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転げ回って泣きじゃくる男を見ると、気分が良かった。
クラスで一番大人しいメガネの男子生徒は、「もうやめてください」と叫ぶ。その声が恐怖からか裏返っていて、おかしくて大声で笑った。
HB型だとか、妊娠だとか、そういう不安が麻痺していく。
誰かをいたぶって遊んでいる時だけ、俺は普通でいられる。
「葛巻くん、やめて……お願いします……!」
「は? オモチャが喋ってんじゃねぇ……よ!」
そいつの腹に蹴りを入れると、勢いよく壁に激突して胃液を吐いた。メガネが吹き飛んで、地面に落ちる。
「はは、さすが葛巻……」
「うっせ。テメェもやれや」
「え? いや、俺は……」
下手な笑顔を浮かべて後退りする男子生徒の胸ぐらを掴み、引き寄せた。
腰が抜けたのか、腕に男子生徒の全体重がかかる。その怯えたような表情に、堪らなく興奮した。
「早くやれよ。……それとも、テメェが新しいオモチャになるか?」
後ろで笑って見ていたクラスメイトたちも、同じく顔を青ざめさせる。
今まで安全圏にいたはずの自分たちに降りかかる災難。それを回避するために、他人の腹に蹴りを入れる。
殴る。蹴る。罵倒する。
ざまあみろ。お前ら全員、苦しめばいい。
こんなもん、俺の苦しみの比じゃない。
もっとだよ。
もっと、腹が痛くて、苦しくて、涙も涎も、嗚咽も止まんねぇくらい。
俺と同じくらい、苦しめ。
「おい、葛巻!! 起きろ」
バシン、と突然頭を叩かれ、目が覚める。
鉛のように重たい体を起こすと、頭の毛の薄い古典教師が、陥没したような瞳で俺を睨み付けていた。
「お前はいつも寝てばっかりだな! そんなんだから、成績が悪いんだぞ!! わかってるのか!」
「…………あ?」
こいつだけ。このハゲ教師だけが、俺に説教をしてくる。
張り詰めたような空気になる教室で、みんなが事の成り行きを、耳を澄まして観察している。その中には、この教師の腐れ説教を応援してる奴もいるだろう。
それでも構わない。そんなことは知ってる。
……でも、聞こえない声は無いのと同じだ。
「なんだよ、先生。今は寝る時間だろ?」
「っ……!」
そう返すと、教師は頭に血が上り俺を殴ろうとしているのか、わなわなと拳を握った。
その瞬間、授業終了のチャイムが鳴り、教師ははっとして我に返る。
「っ……今日の授業はここまでとする。葛巻、罰として宿題のノートを回収して後で持って来い、以上」
「は? ………チッ」
最悪だ。こんなことなら、保健室で寝ていればよかった。
でも、最近は使い過ぎて保健の先生にも追い出される始末だ。屋上でサボろうにも、最近鍵がつけられてしまった。
逃げ場のない学校の中は、息苦しい。
「だ……大丈夫か? 葛巻」
いつも俺の後ろで笑っている男が、心配しているふりをして声を掛けてくる。
こいつの名前はなんだっけ。
ああ、そうだ。ご機嫌取りのゴマスリ野郎。
「あぁ、別に。ノートお前が集めといて」
「あ、ああ。……わかった」
ゴマスリ野郎は、何でも俺の言う事を聞く。二番手のような地位にいるくせに、いつもビクビクして、俺に怯えてる。そこがまぁまぁ気に入っているのだが。
ノートを置きに机に集まって来る生徒を避け教室を出た。
イジメの時以外は、極力クラスの奴らと話さないように。
俺のクラスでの印象は、最悪だ。
入学してから一年、イジメ以外、最低限の会話しかしてこなかった。三年間クラス替えがないことが幸いし、奴らは俺を"権力者"だと理解して、ニコニコ笑って一定の距離を保つようになった。
それでいい、その方が、安心する。
また、あの時のようなことにならないためにも……。
今朝、ドラッグストアで買った妊娠検査薬をポケットの中で握り締め、男子トイレへ向かう。
おじさんは、毎日、必ず俺が妊娠しているかチェックする。
夜が来る前に検査して、結果の出たそれを見せるのが日課だった。
……大丈夫。妊娠しないよう、おじさんに内緒で毎日避妊薬を飲んでいる。妊娠する確率なんてゼロに等しい。
どうせ、今日も陰性……。
そう思いながらも、毎回反応が出るまでは息も出来ないほどに緊張する。いもしない神様に祈りながら、陰性のマークが出るとホッと胸をなでおろし脱力した。
そして、また来るであろう夜に怯えて眠れなくなる。
「死にてぇ………」
なんで俺、こんな体なんだろ。
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