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「待って!…まってください…!」
布一枚羽織っただけのーーは必死に溶けた雪の上を走っていた。
『お花と木の実を取ってきますね』
『キュー!』『ギャウ!』
『すぐに戻ってきますからね』
少し、外に出ていただけなのに…帰ってきたらもう2人の姿はなかった。ハーシュッド国の紋が入った馬車が駆けて行った。
子どもが奪われたことをすぐに理解した。
もう姿の見えなくなった馬車を、車輪の後をたどって追いかける。
「あの子は、っ、わたしの、大切なっはっ、はあっ、っ」
足裏がどんなに痛くても駆け続けた。
一晩かけてたどり着いた街。
すでに民は賑わっていた。
「‘万歳!万歳!’」
「‘新しい…’」
「‘おめでとうございます!フィオリ王よ!’」
「‘…’」
遠い城を眺めれば、城に近いほど集まる民と喜びの声。
「違う…違いますっ…あの子は…わたしの…わたしの子なのにっ」
涙をボロボロと落としてサランはありったけの声で叫ぶ。
誰にも相手にされることはないし、むしろ異国語で叫ぶサランを気味悪がるように民たちの詰めた視線が突き刺さる。
サランは一歩一歩城へ近づく。
見せびらかすように抱かれた2人の我が子が城のバルコニーにいた。その子供を抱くのは、フィオリだった。
「返して…返してっ、っは、あ、お、お願い…わたしの…大切なこどもなんです…」
気付かれもしなかった。
わあわあとうるさいほどの歓声にサランは頭が働かない。もう、ダメかもしれない…
サランは突然の立ちくらみに負け、尻餅をついた。サランの手を引っ張ってくれたのはサーシャだった。
フードを深くかぶった。
「おいで、花の子よ」
サランはゆっくりと目を閉じ、サーシャの腕の中に収まった。
それからサランが目を覚ました場所は、あの小屋。
「…あのこたちに…名前、つけたくて…これ、です…」
言いたいことがあるのか、必死にサーシャに言うサラン。
涙が溢れておりそれをサーシャの指が拭ってくれた。
震える手には先ほどまでテーブルに置いてあった紙が。
ソア国の命名式に必要な花と食べ物、名前の書いた紙をサランは用意していた。
名前を、あげることはまだできていないけど。
「あのね、わたしの子は小さいのに…魔法がつかえるんです…きっと、自分の力で身につけたんです…すごい、でしょう?…あの子はきっと、、、強い子になります。優しい、強さです。ソアには…気高く優しい炎、、って、歌、があるんです…人々を包む、温かい人…ティラシュア…って言うの。
右目が青色の子は、とても、甘え上手なんです…でも、そのぶん、心に敏感な子。ふふっ、声も綺麗なんですよ?きゅんきゅんって、鳴くの…
清く癒す風、これも歌の一節なんです…エルディオと…名付け、ます…、ね、もう、あのこたち、は…」
噛み跡の多い手はサーシャに包み込まれている。
「うん、大丈夫だよ。おやすみ」
「…」
頭をゆっくり撫でられ、久しぶりに肌に感じる温もりにサランは眠った。
動物は泣いた。
花の子が死んだと。
大樹は悲しんだ。
また名前を呼んでほしいと。
2匹は鳴いた。
どこにいるのと。
サーシャは泣いた。
また、1人置いていかれる寂しさで。
その日はとてもひどい嵐。
森の上空では地盤が緩むのではないかと懸念されるほどに、雨は土砂降り。雷は止まらない。
「…なんだ?」
城内から森を見守る男はぽつりと漏らす。
柔らかな光が一筋、森の一点を照らした。
「レミル、出てくる」
出ていったところで、もう手遅れなのだけど。
あるところに1人の男がいました。
男は、恋しくて大切な人がいます。その人は花や動物に愛されていて優しい子でした。
男はその子を守るために生きている番人でした。
でも、心から慈しんでおりました。
だから、その子…花の子をそばで見守っていたのです。
どんな人と結婚しようと、悲惨な死を遂げようと、誰よりも深い愛で、何度も何度も見守っておりました。
本当は自分が幸せにしてあげたいのに…
一度もこの恋は叶っていません。
そう、何度も何度も生まれ落ちる花の子との恋が。
そして今日、男はまた花の子が選んだ人生の終わりに花を添えます。
「また、会いにきてくれますか」
呼んでも無駄です。
だって終わってしまったから。
人生は一度きり。そんなことは知っている。
でも。
会いたくて会いたくて会いたかった人に会えても、幸せになれないこの人の死を、なぜ私は何度も見なくてはいけないの。
「花様ぁ…っ、また、私を置いていかれるのですか」
サーシャは弱々しく問いかける。
私はどうしてこの人を幸せにできないの。
どうして私は、また、1人になってしまうの。
寂しくあと何百年待たないといけないの。
ここで、目を覚ましてくれたら、今どれだけ私は幸せになれるの。
どうして私は花様に惹かれるの。
どうして、花様の好きな人に…なれないの?
どうして、みんな花様を愛してくれないの。
私が、その人の代わりにたくさん愛すから…
花様に愛される場所を代わって……。何度そう思ったかわからない。
1人目の花様は王をたぶらかしたと処刑され
2人目の花様は周りの貴族のせいで自害に追い込まれた
3人目は、身分が奴隷で弄ばれ
4人目は戦場に駆り出され戦士。
もう、覚えてないほどの彼、彼女の姿を見てきた。どの時代の花様もみんな花に愛され優しい人だったのに。どの時代の花様も…愛を欲していらっしゃったのに。
また、さよならを言わなきゃだめなの。
「花様、…さようなら…」
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