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第11章 side 御船
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本当は、最初から間違っていた。
常識的な、
一般的な理屈で言えば、
俺があいつに近づく事も、あいつを抱く事も。
間違っている、と。
分かっていた上で抱き込んだ。
真面目で、清廉なあいつに付きまとった。
俺が初めて、心から手に入れたいと、
惹かれた相手だったからだ。
これまでの自分の素行を考えれば、不釣り合いなのは明らかだったし、あいつだって、俺なんかに惑わされる事がどれだけ危険かという事は充分分かっていたはずだ。
だから当然、警戒だってされていたし、
勝ち目なんてはた目から見ればゼロに等しかっただろう。
それでも、良かった。
そもそも自分は初めから、理屈なんてものは露ほども気にしてなかったし、倫理なんてものは更に縁遠いものだったから、
だからこそ、あいつの真面目さにつけ込んで、
とことん惑わせるような事が出来た。
いつか刺されるぜ、なんて大輝から言われても、そうかもなあ、と呑気に返すだけだった。
それで良かったのだ、今までは。
今までどれだけの女を抱こうが、切ろうが、
そんな事は関係ない。心を占めている度合いがあいつとは端から違うのだから、と。
だからあんな風に、
自分の身体より大切な存在に危害が及ぶ事がどんなに痛い事か、身を以て知るまで、
俺はただ無我夢中で、考えなしにあいつを愛でる事が出来た。
ーーー分かってる。
俺は馬鹿だ。どうしようもねえクズだ。
本当はもう近づく資格もねえ。
七瀬にだって、拒絶されて当然。
ただ、
それが理由で七瀬が自分一人を責めながら、この世から居なくなること、
それだけは耐えられなかった。
ーーー憎ければ、俺を恨め、
殺したければ、俺の命をやるから、
もうやめろ、自分を傷付けるな。
あの屋上で、柵に向かって行く七瀬を見た時ほど、自分を忌まわしく感じたことはない。
好きだった。
誰より、愛していた。
しかし今その想いが、七瀬を死へと向かわせている。
そう仕向けてしまったのは、間違いなく自分だ。
ーーーどうすればいい、
どうすれば、暗示が解ける?
何を引き換えにすれば、お前は自分を取り戻せる?
無我夢中で七瀬を後ろから抱きしめた時に、
七瀬が放った言葉、
今でも鮮明に覚えてる。
「お前らなんか…!いらないッ!!
おれは、おれは…っ、
ーーー御船しかいらない!!」
涙声で叫びながら、必死で抗うその姿も。
あの時受けた心臓の衝撃も。
あの言葉一つで、どれだけ胸が抉られたかも。
克明に覚えている。
ーーーああ、きっと…
この世でお前だけだ、
七瀬、
…俺の真の酷さに気付いていないのは。
…だけど、
もう一度、お前を引き留められるのなら、
何度だって酷くなってやる。鬼にだって外道にだってなってやる。
そして、七瀬を囲いこむように言葉を放った。
お前を留められる言葉、お前を縛り止められる言葉。
「愛してる。」
大きく、
七瀬の身体が強張った。
柵に身を乗り出していた身体がズルズルと床に崩折れた瞬間、また胸が熱くなった。
そうだ、
そのまま、
もう一度、
俺の所に堕ちて来い。
「愛してる、智紀。」
七瀬の顔が更に、涙に歪む。やめてくれ、と何度も何度も首を振る。けれど、俺は同時に七瀬を初めて抱いた時と同じ、
どうしようもない嗜虐心と、身体に染み渡るような七瀬への愛情を感じた。
俺は本当にどうしようもない奴だ。
だけどお前は、まだ、そんな俺に心を傾けてくれているんだろう?
