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「おかえり、サラン」
自室で本を読んでいたフィオリが顔を上げる。サランが
1人で歩いてこちらに向かっていることは知っていた。
「よく…頑張ったな」
「っ、ううー」
泣いて帰ってくることも、予想できていた。
実際に、サランは泣いている。椅子から立ち上がって近づけば、涙の跡が無数に残っていることがわかった。
「…あの人は、幸せそうだったか?」
「っ!!」
どうしてそれを?という驚きの表情に苦笑いをする。
あの人が死んだと、なんとなく想像していた。
今のサランの様子を見て、確信した。
そして、あの人はサランに感謝の言葉でも残したのだろうとも。最期の時まで、サランに…大切な人に…死を目前とした苦痛を伝えるはずがないと。
「…はい……幸せだって……。…でも、わたしは…何も出来ませんでした…いつも守ってもらうだけで、っ、」
泣き顔で、足や手に土が付いているサランは見知らぬ土地で迷子になった子供のようだった。
「ああ」
フィオリはサランの悲しみをゆっくり聞いた。
どれだけ自責の念があるのか、彼に救われたか、どれだけ好きだったのか、たくさんだ。
フィオリは頷いたり、「ああ」と返す。
サランは泣き、しばらくして、わたしも幸せでしたと述べた。部屋は静かで、窓の外の小鳥の囀りとレースのカーテンがふわりと揺れる音だけが聞こえる。
「…っ、」
「我慢しなくて良い…泣きたい時に泣けばいいのだから」
思い出せば思い出すほど切なくなるのだ。
まだどこかにいるのではないかと、望んでしまうのだ。
(我も…あの人がいないと実感が湧かないな…)
泣きつくサランの頭を撫でて、抱擁する。
「ぁああ、ああっ、っ、ああああ」
(人がいなくなるのは…寂しいものだな…)
しばらく2人は抱き合ったままだった。
「フィオリ様…失礼しても?」
「ああ、入れ」
フィオリは泣き疲れて眠ったサランの髪を撫でながら
扉の向こうから聞こえるレミルの声に返事をする。
レミルは辞書と同じような厚みのクリスタル板を持って入室し、ベッドの上で横になるサランと、その隣に腰を落としているフィオリの姿を見てから跪いた。
「…眠っていらっしゃるのですか?」
「ああ…ショックだったようだ」
「…では、メサーシャが死んだのは本当だったのですね」
レミルは手元の板をフィオリに渡した。
「これは…すごいな、どうやって知ったんだあいつは」
その板というのは、透明度の高いクリスタル材質でできており、魔法道具の一つだ。ずっしりとした重みがあるため、一般人が1人で持つことはできない。
獣族であるフィオリがその板に手をかざせば虹色の光がきらりきらりと浮かび上がり文字を作る。
目を通すと、〈メサーシャアレギウス他界〉という見出しで文が載っていた。
これは一般的な新聞ではない。フィオリの旧友たち…獣族のみで行われている「時の石碑」というものだ。
今では持ち運べる大きさだが、以前は大きな石碑に魔法で文字を埋め込み、皆が適宜その場に集まり情報を交換していたという由来で石碑と呼んでいる。
主に獣族や魔術など、獣族の存続に関わる大事なものを共有するための道具なのだが。
「情報が早いですよね。これを書いたのはユリシアです」
「…一応、これが正しい情報ということを我からも書き記す必要があるな…」
「ええ正しいと言えるでしょう。アーサー様も、彼が他界した瞬間に音が聞こえなくなったと言っておられましたから…」
「そうか…では…」
フィオリは時の石碑に手を添え、魔力を流し込む。これでフィオリの意思が文章となり、同じ石碑を持つ獣族に情報が届いたことだろう。
「…それにしても、耳の良いアーサーならともかくユリシアは一体どうやって…?」
「ふふ、一度お話を聞きたいものですね。ちょうど、
サラン様宛にユリシアからお手紙も届いておりますし」
「サランに?それを貸せ」
「ええ、読むのですか?サラン様に宛てたものですが」
「………読む…」
「はぁ、はい。こちらです」
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