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「…高瀬は去年いた生徒だろう。それくらい切り替え早く誰でも好きになれるなら俺じゃなくてもいいだろう」
「何言ってるんですか。もう絶対にみーちゃんじゃなきゃダメです」
「うるさい。俺が突き放したところでお前はまた他の誰かをすぐ好きになる。お前みたいな軽いやつになぜ俺が付き合わなければならない」
コイツの一番信用ならないところだ。
軽い印象は前から持っていたが、やっぱりその通りの奴だった。
どうして俺がそんな奴に心を振り回されなければならない。
なぜこんな酷く落胆した気持ちにならないといけない。
「軽くなんてないです。俺は今まで好きになった人はみんな全力で本気でした。一度だって軽い気持ちで好きになったことはないです」
「そうか。それなら次好きになる奴に全力になってくれ。もう俺を巻き込むな」
「――もう俺はみーちゃん以外誰も好きにはなりませんっ」
そう言われてドカッと頭の天辺まで熱が上る。
コイツは一体何を言い出してるんだ。
「みーちゃんが俺を避けたって、好きになってくれなくたって、俺はもうみーちゃんしか好きになりません」
「う、嘘をつくなっ。そう言ってお前は絶対すぐに他の誰かを好きになる」
「なりません。自分のことは自分が一番分かります。みーちゃん以上は絶対にいません」
嘘だ。
こんなのは子供が駄々をこねているのと同じだ。
高校生の分際で、まだ20年も生きてない子供が何を言っている。
今思っていることなんて、例えば数ヶ月経ったらあっという間に違う考えになっているだろう。
こんな心変わりの早い奴の言うことなんて、運命だなんだと軽はずみなことを言える子供の言うことなんて、全く信用するに値しない。
「なら勝手に好きでいろ。俺を巻き込むな」
「好きでいますし巻き込みます。俺はみーちゃんに見ていてほしいんです」
「うるさいっ。俺はもう嫌なんだ。お前に振り回されるたび、自分が自分じゃなくなる。お前をどんどん生徒として見れなくなる自分がいる。そんな最低な教師にはなりたくないんだ…っ」
項垂れるように扉に手を当てて捲し立てる。
どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。
どうしてこんなに心臓が速いんだ。
コイツがどんな奴かなんてもう分かっていて、関わらないと決めているのに。
「…みーちゃんが最低な教師なら俺も最低な生徒ですか?」
ぽつりと聞こえた声。
見えているわけがないがハッとして緩く首を振る。
「お前は生徒だ。子供なんだ。間違えることだって一時の気の迷いがあったっておかしくない。…だけど俺は違う。俺とお前では圧倒的に立場が違う」
「それが最近俺を避けている理由ですか?」
「…そ、それだけじゃない」
「教えて下さい。全部聞かせて下さい。みーちゃんの考えてることを全部知りたいです」
扉越しに伝わってくる声に堪らなく心臓が掴まれる。
俺が酷く動揺していることが七海にも分かったんだろう。
宥めるような優しい口調に、じわりと気持ちが緩んでいく。
「…じ、自分でもこんなことは初めてなんだ。お前のことばかり考えさせられて頭がおかしくなる」
「俺の事たくさん考えてくれてるんですか?」
「そうだと言っているだろう。…教師で一生徒にこんなに肩入れするような感情は絶対に間違っているんだ。頭ではちゃんと分かっているのに心が言うことを聞かない」
「…みーちゃんそれは――」
七海が息を詰めた気がしたが、俺は構わず口を開く。
もう分かってくれ、諦めてくれと必死だった。
「俺は教師であり続けたい。だからお前に関わるのはやめる。分かってくれ。俺は最低なんだ」
そう、最低だ。
生徒に恋愛感情を抱く教師などただの犯罪者じゃないか。
しかも相手は男子生徒だ。
どう考えても許される訳がないに決まっている。
どう考えたってこの感情が正当化される理由なんてどこにもない。
「――もう開けますね」
ガラッと少し扉が開いて、ビクリとしたのと同時に中から手が伸びてきた。
ぐいと力強く引き寄せられて、扉の中に引き込まれる。
同時にもう片方の手でピシャリとドアを閉める音がした。
あまりに勢いよく手を引かれたせいで、体勢が崩れて目の前にいた身体にぶつかってしまう。