だったら、もう一度、どうか、
捕まってくれ、
動けなくなるくらい、
俺だけに縛られてくれよ。
その代償なら俺が受けるから。
ゆっくり、逃げを打とうとする七瀬を抱き締める。
何度も何度も、そうして毒のような言葉を囁いて、七瀬をもう一度縛った。
腕の中にあった身体から強張りがとれて、
完全に体重を傾けられた時、
俺は
ようやく、捕まえた、と感じた。
もう逃さぬように、見失わないように、キツくキツく抱きしめて、確かめるように、七瀬の体温を肌で感じ取った。
そして、涙や嗚咽が落ち着いて来た後、
七瀬がキスを強請った時、不覚にも泣きそうになってしまった。
ーーー本当に、ばかだな、お前は…。
縛られているのにも気付かずに、
雁字搦めになっている事にも気付かずに、
そんな風に笑うなんて。
バカだ、本当に。
「…ずっと、
愛してる、智紀。」
そして、想いを注ぎ込むように、その唇にキスを落とした。
その後の事はよく覚えていない。
そのまま堕ちるように、腕の中で寝入ってしまった七瀬を抱えてベッドに戻ってから、医者と看護師を呼んで、
色々説教を食らった後、一旦俺だけ病室を出るように言われたが、頑として受け入れなかった事だけは覚えてる。
眠る七瀬を見つめながら手を握って、
それから、
…それから、
ーーーーーー
「御船、御船…、」
柔らかい声と共に、小さな温もりが降って来た。
御船は、
いつのまにか閉じてしまっていた瞼を開けようとして、眩しく差し込む光に思わず顔を覆う。
「…ん、」
「御船…、おはよう、」
光と共に、だんだん御船の沈んだ意識が覚醒してくる。
そして、夢のような柔らかいその声にハッと目が覚めた。
「…ん、七瀬…?」
「うん、御船おはよう。」
「…七瀬?」
ベッドに寄りかかっていた身体をガバリと、勢いよく起こし、ベッドに寝ていたはずのその顔に目を向ける。思わず目を見開いた。
その顔は小さな笑みをたたえて、やさしく御船を見下ろしている。恐る恐る、その頰に手を触れた。
「…気が付いたのか?」
「…おかげさまで。」
少し頰を染めて、恥ずかしげに顔を俯ける。
ーーーたしかに七瀬だ。
現実の七瀬だ。
声も、仕草も全部自我を持った七瀬のそれだ。
頰にやっていた手を今度は額に持って行き、熱を測る。
「具合は?どこか痛いところはないのか?」
「…ない。大丈夫だ。」
「…熱も、ないな。」
心臓がうるさく鳴る。
気を落ち着ける間も無く、小さくうなずいたその身体を勢いよく、御船は抱きすくめた。
ーーーああ、七瀬だ。
あたたかいぬくもりを、ちゃんと宿している。
肩に顔を埋め、その匂いと熱を確認する。
「七瀬……、七瀬…。」
「…ごめん、御船、心配かけて。」
「本当に、帰って来たんだな?」
七瀬がまた小さく頷いた。
「うん…、もう大丈夫。」
労わるような優しい声で、御船をそっと抱き返してくれる。
大丈夫、というような、本当に優しいその抱擁に、御船は胸を詰まらせ、更に強く七瀬を抱き締めた。
ーーーああ…、本当に、
帰って来たのだ、俺の元へと、
戻ってきてくれたのだ…。
「…もう、しばらく屋上へは行くな。
俺の心臓が止まるから。」
「…悪い。」
「七瀬、」
ーーー七瀬…。
少し身体を離し、すっかり痩せてしまったその身体を眺める。
頰も顎もこけて、痛々しいくらい腕も細い。顔色は昨日よりはずっとマシになっているが、やはりまだ万全ではないといった様子だ。
御船が思わず眉をしかめる。
「本当に気分が悪かったりしないんだな?」
「うん、」
「苦しかったり吐きそうだったり、」
「ない、」
「痛いところも?」
「ないよ、」
ひとつひとつの受け答えにもしっかり、七瀬の意思を感じる。
屋上での時のような錯乱状態では、とりあえずないようだ。
御船の気持ちを察してか、七瀬が
本当に大丈夫だ、と微笑みながら御船を宥めた。
瘦せこけながらも、あたたかく、花咲くような笑みは健在で、喉に熱がせり上がってくる。
俺が待っていた笑顔だ。愛しい、愛しい
七瀬の笑顔だ。
「御船…ッ?」
両手を捕らえてそのまま、ベッドにバフンッと押し倒す。
もう逃さない、もう放さない。
戸惑う七瀬の唇に、そんな想いを注ぐように
深く、深く、濃厚なキスを熱く落とした。
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