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第10章 side 御船
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長々と下に延びる階段をゆっくり降りていく。
辺りは暗く、薄気味悪い気配を感じた。
一番下までたどり着くと、大きな鉄の扉が目の前にそびえ立つ。ドアノブに手をかけて回し、鉄を押した。
鍵は開いていた。
その部屋の中は扉と同じように鉄で出来ていて、どこもかしこも錆びた灰色をしていた。
不意に部屋の中から声がかかる。
「やあ、御船くん、早かったね。」
その声を聞くだけで、くびり殺したくなるその男は、部屋の中央にある鉄の椅子に座り、悠々と足を組みながら構えていた。
その端正な笑みと態度に思わず吐き気がこみ上げてくる。
「…遅すぎた、の間違いだろ?」
御船は低い声で返す。
足を踏み入れると、部屋の中の異様な冷気を感じた。何もかもが、鉄臭く、気味が悪い。
何より、こんな部屋で変わらず笑顔を浮かべている八代が一番気色悪い。
「まさか家に招待してくれるとは思わなかったぜ?それもこんな地下牢に。」
「最適だと思ってね。何せ君からのお誘いだし。
ここは七瀬くんもずっと居た場所から。」
腹がスッと冷えた。
踏み込んだ瞬間から、そうだろう、とは思っていた。鉄の壁には長い鎖が取り付けられ、床には所々に血や染みが点々と散らばっている。
監禁場所にはもってこいだ。
御船はゆっくり、扉を閉めた。
「…じゃあ、攻守交代だな。」
しかし、この状況でもなお、八代は笑っている。
「八代、話せなくなる前に言え。
十日前、どうやって七瀬を連れ去った。
どこでアイツを襲ったんだ。」
「ああ、あの日?
あの日は朝早くに学校に来た七瀬くんを親衛隊の子達に襲わせたんだよ。
こっちもずっと機会を狙って、七瀬くんを見張っていたからね。眠り薬を飲ませて誰にも見られないよう車に乗せて運んだんだ。」
ーーー眠り薬…、
「学校の防犯カメラには写っていなかったハズだが。」
「ぼくの家はセキュリティ会社でね、
防犯カメラの映像をコッソリすり替えたんだよ。
色々、加工を施して。」
とんだサイコ坊ちゃんだ。
頭が完全にイカれてる。深く息を吐き出し、
御船は八代を睨みながら、ジリッと詰め寄った。
「…愉しかったか、」
薄気味悪い笑顔の、
八代の椅子の前まで来て立ち止まり、
抑揚のない、冷えた声で、八代に問いかけた。
「俺の一番大切なものをとりあげて“オモチャ”に出来て、愉しかったかよ。」
「…ああ、すごく愉しかったよ。」
八代が言うか言い終わらないかのうちに、
拳がその顔に入った。
バキッという音を立てて、八代が転がり、
眼鏡が鉄の床に落ちる。
間髪入れずに、御船はその胸ぐらを掴み取り、
そのまま引きずりあげる。
「立て、」
ヨロヨロと八代が立ち上がり、御船を視界に映す。
殴った顔の側部は赤黒く腫れ上がり、口からは血が滲んでいる。
「輪姦させるつもりだったと言ったな、」
「……。」
「公衆の面前でアイツを奴らにヤらせるつもりだったんだっけ?」
目を細め、黙り込んだ八代に、
胸ぐらを掴んだまま、もう一発、腹に拳を入れる。
八代が呻いた。
「なんとか言え。」
「…ッう、は、」
八代は苦しそうに顔を歪めたまま、答えない。
答えずただ御船を見ている。
「お前にもしてやろうか?」
「……。」
「…七瀬にしたのと同じこと、七瀬にしようとしたのと同じことを、お前にしてやろうか?」
御船の目は決して冗談やハッタリではなかった。本気でそうしてやりたい。
それ以上の苦痛を与えてやりたい。
しかし、八代はそれを聞いておののくどころか、嬉しそうに笑って御船に問いかけた。
「…嬉しいな、君がぼくの為に計画してくれるの?だったら喜んでお受けするよ。」
御船は顔をしかめ、募る嫌悪感を溜めながら、
胸ぐらから手を放し、
腹に思いっきり蹴りを入れた。八代が蹲る。
横たわるその手を楔のように踏みつけ、怒りと力を込める。
そして、御船はその顔を覗き込むよにして、その場に屈み込んだ。
「ぐ、あっ、」
「…お前のその異常な狂気が、
俺にだけ向けられたんなら、俺は何も言わなかった。
こんな事もしなかったさ、何を喚いた所でどうでも良かったんだ、
…お前が、あいつにさえ、…手を出さなければ。」
「…ッは、あ」
ギリギリと靴が手にに食い込む。
鉄の床に血溜まりが広がった。
「お前は言ったな?俺のことを傷つけたいなんて、これっぽっちも思っちゃいないと、
これは、“遊び”なんだと、だがお前は…。」
ーーー分かってない。
御船は更に声を強めた。
「…お前は、俺の心臓に百回ナイフを突き立てるよりもずっと、百倍重い事をしたんだ…。」
ーーーあの身体を、あの心を、傷つけられる事が、
どんなに俺の身を抉るのか…。
こいつらは何も分かっていない。
八代の顔から、初めて笑みが消えた。
未だに踏みつけられ続ける手の痛みも忘れて、
御船に向かって、青い顔を振る。
冷静な態度も、余裕な笑みも消えて、
狼狽と困惑の色がその顔に滲んでいる。
「ぼくは…、ぼくは…。」
八代の目にみるみる涙が溜まる。
「ぼくは、君を、愛していたんだ!