だがそのまま力強く抱き込まれて、七海は傾れ込む俺に合わせるようにそのまま腰を降ろした。
冷たく硬い床の感触と、すっぽりと上から包み込む大きな身体の感触。
しっかりと俺を抱きしめる腕と、息遣いすら感じるほどの距離に一瞬で感情が持ってかれる。
どうしようもなく心臓が高鳴って、息が出来ない。
「やっと捕まえました」
七海の声がすぐ耳元で聞こえて、痺れるような甘い感覚が身体に走る。
やばい。何も考えられない。
抵抗も出来ず固まったままでいたら、俺をしっかりと抱きしめていた七海がそっと俺の顔を覗き込む。
深い色の瞳と目が合って、呆然としたままその瞳を見つめ返す。
久しぶりに合った視線に、頭が麻痺したように働かない。
さっきまでたくさんの言葉が出てきていたのに、今は何一つ思い出せない。
七海の手が俺の頬に触れ、包み込むように見つめられる。
どうしようもなく体温が上がって、まるで高熱でも出した時のようだ。
「…ああもう、なんて顔してるんすか」
目の前の瞳が切なげに俺を見て微笑む。
今まで見たどの笑顔とも違う。
どこか儚くて、だけど綺麗だと思った。
「みーちゃん、俺も同じなんですよ」
「な、何が…」
「みーちゃんに会ってから俺はずっとみーちゃんの事が頭から離れません。何度断られても、何度突き放されても、今回だってめちゃくちゃ拒否されたのにそれでも頭から離れないんです」
落ちてくる言葉を聞きながら、ぼーっと七海の瞳を見つめてしまう。
まるで夢の中にいるみたいだった。
「俺だってみーちゃんの立場のことは分かってます。性別も年齢も問題だらけなのも分かってます。それでもそんなことどうでもよくなるくらい好きなんです」
「す…」
面と向かって好きだと言われて、今までに何度も言われた言葉のはずなのに大きく心臓が跳ねる。
どうしようもなく落ち着かない気持ちになり、何も答えられず視線を彷徨わせる。
「自分を最低だなんて言わないで下さい。俺のことでみーちゃんがそんな風に思うなんて寂しいです」
「…そう言われても」
この感情が最低なことには変わらない。
酷く後ろめたく、誰が聞いても間違っていると当たり前に咎める感情。
俺だって自分のことじゃなければ、何を馬鹿なことを言っているんだと失笑しているだろう。
「それに俺、本当に軽くないですよ。めちゃくちゃ激オモです」
「な、なんだそれは。正しい日本語を使え」
「すげー重いってことですよ」
「嘘をつくなっ」
既にその言い方が軽い。
納得いかず視線を逸らして唇を引き結ぶ。
ドキドキしてもう顔が見れないのもある。
七海の手が俺の耳に触れ、甘やかすようにくすぐられる。
愛おしむような手付きで形をなぞられ、背筋がゾクゾクとしてしまう。
「信じられないなら信じさせてみせます。みーちゃんが何を言っても俺はみーちゃんを離しません」
「…そ、それは困る」
「はい。たくさん困って下さい」
そんなことを言って人の反応でも見て楽しんでいるのか。
むっとその顔を睨みつけるように見上げたが、屈託のない笑顔で返された。
怒りたい気持ちも突き放したい気持ちも、喉元までせり上がってくるような感情にへし折られてしまう。
堪らず顔を俯かせた。
「…ああもう、そんな顔して笑わないでくれ」
「えっ?いつもと変わらない顔してますけど」
「胸が苦しい。怒る気が失せるんだ」
「…みーちゃん結構俺の事好きですよね?」
「違うっ」
勢いよくそう返したのに、七海は嬉しそうにふはっと声をもらして笑った。
笑うなと言っているのに、それは本当に嬉しそうにその表情が綻ぶ。
コイツの笑顔を見るだけで胸がいっぱいで堪らなくなる。
「好きです。俺もみーちゃんが大好きです」
「も、ってなんだ。俺は違うと言っているだろう」
「大好きです。めちゃくちゃ嬉しいです」
「だから違うと言っているっ」
もう耐えきれないとその身体を押したら、そっとその手を取られた。
ハッとして顔を向けると、酷く優しげな視線が俺に向けられる。
シンと静まり返る校舎。
陽が落ちかけた室内で二人分の影が伸びる。
「好きです。どうか俺に愛させて下さい」
そう言って七海は俺の手の甲にそっと口付けを落とした。
どうしようもなく心が震えて、ただ回らない頭でその仕草を見つめる。
立場だとか年齢だとか、余計なことは今何一つ浮かんでこなかった。
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