思春期特有の悩みもストレスもありません。まあ簡単に信じてもらえるとは思っていないんで、これから一年かけて先生に分かってもらいますね」
「は?」
「だって先生俺の事まだ知らないでしょう。俺も先生のこともっと知りたいですし」
「いや…え?」
今まで生きてきて一度も遭遇したことのない事態に、対応策が思いつかない。
いや恋愛経験がないわけじゃないが、相手は教え子でそれも男とかどういう冗談だ。
ひょっとして生徒に恨まれすぎて、新手の仕返しでもされているんだろうか。
七海はそんな俺の心境を余所に言いたいことを言い終えると、無遠慮に俺の顔に手を伸ばしてきた。
反射的に目を瞑ると、頬を撫でて耳に伸びた手が俺の眼鏡をスッと取り上げる。
「おい、お前何して――」
「うん。やっぱり可愛いです。これから二人の時は眼鏡取ってくださいね」
「ふざけるな。いい加減にしろ」
怒気を強めた口調で言って、眼鏡をガッと奪い返す。
確かに年の割に童顔なのは認めるし、この眼鏡も生徒指導という立場の元なるべく威圧的に見えるフレームをチョイスしてはいる。
だが決して可愛いと持て囃されるような顔ではないし、ましてやこんな一回りも年下の生徒に言われるほど幼い顔でもない。
再び眼鏡を掛けて七海を見ると、怒られることに怯える顔も、不安に揺れる瞳も何一つなかった。
ただ至極嬉しそうに、その瞳が眩しげに俺を見て微笑む。
「――先生、好きです。やっと会えました。俺の運命の人」
僅かに開いていた窓から最後の桜の花びらが舞い込んで、七海の髪にひらりと落ちる。
自分の思ったことを信じて疑わない真っ直ぐすぎる瞳は、ただひたすらに俺の心をざわつかせていた。
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