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「ほら、結城。他の生徒には内緒だぞ」
「…あ、ありがとうございます」
真っ赤になった結城が神谷からいちごシロップのかき氷を受け取っている。
七海へのフォロー代といったところか。
「紺野先生はいりませんか?」
「…いや、俺はいい」
りんご飴は数口だけで無駄にしてしまったが、今は何か食べる気になどならなかった。
喉に支えたように七海のことが気になってしょうがない。
「…あ、あのカミヤン。せっかくだから一緒に神社のお参りも行きたいんですけど…だ、ダメかな」
「え、俺とか?それより早く七海たちと合流しないと置いてかれるんじゃないか?」
「…そ、それはスマホあるし…」
「そうだな…でも俺は遊びで来たわけじゃないし、悪いが――」
ちらりと俺の様子を見て断ろうとした神谷をじとりと睨む。
コイツは俺に対しての読心術は長けているくせに、自分のこととなると全く察せないらしい。
「神社なんかすぐそこだし行ってやれ。バスケ部同士大会祈願でもしてこい。俺は疲れたからここで休んでいる」
実際祭りというのは気付かぬうちに疲弊している。
普段運動しないせいで既に足が重い。
浴衣姿ではしゃぐ女子高生のほうが俺より余程体力あるだろう。
返事を待たずにさっさと結城と神谷から離れて、近場に合った休憩所へ入る。
法被姿でビールを煽り楽しげに騒いでいる祭り関係者がいたが、気にせず別の席へ座ると携帯を取り出した。
やはり七海に何かフォローを入れておくべきか。
少なくとも神谷との事を変に誤解しているのなら、それは否定したい。
だが誤解しているんだと伝えてそれでどうする。
結局の所俺と七海は許される関係ではないのだから、どの道突き放さなければならない時は来る。
それが分かっているのに、ここでフォローをわざわざいれる必要なんてないんじゃないか。
携帯を見つめたまま何も出来ず考え込んでしまう。
それでも七海があんなふうに怒ったことはなかったし、去り際はどう見ても落ち込んでいた。
頭を冷やすと、自分を責めていた。
アイツが全て悪いわけじゃない。
どう考えても俺が煮え切らない態度をいつまでも取っているのが一番悪いんだということは分かっている。
だがどうしたらいいのか分からない。
頭で七海を否定しているのに、心がアイツを求めてしまう。
熱帯夜と人口密度の多い祭りのせいでじとっとした暑さがあるはずだが、どこか身体が冷えていた。
賑やかなお囃子や神輿を担ぐ人の声まで遠くに感じる。
アイツの態度一つで、こんなにも自分の気持ちが酷く落ち込んでしまうとは。
「…おや、紺野先生?おやおや、まさかこんなところでお会いできるとは」
不意に声を掛けられて振り向くと、既に赤い顔で出来上がっているらしい教頭がいた。
瓶ビールを片手に法被を羽織り、ニコニコと俺の元へ千鳥足で来る。
どうやら休憩所で騒いでいた関係者の中に教頭もいたらしい。
「いやあこんなところで会うなんてもう運命でしょう。お一人ですか?ささ、一杯どうぞ」
「いえ、勤務中なので」
「まあまあ、祭りですから」
「無理です」
きっぱりとそう言って立ち上がったが、ガシッと手首を取られた。
汗ばんだ手が気持ち悪い。
神谷にここで待っていると言ったが、面倒な奴に絡まれた。
苛々とした視線で教頭を見るが、なぜか睨めば睨むほどその表情は嬉しそうだ。
どうしたものかと考えるが、ふと思い出す。
そういえば俺は一つ、教頭に折り入って頼みたいことがあった。
「…分かりました。やはり勤務中なので酒はいただけませんが、少し俺の相談を聞いてくれませんか」
「そ、相談!?紺野先生がっ…!?」
キャッと声を上げてますます頬を赤らめる教頭の手を振り払い、隣に座る。
上司と話をするにはお酌から、と教頭の手に持っていたビールを引ったくると紙コップにドバドバと注いでやった。
「――ちょ、紺野先生?教頭と何を…っ?」
「遅い」
しばらくの後ようやく顔を出した神谷が、俺と教頭の姿にあんぐりと口を開ける。
教頭は俺の膝で酔っ払って寝こけていた。
膝枕などする気はなかったが、酔い過ぎて勝手に人にもたれこんできてそのまま寝てしまった。
相談をしていた手前一応上司ということもあるし、あまり無下には出来ないので仕方ない。
だが神谷に勢いよく腕を引かれ、教頭の頭がガツンとベンチに落ちる。
思い切り痛そうな音がしたが、構わず神谷は俺を引っ張ってその場を離れた。
「…全くあなたという人は。一体何をしているんです…いえ、何かされませんでしたか?」
「ただ上司にお酌をしていただけだ。それより結城はどうした」
「…お参りをしてちゃんと仲間と連絡が繋がったのを見届けてから別れましたよ。もうすぐ花火の時間になりますし、終わったら速やかに帰りなさいと伝えました」
「そうか」
少しは結城の夏休みの思い出になっただろうか。
意図して協力してやったつもりはないが、それでも神谷を誘ったことは無駄にならなかった。
花火に向けて色めき立っている男女の姿を見て、眼鏡を引き上げる。
七海も今頃花火を楽しみにしているんだろうか。
せっかくの祭りだ。
俺のことなんかで気分を害さず、いつもみたいに全力で楽しんでほしい。
「紺野先生、せっかくなので俺達も花火を見に行きませんか。ここから少し行ったところの橋からならよく見えますよ」
「…いや、俺は――」
仕事以外する気はない。
きっぱりと断ろうとしたが、神谷は俺の手を引いた。
突然重なった手にビクリとして離そうとしたが、その手は外れない。
「行きましょう」
有無を言わせぬ口調と共に、強引に手を引かれた。
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