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「イヤだ」って1度口にしたら、我慢できなくなるものなんだろうか? 一生懸命抑え込んでた不平不満が、一気にぶわっと湧き上がる。
今までずっと仲良くやれてたのに。それすら不思議なことに思えて、「イヤだ」って言葉しか浮かばない。
嫉妬したオレ自身も、嫉妬させられたことも、ホントにイヤだ。誤解でもイヤだ。
誤解して嫉妬したの、オレのせいにしないで欲しい。
これ以上嫉妬したくない。
「もう……一緒に住むのもイヤだ」
ぽつりと言った途端、涙がまたぼろっとこぼれた。
ホントは一緒にいたい。ずっと側にいたい。けど、一緒に住んでて辛くなるなら、一緒にいない方がいい。
嫉妬を抱えて真っ黒になって、黙って泣くよりよっぽどいい。
「もう出てくから!」
八つ当たり半分で宣言し、純一君の前からダッと駆け出す。いきなり動いたせいでくらっと来たけど、気合を入れて我慢した。
「夏樹っ、待てっ」
純一君の大声が響き、追い駆けて来る気配を感じる。
ガイヤさんが何か言ってたけど、聞き取るだけの余裕はない。オレはただ、振り返るのが怖くて逃げて――。
「待っ……げはっ」
純一君の声に混じり、不穏な音が聞こえてハッとした。
とっさに振り向くと、彼がやや後ろでヒザを突いてうずくまってる。
水音と、時々混じるうめき声とで、何がどうなってるのかはすぐに分かった。
「ジュン!」
ガイヤさんが声を上げ、純一君の背中に触れる。オレがドキッとするのと同時に、彼がその手を振り払った。
「もう、触んな」
息を詰まらせながら、弱々しく彼女を拒絶する声。そんな純一君を見捨てて、ここから逃げられるハズもない。
ぐるぐるうずまいてた感情が、ゆっくりと胸の底に沈殿する。
いつもみたいに「大丈夫?」って、声を掛ける程素直にはなれない。代わりに口に出したのは、弱々しい非難だった。
「飲み過ぎだ」
ぼそっと呟いて、うずくまったままの恋人に近寄る。
「酔っ払い、キライ」
「悪ぃ」
同じくぼそっと呟かれる謝罪に、嗚咽が漏れる。
「ジュン、Rinse your mouth」
ガイヤさんがそう言って、ベンチに残ってた缶をプシッと開けた。
「あ、それ……」
「それ酒だ、バカ」
ツッコミが重なり、ふへっと笑えた。純一君も弱々しく、「はっ」って短い笑い声を上げる。
後ろから、懐中電灯の光をバッと向けられたのは、その時だった。
「ちょっと! 何してるんですか?」
いきなりの横入りと、思いがけない眩しさにビクッとしながら目を向ける。
公園の入り口に自転車を停め、懐中電灯片手に近付いてきたのは、制服を着たお巡りさんだ。
「今何時だと思ってるの? 近所迷惑ですよ」
穏やかな声で厳しく叱られて、「すみません」って頭を下げる。
どうやら、周辺の家から苦情電話がかかったみたい。
「あの、ケンカして……その」
しどろもどろに説明すると、それ以上は訊かれなかったけど、口頭で簡単に注意されて、ちょっとビビった。
でも確かに、真夜中の住宅街の公園で大声で言い合いしてたら、迷惑だっただろうって思う。
真夜中っていうより、もう夜明けに近い時間で、非常識この上ない。
「公園で飲酒しないように」
ビシッと叱られ、「すみません」って頭を下げて、大人しく家に戻ることになった。
ガイヤさんとは、駅で解散した。
始発にはまだちょっと早かったけど、もう一度うちに来るのはさすがに遠慮したみたい。
「メーワク、ごめんなさい」
深々と頭を下げると、長い金髪がサラーッと落ちた。
酔いが大分覚めたらしい顔に、眉間のシワはない。キレイな青い目が覗いてて、けど、彼女にはもうモヤモヤを抱えることはなかった。
ガイヤさんが改札の中に入ってくのを見届けてから、夜明け前の住宅街を、純一君と並んでゆっくり歩く。
駅前のコンビニに寄って、水と胃薬を買った後は、ずっと無言だ。
言いたいこと、全部ぶちまけちゃった後だから、オレから喋ることはもうない。純一君はどうなのか分かんないけど、まだちょっと真っ直ぐ歩けてなさそうだった。
家に帰ってからも、無言は続いた。
鍵を忘れたんだっけ、って玄関を開ける時に思い出したけど、彼にバレてるかどうかは分かんない。ただ、ケータイを忘れたことについては、特に何も言われなかった。
「……シャワー、浴びて来る」
純一君がぼそりと告げて、浴室に向かう。
オレはのろのろとリビングに向かい、ソファにドサッと座り込んだ。
ほんの数時間前、純一君とガイヤさんがいた場所。けど、今はもう彼女がいた痕跡は何もなくて、いつも通りの部屋の光景に戻ってる。
ソファにもたれて目を閉じると、くらーっと目眩がした。
その目眩に身を任せ、ぼうっと意識を浮遊させると、ほんのり目元が痛むのに気付く。
いっぱい泣いたなぁって、今更のように思い出した。
片手で目元を覆ってそうしてると、浴室から純一君が戻ってきた。
「夏樹……」
ぽつりと名前を呼ばれて、のろのろと姿勢を正す。
「お前も顔洗ってこい」
顔をしかめてそんなこと言われ、一瞬ムカムカがよみがえったけど、「頼む」って目を伏せられて、結局それに従った。
「悪かった。ごめん。出て行かねーで」
頭を下げられたけど、すぐには返事ができなくて、逃げるように洗面所に向かう。
ホントのこと言うと、もう出て行こうっていう激情はなくなってた。ただ、素直に「いいよ」とも言いにくくて、どうしようって迷う。
パチッと明かりを点け、洗面所の鏡を覗き込むと、疲れた顔のオレが映った。
その頬に赤い口紅の痕が残ってて、うわぁ、と思う。
ガイヤさんのアレかぁ、と悟ると同時に、純一君がさっき、顔を洗ってって頼んできた理由も思いついた。
……もしかして、嫉妬してくれた?
ガイヤさんに抱き着かれたオレを見て、どんだけイヤか分かってくれた?
彼の口からそう聞いた訳じゃないし、都合のいい解釈かも知れなかったけど、そんな風に思っただけで、じわっと涙が浮かんで来る。
その涙も、口紅の痕も、何もかもじゃぶじゃぶ洗い流してリビングに戻ると、さっきまで閉まってたカーテンが開けられてて――長い夜がようやく明けたのが分かった。
窓辺に立ち、外を眺める純一君に近付いて、後ろからドンと抱き着く。
「ガイヤさんに、また遊びに来てって言えばよかった」
今度はシラフで、って注釈は付くけど、悪い人じゃなかったと思う。歓迎できなかった後悔しか、今はもう残ってない。
「言わなくていーよ。もう誰も呼ばねぇ」
純一君がぼそっと言って、少し振り向きオレの頭をぽんと撫でる。
もっと色々言いたいことあったハズだけど、胸がいっぱいで言葉にならない。純一君もきっと、同じなんだろう。それ以上は何も言わず、しばらくそこで抱き合った。
(終)
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