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助手の必要性
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乗り込んだエレベーターの隅へ寄り、壁に同化するように存在をなくす気持ちでじっと固まる。当座の心の拠り所である腕の中にあるリュックを見つめ、なるべく隣に立つ男に意識を向けない。なのに上から注ぐ視線が横顔に突き刺さる。
他に乗客がいないのに二人の距離は不必要に近く、無駄に空間が余っている。白田は無言で気詰まりな時間をやり過ごし、ようやく指定した階数に到着してほっとする。しかし悲しいかな同じ部屋に帰る以上、当然ながら同乗者も同じ階で降り、今度は白田の背後に張り付くように歩き出す。ジリジリとつむじに視線が刺さっている気がした。
夏の午前中、汗が出るほどの気温なのに背中が寒い。
「先生、どうぞ。」
目的の玄関の扉を開けて先に室内へ促す。もう助手ではないが、それでも出て行くまではちゃんとしておかなければ色々と怖い。朝方のあの勢いはなりをひそめ、ロイのおかげで上がった気分は一気に下降している。
「先に入れ。」
小説家にしとくには惜しい鍛えられた筋肉のついた腕で、不意に抱えられるように押し込まれ転びそうになる。慌てて端へ避けると内鍵が閉まり、おもむろに肩に手を回された。ズシリと重くのしかかられて、ひっと息を飲む。日常生活に困らない程度の筋肉しかない白田は、重みによろけて玄関に備え付けの靴箱に肘をぶつけた。それはすでに昨夜どこかであざを作ったのと同じ位置で、痛みで声が漏れそうなのを飲み込む。
「俺は寝る。」
ここしばらくの寝不足でクマの出来た猛牛があくびしながら宣言する。白田は待ってましたと内心喜び、この威圧感で脅されるのもあと少しの辛抱だと思うと気持ちが穏やかになった。
「あ、はい。おやすみなさい。あの、荷物をまとめたらすぐに出て行きますので、寝ているところを起こすのは恐縮ですからご挨拶はなしで失礼します。」
深々と頭を下げようとしたが、肩に腕を乗せられているので首だけこくんと下げる。荷物は大した量ではない。家財道具のほとんどは黒谷の用意した物であり、要らない物を処分すれば白田一人で運べそうな量にまとめられるだろう。
「ああ?何言ってんだ。俺はお前の退職を認めてねえけど。それより寝るぞ。」
「えっ?ちょ、」
有無を言わさずに連れて行かれそうになり、慌てて靴を脱ぐ。肩に回した手が伸び、白田の生命線とも言えるリュックを奪う。
「あ!返して下さい!」
背伸びしながら追いかけて手を伸ばすと、ニヤニヤ笑いで楽しそうに高い位置に上げられる。身長差から考えて、ジャンプでもしない限り白田には届かない。急に子供っぽいいたずらを仕掛けてくるのに当惑し、こんな人だったろうかと思いながらジャンプするのを逡巡する。
「どうした。もう諦めたか。」
「いえ、諦めてはないです。だから返して下さい。」
「そうだな、返してもいいぞ。ただし退職しないならな。」
白田としては退職するのは決定したことで、黒谷がそんなに助手を必要としているとは思えない。家政婦が欲しければ、通いの人を雇えばいいのではないかとずっと思っていた。それには男性よりも女性がいいだろう、特定の彼女を作るのが最善かもしれない。性格は難ありだが、黙っていれば直ぐに誰かが立候補してくれる見た目をしている。それに三十代後半という年齢からも、そろそろ身を固める方向へ進んでも良いのではないだろうか。
「あの、はっきり言って僕なんて先生には必要ないと思います。もし、いたぶる相手が欲しいとかそういうことだけで引き止められているのなら、尚更のこと退職したいです。」
引き止められているうちは白田の方が優位だろう、取り繕うことはないと意見を述べる。
「なるほど。つまり理由次第では辞めないんだな。」
「そう、なりますか?」
「なるだろう。」
なんだか言い包められている気がしなくもなかったが、白田はこの男が何を思い、どんな必要性を感じているのか知りたくもなった。その少しの歩み寄りをさせてくれる雰囲気が今の黒谷にはある。
「じゃあ、理由を教えて下さい。」
「それは取り敢えず寝てから話す。どうせろくに寝てねえんだろ、お前も寝ろ。逃げらんねえようにこれは預かっておく。おら行くぞ。」
あくびしながら話を締めくくり、諦めきれずにリュックへ伸ばそうとする手首を掴むと、白田の部屋を通り過ぎ当然のように自室へ向かう。
「え?いや、あの、僕の部屋、」
「だから、一緒に寝るんだよ。」
「は?」
二人で同じ空間で寝たこともなければ、そんなに気安い仲でもない。びっくりしている間に、ろくな抵抗もできないまま猛牛の寝床に引きずり込まれた。
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