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あっという間に期末テストが始まり、昼休みがなくなれば七海と顔を合わせることもなくなる。
それでもメッセージや画像はしょっちゅう送られてきて、仕事の合間に見てはクスリと笑ってしまう。
よくもまあそんなに送る事があるなと毎度感心するが、目についたものや楽しいと思ったものをどうやらアイツは共有したいらしい。
アイツに会うまで用件以外で携帯を使ったことはほとんどない。
昔大学時代に少し話したことがある奴にアドレスを聞かれて教えたら、いつの間にか広まっていて意図の読めないメールが大量に来たので苛ついて携帯を壊した。
そんなわけでこういった雑談のようなやり取りを俺は一切したことがなく、一体何を返せば良いのか分からない。
一度『見た』と返したら既読マークつくから分かりますと昼休みに七海に笑われた。
それ以降やはり何を返していいか分からず返信していなかったが、アイツとなかなか話せない今は何か返したいと思ってしまう。
何を送ろうと悩んで、だがテスト中だと思えばやはり「無駄なことに時間を使うな」と返して携帯をポケットへ滑り込ませた。
アイツが俺を気遣ってメッセージを送ってくれる分、俺もアイツのために気遣いたかった。
七海からはそれ以降パタリと来なくなってしまった。
正直残念な気持ちと、アイツとしばらく話せていないことで忘れられてしまうんじゃないかという気持ちもある。
勉強をしてほしいが俺のことを忘れないでほしいなんて、そんな風に思ってしまう自分がいて驚いた。
「みーちゃんっ」
その日のテストを終え、廊下を歩いていたら七海が俺を追いかけてきた。
まだテスト期間中で俺に構っている暇はないはずだ。
それでも久しぶりに七海と視線が合った気がして、急激に呼吸をするのが苦しくなる。
思わず目を逸らして視線を彷徨わせる。
「…あ、あまり大きい声でその呼び方は――」
「あー、すみません。紺野センセー」
七海が言い直しているが、いまさら遅い。
「な、何の用だ」
「ほら、ここの所昼飯も一緒じゃないし、みーちゃんと全然話してないじゃないですか。だからちょっとでも話したいなーって思って顔見に来たんですっ」
あっという間にいつもの呼び方に戻っているが、その言葉にドキリと心臓が跳ねてしまう。
七海が俺を忘れていなかったことを知って、ぶわっと気持ちが高揚する。
「あっ、ちゃんと勉強はしてますからね。もう無駄な時間がーとか今はいいんでっ。超絶お腹いっぱいですからっ」
何か先回りするように言っているが、今はそんな事を言おうと思っていないしなにより言葉が出なかった。
どうしよう。本気で嬉しい。
しばらく話せなかった分、本当に嬉しくてドキドキしてしまう。
「…よ、用件はそれだけか」
「それだけですけど…ダメですか?」
どこかしょんぼりと俺の顔色を伺うような表情で覗き込まれて、胸がギュッと掴まれてしまう。
そんな淋しげな顔をされてダメなんて言えるわけがない。
「だ、ダメじゃない」
そう答えたら、七海の目が一気に輝く。
不意にギュッと手を握られた。
突然の熱に驚いたように身体がビクリとしてしまう。
「――良かった。俺もしかしたら最近みーちゃんの気持ちが…」
「ま、待てっ」
何か七海が言っている途中だが、慌てて握られた手を引き抜く。
思いの外勢いよくなってしまったそれに振り払ったような軽い音が鳴ったが、そんな事を気にしている場合じゃない。
「人前で簡単にそういう事をするな。今は大事な時期なのに問題になったらどうする」
「だいじょーぶですって。今誰もいないし」
「そう言って神谷にも結城にも見つかったのはどこの誰だ」
「…そーですけど」
触れられた手がまだ熱を持っている。
久々の七海の体温はやはり熱くて、どうしても焦がれてしまう。
だが今はテスト中で七海も頑張っているのに、俺が余計なことを考えてはいけない、と必死に振り払う。
「もう行け。話はテストが終わってからしてやる」
「今がいいです。勉強してる間にみーちゃんの気持ちが離れたら困ります」
「な、何を駄々こねているんだ。勉強と色恋を一緒にするなといつも言っているだろう」
特に三年はこれが高校生活で最後のテストとなるため、さすがにここで成績を落とすわけにはいかない。
どうして分からないんだと目を細めたら、七海はどこか不貞腐れたように一度視線を逸らした。
「…話も出来ないし連絡もダメ、触るのもダメって本当に恋人ですか?」
珍しくぽつりと呟くように吐かれた言葉にドキリとする。
別にそういう事を言っているわけじゃなく、この時期だからこそ自分に時間を使ってもらいたい。
そういう気持ちがどうして七海には分からないんだろう。
「今はそんなことをしている暇はない。条件を忘れたのか」
「条件…」
恋人となる代わりに自分のために時間を使うこと。
七海はそれ以上何も言わず、俺の顔を一度見つめてから廊下を戻っていった。
期末テストがようやく終わり、残すはテスト返しのみとなる。
三学期にテストはないため、これが三年にとっては最後のテスト返しだ。
他の教科は分からないが、その最後のテストで七海の成績は数学トップだった。
この間のアイツの態度は少し気になったが、それでもこの結果を見れば自分は間違っていなかったんだと分かる。
やはり俺と過ごす時間は今のアイツにとってデメリットでしかない。
「よく頑張ったな」
テスト返しを一人ずつしながら、目の前に来た七海にそう言ってテストを差し出してやる。
正直自分のことのように誇らしく、昨日採点をしながら七海に電話を掛けてしまおうかと思ってしまったほどだ。
それでもさすがにそれは教師としてまずいかと押し留めて、朝からもうずっとウズウズしていた。
プリントを渡しながらその顔を見上げると、ハッとしたような七海の顔と視線が合う。
こうやってちゃんと視線を合わせるのは、随分久しぶりな気がした。
テスト返し中だと言うのに心音が上がるのを必死に抑えながら、七海を見つめ返す。
きっとテストの点を見たらいつもみたいに満面の笑顔で大はしゃぎするはずだ。
いっぱいの笑顔を見せて喜んでくれる。
自分の努力の成果がちゃんと出ていることは、受験生にとって何よりも一番のご褒美のはずだ。
ドキドキしていたが、七海は俺から受け取ったテストの点などちらりとも見なかった。
「…ありがとうございます」
ただじっと俺の顔を見つめてから、何事もなかったように自分の席へ戻っていく。
そこに来て俺は初めて、何かすれ違っているのではという不安にようやく駆られた。
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