あんな、あんな男よりずっと君のこと愛していたんだ…、初めて抱かれた日から!どうして七瀬なんだ!ぼくの方がずっとずっと、」
狂気に泣き叫び、必死に御船に縋ろうとする。
哀れで惨めで吐き気のする姿だった。
今度は御船が黙り込んだ。
ーーー俺も救いようがない。
フゥ、と息をつく。
こんな男に手を付けてしまったのだから、
本当にどうしようもない。
ため息をつき、掠れた声で唸った。
「クソ野郎が、お前なんかが敵うかよ、」
ーーーあの日の、
あの涙ながらの笑顔に、お前なんかが敵うものか。
…いや、これから先だって、誰にも…。
これ以上は時間の無駄だと踏み、
御船は立ち上がって八代に背を向けた。
「ま、待ってよ!ぼくを殺したいんじゃなかったの!?その為にわざわざここまで来たんでしょ!?」
御船はドアノブを握った所で足を止め、振り返らずに鉄の扉を睨んだ。
「ああ、そうだ。殺してやりてえさ、
お前も、あの取り巻きの連中も。痛めつけながら、地獄の底に叩きつけてやりてえ、生まれてきたことと、七瀬に手を出した事を後悔させながら。」
「じゃあ、どうして…!」
「………七瀬を、追い詰める。」
八代の声が止んだ。
御船も冷たいドアノブを見下ろしながら、
動かない。
七瀬が目覚めた時、それを知ったら、
そしてその事で俺が牢に入ったのを知ったら、
七瀬はこの事件を一生苦にして生きるだろう。
心に傷を永久に刻みつける事になる。
いや、今度こそ本当に、命を絶つ。
ーーーそれだけはだめだ、絶対に。
「俺が傍にいる。」
最低の無能だろうと、傍にいて、忘れさせてやる。
傷も苦痛も記憶も、全部俺が取り除いて消してゆく。もう二度と、そんな決意などさせぬように。
ーーー俺が傍にいる。
御船はノブを回し、扉を開けた。
一歩踏み出そうとした所で、八代の声がかかる。
「七瀬くんはもう帰ってこないよ。」
動揺や狼狽は消え、その声にはまた嫌な含み笑いがこもっていた。
「彼はもう帰ってこない。
ぼくがそう仕込んだ。
二度と御船くんに近づけないように、あの子の脳裏に自分は汚い肉便器なのだとこすりつけた。
君に近づく価値はないのだと。彼はそれを信じたよ。もう君の元へは帰って来ない。」
たとえ、目を覚ましてもね。八代が嗤う。
御船はまた立ち止まり、上に続く暗い階段を見つめる。
最初に会長室に乗り込んだ時の、七瀬の様子を
思い浮かべた。蔦のように、鎖のように、
その弱々しい身体に巻き付けられていた八代の腕を思い出す。
あの鎖はまだ続いているのだ。
八代を殺したって解けない鎖が、
まだ七瀬の心を縛ってる。
「良いんだ。」
御船がポツリと呟く。
「良いんだ、俺が解くんだから。」
ーーーあいつはそれでも闘った。
充分過ぎるほど、ボロボロになりながら、闘った。
今度は俺の番だ。
「俺があいつを抱き止めて、逃がさない。
俺を恨みに思っても、お前の洗脳ごと傷を与えるものは全て粉々に砕く。鎖を解いて必ず引き戻す。」
ーーーてめえなんかに負けるかよ。
床に這い蹲る八代を鋭く睨み返した後、
御船は鉄の扉を閉めた。そして、踏みつけるように地下牢を後にした。
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