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06
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「紺野…………か?」
紺野荘司、確か、そんな名前だった。
だから分からなかった。いつも苗字で呼んでいたから。
一度そう呼んでしまえば、次々と記憶が蘇ってくる。いつも教室の隅で本を読んでいる紺野を、俺がバスケ部に誘ったこと。友達がいない紺野を哀れに思って、いろんな遊びを教えてやったこと。
そして、あの日、紺野は俺をレイプしてすぐに転校した。
「おまえ……紺野、だよな。なんで……なんでここに……っ」
「落ち着いて。また過呼吸起こしちゃうよ」
ひゅっ、と喉の奥から、空気が抜けるような息が漏れた。
紺野は、落ち着かせるように俺の口を手で塞ぐ。
もう、決定的だった。こいつはーー花崎荘司は、紺野だ。
随分と背が伸びて、雰囲気も変わっているが、間違いない。
「……ねぇ、この検査薬なに? 彼氏でもできた?」
会いたかったような、会いたくなかったような、ごちゃ混ぜな感情が湧いて出る。
なのに、紺野は感動の再会も無いまま、淡々と話し出す。
「俺にはあんなに拒否してたくせに、もう妊娠したいの?」
「っ……」
「相手、誰? この学校の奴?」
紺野は、見たこともない笑顔で話しかけてくる。
全然、違う。紺野は、こんな喋り方しなかった。喋るのが下手で、怒ったら黙っちまうような、どこか可愛げのある奴だった。
なのに、変わっちまった。目元を隠すような前髪も、俯き加減の猫背も、なにもない。気付かないのも無理なかった。
まさか、俺がいるのを知ってて、この学校に来たんじゃないだろうな。
いや、それは、考えすぎか。いや、でも……。
「仁っ!!」
「っ…………」
思い切り胸倉を掴まれ、眉間がくっつきそうなほどに睨まれた。
早く答えろ。
紺野の目が、そう言っていた。
「っ………離せよ……なんだよ、今更……」
「…………」
「消えろ……おまえなんか、二度と、会いたくなかった……」
あの後、電話もメールも繋がらなくて、文句ひとつ言うこともできなかった。だから、会ったら言いたいことが山ほどあった。
なのに、いざ目の前にすると、これしか言葉が出てこない。
だって、紺野は、すごく傷つきやすいんだ。いつも無表情な顔してるけど、本当は繊細な奴だから。
……でも、今の紺野はどうだろう。こいつは、本当にあの紺野なのか?
「……仁、言えよ。相手誰だ?」
「うるせぇ…………」
言えるわけない。親族にレイプされてるだなんて、教師の耳にでも入れば大問題だ。
俺は、あの家しか帰る場所がない。嫌でも、卒業までは我慢するしかない。
しつこい、と呟いて紺野の腕を引き剥がそうともがくが、それは余計に紺野の激情を煽っただけだった。
「仁に会いに来たんだよ」
「っ…………なんで」
「俺の子供、産んで欲しくて」
……は?
……やっぱり、最低じゃねぇか。
気持ち悪い、そう呟いて紺野の腕を掴むが、離れない。あの時と同じ腕力が、俺の抵抗を封じ込める。
「だって……男なのに妊娠できるって、すごいだろ! クラスの奴らは誰も知らなかったけど、俺は保健室で聞いてたから知ってた。だから……ずっと、興味あったんだ」
「…………は……?」
なんだよそれ……ふざけてる。
怒りや悲しみ、言葉にならない感情が限界に達して、思わず笑いが漏れた。
「おまえ……頭いかれてんのか?」
「…………」
「俺の人生なんだと思ってんだよ。おまえの好奇心満たすために、生きてねぇんだよ」
俺が、この体でどんだけ苦しんだか、知りもしないで。
おまえにレイプされた日から、俺は男女問わずに変な目で見られた。
先生や親戚にも秘密がバレて、毎日護身用のナイフを持って学校に行ってた俺の気持ちなんか、わかんねぇだろ。
「しね、紺野」
ふと力が抜けた瞬間、紺野を殴り飛ばして個室の鍵を開けた。
落とされた妊娠検査薬を拾って、全速力でその場から逃げ出す。
知らなかった。知りたくなかった。
あいつは、クズだ。
俺が出会った中で、一番の。
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