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「む、どうされました?」
俺の声に気付き神谷がこちらへ視線を向ける。
さすがにその事実を本人に伝えるわけにも行かず、視線を彷徨わせつつブンブンと首を振る。
「…おや。また何か七海に吹き込まれましたか?全く油断も隙もない――」
「あー!カミヤンっ、そんなことより授業始まりますって。紺野センセーありがとうございましたっ。あーちゃんもまた部活でなっ」
そう言って七海は神谷の背をグイグイと押していく。
そういえば5限の七海のクラスは神谷だったか。
七海が神谷を連れて行ってくれたおかげで余計な事を聞かれずに済んだが、俺に対して読心術を心得ている神谷に隠し通せるか不安ではある。
自分の色恋だって苦手なのに人の色恋なんて荷が重すぎる。
ふと残された結城に視線を向けると、惚けたように神谷の背中を見つめていた。
ぽーっと心ここにあらずといった様子で見つめる姿は、やはりどう見ても演技ではない。
だがコイツは確か、俺に七海を慕っているという発言をしていたはずだ。
神谷が好きだというのならあれは一体どういう意図があったんだ。
「…なんすか」
「いや、別に何も言っていない」
俺の視線に気づいたのか結城と目が合って、ギロリと鋭い視線を飛ばされる。
相変わらず俺は嫌われているらしいが、敵視されるのであれば望むところでこちらも慄いたりはしない。
さっさと授業に行けと一喝して、自分も担当教室へ急ぐ。
歩きながらふと頭の中からすっかり抜け落ちていたもう一つの事実に気づいた。
そういえば七海に弁当を渡しそびれた。
5限が終わったタイミングで渡してやりたかったが、主任に呼ばれたり小会議があったりとで忙しくなってしまった。
バタバタとしている間に時間は過ぎてしまい、気付けば授業は終わり放課後となってしまった。
期末テストも近いということで、今特進科の授業時間は長い。
さすがに購買があるから飯に関しては大丈夫だとは思うが、それでも弁当を楽しみにしていたし可哀想な事をしてしまったなと思う。
ようやく落ち着いたのは生徒指導部の会議を終えてからで、廊下を歩きながらふと窓の外へ視線を向けた。
帰宅する生徒や校外を走る運動部の姿が見えて、何気なく七海の姿がないか探してみる。
やはり一言謝っておくべきだろうか。
育ち盛りの高校生の昼飯をお預けにしてしまった罪はとても重い気がする。
おそらく今は部活をしているところだろうし、体育館へ行けば七海に会えるだろう。
謝罪を携帯の文字で済ませるようなことはしたくないので、学校にいるうちにと体育館へ足を向ける。
神谷は女生徒に質問攻めにあっていたからまだ部活には行っていないだろうし、一言謝ってすぐ戻ればいい。
が、覗いた体育館に七海の姿は見当たらなかった。
どいつもこいつも怒られると思っているのか青褪めた様子で俺と視線を合わせないが、そんな中結城が俺の元へと歩いてくる。
神谷とも七海の前とも大違いの無愛想な表情だ。
「七海先輩でしょ?特進科は今日から部活ないっすよ。だから今日キャプテンに試合近いから呼び出しされてたじゃないっすかぁ」
「…ああ、そういえば」
試合が近いのかどうかは知らないが、特進科は普通科よりもテスト前は早く部活が免除になる。
忙しくてすっかり忘れていたがそういえば今日からだった。
ならもう七海は帰ってしまったか。
「そうか。邪魔したな」
あっさりそう言って背を向けようとしたが、ああそうだと思い出す。
昼間は七海に口を出すなと言われて黙ったが、やはり教師として結城に言っておきたい事がある。
「昼に神谷に色々言われていただろうが、俺は今日のように真面目にやるのであれば別に勉強を教えるのは構わない」
「…えっ?」
「ただし優しくはないがな」
俺の言葉に結城は少し面食らったような顔をした。
コイツの意図は分からないが、それでも俺から教えを請いたいと神谷に言っていたし、ならば教師としての努めを果たすだけだ。
そう思って言ってやったのに、結城は数度瞬きをしてから脱力したような盛大なため息を吐き出す。
なんだその反応は。
「…分かってますよ。眼鏡センセーほんと真っ直ぐのただの真面目教師ですもんね」
「なんだそれは。不真面目よりはいいだろう」
「んー、そうじゃなくてもうちょっとこー…」
結城は何か言い掛けて、だがやめたとばかりに口を閉ざした。
それでもパッと視線を持ち上げると、わざとらしくニッコリと笑ってみせる。
「分かりましたっ。じゃあまた七海先輩とイチャイチャしにいきまーっす」
「はぁ?お前は神谷が好きなんだろう」
「――ふぇっ!?なんでそれっ」
「七海がそうだと言っていた」
「あーもーなんで言っちゃうかなぁ。ほんっと七海先輩もバカ正直だなーもー」
結城が煩わしそうに頭を抱えているが、俺にはやはりコイツが何をしようとしているのかさっぱり分からない。
今時の若者の思考には全くついていけないというか、いや根本的にコイツとは考え方が違う気がする。
そろそろ神谷も来るだろうし、いい加減話を切り上げるかと結城を見下ろして口を開く。
「よく分からないが七海に触るな。真面目に勉強する気がないのなら教えるつもりもない」
きっぱりとそう告げたら、結城は驚いたように目を丸くした。
「…あれ、実は効果あった?」
だからなんの話だ。
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