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騒がしい祭り囃子の音が聞こえる。
週末の駅前は祭りで大賑わいだった。
立ち並ぶ屋台、等間隔に並ぶ提灯、浴衣姿ではしゃぐ若い男女の姿。
軽く周囲を見回しても羽目を外しそうな子供達で溢れかえっている。
「紺野先生、何食べますか?甘いのお好きでしょう。チョコバナナなんていかがですか?」
一番羽目を外している奴が隣にいるんだが。
明らかに監視目的ではないテンションで、神谷が屋台を指差している。
「…お前な」
「ああ、分かっていますよ。もちろん目は光らせています。でも俺は付き添いの立場ですから」
ニコニコと神谷が俺に笑顔を向ける。
確かにコイツは勤務外だ。
俺が誘っただけで、元々監視をする義務などない。
「人が多いですね。はぐれないように手を繋ぎましょうか」
「つまらない冗談を言うな。一先ず本部の自治会長へ挨拶に行く」
「ええと冗談ではないのですが…」
何か言っている神谷に冷ややかな視線を向けつつ人混みの中を歩く。
とはいえどのみち二人一組で巡回するよう義務付けられているし、面識のない教師と歩くよりは神谷と歩いたほうが気が楽だ。
ちなみに結城には週末前に神谷を誘ったことを伝えた。
素直に飛び跳ねるように喜んでいて、結城も七海を含めたバスケ部のメンバーと夏祭りに行くことが決まったと言っていた。
七海が女生徒と二人で祭りに行くような事がなくて、正直安心したのは否めない。
とはいえ俺は七海以外の生徒と連絡先を交換するつもりはないし、あとは勝手に探せと伝えた。
どうせ祭りは一本道の歩行者天国で、あとは神社がある程度だ。
祭りの終わりに花火があるが、こちらは屋台より人の方に目を光らせているし、向こうも俺達を探そうとしているならそれまでには行き会うだろう。
やはり高校が近いこともあって、往来の中に見たことのある生徒の姿をちらほら見つける。
神谷も何度か女生徒に話しかけられていたが、皆一様に俺を見ると青い顔をしてサッと離れていった。
「結構うちの学校の生徒が来ているんですねえ」
「…そうだな」
神谷の話を聞きながらキョロキョロと周囲を見回す。
七海の姿はまだ見えない。
アイツは目立つし、どこかですれ違えばきっと俺は気付くはずだ。
「紺野先生は仕事以外でお祭りに行かれたことあるんですか?」
「一度もない。自分のプライベートな時間を割いてまで行く必要性が感じられない」
何時も通り愛想のない返しをしながら行き交う人の流れに目を配る。
どうせすぐ会えるだろうと思ったが、予想外に見つからない。
ひょっとして同じ向きの流れにいるんだろうか。
神谷は紺野先生、紺野先生と様々な話を俺にしてきた。
周囲に目を配らせながら、淡々と相槌を打つ。
自分の学校の生徒かどうかは分からないが、目に余る態度の子供を叱りつけつつ祭りを歩く。
大分歩いた気がするが、それでも七海の姿は見つからなかった。
ひと目見たら、絶対に俺なら気付くはずなんだが。
「紺野先生。はい、どーぞ」
「…なんだ」
トンと肩を叩かれて周囲を見回していた顔を振り向かせる。
目の前に差し出されたそれは、細い棒の先にキラキラとした赤い球体が刺さっていた。
キョトンとそれを見つめ返す。
「りんご飴です。甘いですよ」
「…りんご飴」
聞き覚えのある単語に目を瞬かせる。
おずおずと差し出されたそれを受け取って、キラキラとした輪郭をじっと眺める。
七海が買ってあげるから一緒に行きましょうと言っていたのを思い出した。
ちらっと神谷を見ると、どうぞとニッコリ微笑まれる。
いつの間に買ってくれたんだろう。
一度も食べたことのないそれにそっと口を付けると、甘酸っぱい味が口の中に広がった。
素直に美味しいと感じたら、ほんの少し表情が緩む。
甘いものは脳を活性化する作用があるが、同時にリラックス効果もある。
頭を使う仕事にはいいと思いよく摂取しているから勘違いされがちだが、決して甘党だとかそういうわけではない。
予想外に美味しいそれに黙々と食べていたら、ふと頭上で神谷の視線を感じた。
どこか熱を含んだ瞳で見つめられ、居心地の悪さを覚える。
「なんだ」
「あ…いえ。ようやく笑顔を見せて頂けたので」
「は?」
何を言っているんだと眉を潜める。
だが神谷は気にせず嬉しそうに微笑んで、長い指先を俺に伸ばした。
口端についていたらしい水飴をすくい取ると、自分の口へと持っていきペロッと舐める。
「ああ、本当ですね。すごく甘い」
「――へっ…」
当たり前のようにされた仕草に一拍遅れて、ぞわっと鳥肌が立つ。
思わず変態、と罵ってやろうとしたところで、人混みの中に入り込んできた姿に目を持っていかれた。
一瞬で心拍数が上がり、上手く呼吸が出来ずに息が詰まる。
目の前の変態も周囲にいる人混みも誰も目に入らなくなり、ただ一人、その姿から視線が逸らせなくなる。
――七海だ。
人混みの中、一際目立つ姿。
結城からバスケ部で来ていると聞いていたが、背の高い男子生徒とふざけあって歩いている。
どうやら数人の女子マネージャーの姿もあるようだが、七海はキャプテンと思われるゴリラ顔の生徒の口にチョコバナナを突っ込んで遊んでいた。
一体アイツはなんの遊びをしているんだ。
そう思いつつも楽しげに笑顔を浮かべている表情にどうしようもなく心が緩んでしまう。
数日前に七海の様子が少しおかしかったが、結局上手くはぐらかされてその話は出来ずにいた。
だが今こうやって太陽みたいな笑顔を再び視界にいれることが出来て、人知れず安心してしまう。
ひょっとしたらあれは気のせいだったんだろうか。
数秒の後、七海がキャプテンから進行方向へと視線を向ける。
楽しげに会話をしていたが、ふとその視線が俺の姿を捕らえた。
「――え?」
俺を視界に入れた七海の目が、驚いたように大きく見開く。
目が合った瞬間、煩いほど鳴っていた心音が一気に止まったような錯覚を覚えた。
が、一拍の間の後どかっと顔が熱くなりバクバクとまた心音が鳴っていく。
自分から声を掛けることが出来ず、立ち尽くしたまま七海の言葉を待ってしまう。
「…なんでいるんすか」
だが俺に向けられた七海の声は、予想外に冷たかった。
俺を見たらきっと笑ってくれるだろうと思っていた笑顔はどこにも見られず、七海は険しく眉を寄せると俺と神谷の元へ真っ直ぐ歩いてくる。
そのまま周りも気にせず、勢いよく手首を掴み上げられた。
「――いっ」
あまりに力強く乱暴に掴み上げられ、鋭い痛みが手首に走る。
同時に持っていたりんご飴が地面へと滑り落ちていった。
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