アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
69
-
職員室へ戻りしばらくすると、真島と高瀬が来た。
どうやら満足したらしく、説明会での御礼の品を二人に渡す。
「ではまた何かありましたら声掛けてくださいね」
「ああ、その時は遠慮なくそうさせてもらう」
「では失礼します」
ペコリと丁寧に頭を下げた真島を見て、高瀬も軽く頭を下げる。
帰ろうとした二人を見て、ふと思い出して引き止める。
「…ああ、そういえば高瀬は最初に会ったが七海が真島にも会いたがっていた。今はもう授業が始まっているから会わせてやれないが、一応伝えておく」
「わ、本当ですか。七海くんに今日会えなかったので嬉しいです。連絡しておきますね」
「ああ。きっと喜ぶだろう」
そう伝えて二人と別れた。
別に七海のことを気にかけてやる必要はなかったかもしれないが、会いたそうにしていたしその気持ちくらい伝えておいてやるのは悪いことじゃない。
自席に戻り、一息つく。
仕事は山積みだし授業もまだ残っている。
だがどことなく力が入らず机に両肘を付くと、ぐしゃぐしゃと髪を掻く。
神谷に言われたことが頭を廻っていた。
俺は落ち込んでいるのか。
理由なんて考えなくても分かっている。
七海のことだ。
頭に血が上ったままアイツを突き放したが、俺の言葉に驚いていた顔をしていた。
期末テストの成績が上がったことも褒めてやってないのに、あんな態度を取ってしまったのはさすがに可哀想だったか。
いや、そんなことはない。
そもそも俺に対してのアイツの気持ちなんて軽いものだ。
どうせ突き放したところで、そのうち違う誰かをまた運命だとか言って追いかけるだけだ。
そう思ったらまた頭に血が上ってきて、ガタッと席を立ち上がる。
ダメだ。
少し頭を冷やしてこないと、とてもじゃないが仕事が手に付かない。
職員室を出ていこうとしたが妙に絡んでくる教頭をイラッと一瞥して廊下に出る。
なぜかキャッと悲鳴をあげて赤くなった気がしたが、今はそれに構ってる暇などない。
少し歩いて渡り廊下まで来ると、なんとなしに窓を開けた。
夏休み前で気温は高くなってきていたが、入り込む風はふわりと優しく俺の前髪を揺らす。
グラウンドで体育の授業かドッジボールでもやっている生徒達を見つけ、ぼーっと頬杖をついてその光景を見下ろす。
どことなく少し感傷的な気持ちでいたが、それに浸る間もなく聞き慣れた声が飛んできた。
「センセーっ!こーんのセーンセ!」
よく通る、真っ直ぐで快活な声。
今は授業中のはずだが、なんでまたアイツの声がする。
どう聞いてもこの声は俺が散々悩んで今も悩み通している全ての元凶。七海だ。
思わずキョロキョロと視線を彷徨わせてしまう。
だが周囲を見回しても姿は見えない。
「下ですよっ。しーたっ」
ハッとして渡り廊下の窓から真下へと視線を降ろす。
ジャージ姿の七海がブンブンと1階から俺に手を振ってきていた。
体育だったのか。
どうやら俺に気付いて全速力で走ってきたようで、ボールを持ちながら息を切らしている。
よくすぐに気付いたな。
「機嫌なおりましたかー?」
下から大きな声で聞かれたが、ちょっと待て。
今は授業中で、そんな大声で言われたら周りにも話が聞かれてしまうかもしれない。
幸い俺から見える場所には少し離れた場所でドッジボールしている生徒達の姿しか見当たらないが、どこに教師というか神谷がいるかも分からない。
「し、静かにしろっ。早く授業に戻れ」
慌ててそう言ったが、俺の声はいまいち届いていないようで七海は「なんすかー?」と耳に手を当てている。
「後で話したいことあるんでー、今度こそ俺の話ちゃんと聞いて下さいっ」
下からそう言われたが、俺はもうアイツの話など聞きたくない。
聞けば聞くだけ俺はアイツに混乱させられて、仕事も何も手につかなくなる。
「お、お前の話を聞く気はないっ。いいから授業に戻れっ」
「えーっ、めっちゃ怒ってるじゃないっすか。もしかして高瀬先輩のことですかー?」
そんな話をデカイ声でするな。
七海の行動にアタフタしてしまう。
本当にコイツはどうして俺を困らせることばかりするんだ。
こんなところで変に叫ばれて周りにもし俺達のことが知れてしまったら、七海の進路にどう響くか分からない。
この大事な時期に頼むから余計なことはしないでくれ。
固まってしまった俺に、七海が不思議そうに首を捻る。
が、何か割り切ったように再び口を開いた。
「きーてくれないならもうここで言いますっ」
「ちょっ…何を言うつもりだっ。やめろっ」
こんな場所で好きだなんだと騒がれたら本気で堪らない。
だが今すぐ下に言ってアイツの口を塞ぐことも出来ない。
焦っている俺の気持ちなど全く知る由もない七海は、構わず口を開いた。
「俺の引退試合見に来てくださいっ」
ーーえ、引退試合?
言われた言葉にキョトンとしてしまう。
七海は俺の反応など気にせず続けた。
「センセーに見てほしいんですっ。ほら、約束したじゃないっすかっ」
約束?と言われて少し思考を巡らせたが、何かと思えばテスト結果のご褒美のことか。
そういえば俺の時間が欲しいといっていた。
デートではなくこのことだったのか。
「今週なんで、早く言わないともう日にちないんすよーっ」
七海がそう言ったところで、遠くから七海を呼ぶ生徒の声が聞こえた。
見ていると走り寄ってきた生徒が七海の頭をパコンと叩く。
「お前外野がボール拾ったままどこまで走ってくんだよっ。ドッジボールのルールにもそんなの書いてねーっつのっ」
「あはは、悪い」
そう言って七海は生徒と共に戻っていく。
俺に何も言わずに戻るところを見ると、どうやらちゃんと人がいないことを気遣ってからの行動だったらしい。
心臓がバクバクしていた。
カーッと頭の先まで上り詰めるような熱が全身を巡っていて、顔から火が出そうだ。
それは今の七海の行動のせいなのか、それとも他に別の意味があるのか。
ただ不思議とさっきまでのどうしようもなく優れない気持ちが今は無くなっていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
74 / 209