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「…最悪だ」
七海がいなくなった数学準備室でガクリと頭を抱える。
張り詰めていた糸が切れたように、脱力してしまう。
ドクドクと嫌な感じに鳴る心臓は、生徒と非ぬ関係を持ってしまったことへの罪悪感だ。
好きだなんだと言っていたのを忘れていたわけではないが、完全に油断していた。
こんなことがバレたらそれこそセクハラ眼鏡だとかホモ眼鏡だとか言われるに決まっている。
いやそんな問題ではない。
懲戒免職ものだ。
いくら向こうからとはいえ、世間一般じゃ俺が男子高校生に手を出したと思われるだろう。
高校生がわざわざ好き好んで30代のオッサンを相手になどするものか。
――それに。
熱を持つ唇にそっと手を伸ばす。
自然とため息がもれて、頭が痛くなる。
予想外に手慣れていた行為に、完全に翻弄されてしまったのも事実だ。
いまだかつて人生で起きたことのない事象に気持ちの整理がつかなかったが、時間はそう落ち込ませてもくれない。
とりあえず慌てて資料をかき集めると、授業へ向かうべく教室棟へと足を向けた。
「うわ、またですか。女子高校生に手を出した30代男性、強制わいせつ罪で逮捕。最近多いですねえ」
ギクリ、と肩が跳ねる。
放課後の職員室。
神谷がコーヒー片手にテレビのモニターを見上げて独りごちる。
なんで俺がこんなことで後ろめたい気持ちにならないといけないんだ。
「今はただの挨拶だと思って軽く触れただけでも、セクハラとか言われる時代ですからねえ」
「ええ、不本意ですが女子生徒の扱いには気をつけないといけませんね」
他の教師も混じって話をしている。
いつもだったら生徒指導の名の下話に参加するところだが、なんとなく今は話に交じる気がしない。
それどころかどうも仕事に身が入らない。
それもこれも全部アイツのせいだ。
「紺野先生、どうされたんですか?」
神谷が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
そんなに顔に出していたつもりはないんだが。
一度視線を伏せてから、目の前の心配そうな表情に眉を潜める。
「なんでもない。テストが終わって少し気が緩んでいるだけだ」
「ふふ、紺野先生でもそんなことあるんですね」
「…お前は俺を何だと思っているんだ」
「んー、完璧な人。ですかね」
「――はぁ?」
俺のどこが完璧だ。
万人に好かれ頭も良く、運動神経も良ければ顔もいい、神谷の方がよっぽど完璧だ。
「完璧とはお前のようなヤツのことを言うんだ。俺はそんな人間ではない」
そう言っているのにどこか柔らかな視線を向けられて、居心地の悪さを感じる。
「…でも本当に少し顔色悪いですね。何か無理されているのでは?」
「この仕事をやってて無理するなというほうが難しいだろう」
「そうですが、体調崩してしまっては元も子もありませんよ」
それもそうか、と俺は納得して持っていたペンを置く。
まだ仕事は山積みだったが、少し休憩取るかと眼鏡を外して眉間を揉んだ。
――と、不意に横から手が伸びてきた。
「…なんだ?」
頬を指先が掠めて、思わずその手の先を見上げる。
神谷がまじまじと俺の顔を見つめていた。
「…前々から思っていたんですが、紺野先生コンタクトに変えてみては?」
「はぁ?なぜだ」
「綺麗な顔されてますよね。生徒にも人気出そうなのに、勿体無いなあと」
「…男に綺麗とか言うな。気色悪い」
眼鏡やめろとかお前は七海か。
そう心の中で思ってから、昼休みの出来事が再び蘇ってきてげんなりとする。
「人気など出たところで怒りづらくなるだけだ。人に好かれる役はお前一人いればいい」
「紺野先生は相変わらずですねえ」
俺なんかよりよっぽど綺麗な顔で、クスクスと微笑まれた。
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