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「捕まえました」
「よくやった」
ものの数秒後、首根っこ掴まれた猫みたいな状態で結城は七海に捉えられていた。
俺も追いかけてはきたが、若者の風のような足の速さには全く追いつけない。
授業も間近の渡り廊下で、どうやら他の生徒はもう教室へ戻っているようだ。
「なんで追いかけてくるんすかっ。ほっといてくださいよっ」
「ほっときたかったんだけどみーちゃんが弁当くれないって」
「おい七海。そんな言い方をするな」
結城は七海を慕っているわけだし、いくらなんでもその言い方は――と咎めたわけだが、結城は特に気にした様子もなくパシッと七海の手を払った。
「もー、あーちゃんの気持ちは分かるけどさ。センセーに当たってもしょうがないっしょ」
「それは分かってますけどっ。だってあんな風に言われたらどうすることもできないじゃないっすか。それに眼鏡センセーただの石頭の真面目センセーだしっ」
なんだとこの野郎。
せっかく勉強を教えてやったのになぜそんな頑固親父のような言われ方をされねばならない。
口を挟もうと思ったが、隣で話を聞いていた七海がポンと結城の頭に手を置いた。
「まぁでもホラ、だからこそ片思いだって分かるわけだし。俺はあーちゃんを応援してるけどな」
そう言って宥めるように結城の頭を撫でる。
俺が石頭で真面目なのは置いといて、片思いとはなんのことだ。
七海が俺に片思いであるとして、結城を七海が応援する意味が分からない。
結城は七海のことが好きなんじゃないのか。
全く二人の会話が分からず置き去りにされていたが、当たり前のように結城に触れる七海に眉をひそめる。
どこか不貞腐れたようではあるが結城もそれを受け入れていて、この二人の仲の良さが伺える。
前にもあったがこうやって七海は誰にでも簡単に触れているんだろうか。
なんだか口を挟む気にもなれず、立ち尽くしたままその光景を見つめる。
「俺みたいにあーちゃんもさっさと言っちゃえば良いと思うけど」
「そんな七海先輩みたいに出来る人なんか中々いませんよ。それに俺の場合もう分かりきってますし…だからこそこっちをなんとか出来ないかなって」
「あー、なるほど。だから最近――」
結城も少し落ち着いてきた様子で話し始めているから七海に任せているが、そもそもこの二人で分かりあえる話なのであれば大人の俺が口を出すべきではない。
そういえば七海は少し前に結城と自分が同じだとか意味深な事を言っていたし、子供同士何か通じる話があるんだろう。
何より同世代であれば同じ目線で物事を考えられるはずだ。
――そう。いくら何をされようとやっぱり七海は子供で、俺とは違う目線で生きている。
きっと七海も俺と話をする時と友人と話をする時では違うだろうし、年の差もあれば気を使って会話をすることもあるだろう。
今のように結城を宥めることは俺には絶対に出来なかったし、学生同士ならではの同じ目線があっての事だ。
ならもし――もしも七海と俺が同世代だったら。
そう思い至って、そんな事を考えた自分に驚く。
「おや、三人で何をされているんですか?」
不意に神谷の声が聞こえた。
顔を振り向かせると渡り廊下の先から、こちらへ歩いてくる神谷の姿が見えた。
これから授業へ向かうところだろう。
「…ああいや、二人に勉強を教えてから少し雑談をしていた。これから教室へ向かわせるところだ」
「そうでしたか。もう授業始まりますもんね。それより結城」
「――ふぇっ!?」
何だ今の声は。
猫が踏まれたような声だったが、今のは結城か。
「最近紺野先生に勉強を見てもらっていると言っていたが、お前は受け持ちの一年の数学教師の方が授業も含めて分かりやすいんじゃないのか?紺野先生は三年を受け持っているし忙しい時期に学年の違う結城の面倒まで見るとなると大変だろう」
「ああいや、別に問題はない。教師なら勉強を教えるのは当たり前で――」
口を挟んだら、そっと七海に腕を引かれた。
いつの間にか隣りにいたらしい七海を見ると、唇に人差し指を当てニッと悪戯な笑顔を向けられる。
どういうことだ。
静かにしろというジェスチャーに不信感を抱いたが、七海に腕を引かれるまま後ろへ下がって押し黙る。
「…あ、あの。すみません。でも紺野先生が良くて…」
「まあ確かに紺野先生の数学は素晴らしいが、七海だけではなくまさか結城まで――」
――ん?
神谷が軽く説教するように結城と対峙しているが、それよりさっきまでとはうって変わり、なぜか結城の態度が煮え切らない。
それどころかまるで人見知りのように顔を赤らめている。
「紺野先生は生徒指導も兼ねているし、問題ないとは言ってくれているがそれに甘えて迷惑を掛けないよう気をつけなさい」
「…はい。ごめんなさい気をつけます」
「とは言っても結城がやる気になっているのは先生もすごく嬉しいけどな」
「…っあ、えっと。が、頑張りますっ」
――んん?
俺とは正反対の態度、なんてものではない。
ここにいるのは別人なんじゃないかと疑うレベルに態度が明らかにおかしい。
それも作っている、という感じではなく真っ赤な顔で俯くその姿はどう見ても素だ。
「ね、だからあーちゃんは天然さんだって言ったでしょう?」
「――は?ど、どういう…」
七海が俺の隣で、耳打ちするような小さい声で話しかけてくる。
目の前にいる結城はあの強気な態度はどこへやら、まるで恋する乙女のように神谷の説教を聞いている。
パチパチと瞬きをして七海の顔と、目の前の光景とを往復してしまう。
「言ったじゃないっすか。俺とあーちゃんは一緒だって」
「えっと――それはつまり…?」
まだ状況が飲み込めずぽかんとする俺に、七海は屈託のない笑顔で続けた。
「だからあーちゃんは好きなんですよ。カミヤンのことが」
「――ええっ?」
その線は全く考えていなかった。
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