アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
指南へのチーズケーキ
-
「なあ、男とヤル時ってどうやって口説いてんの。」
「はあ?」
まだ寒さの残る初春。突然の、ノンケの友人からの言葉にぽかんとし、水上は手に持っていたアルコールの入ったグラスを落としそうになった。自宅とはいえ、まだ互いに軽く酔っているだけでそんな話題を振られるほどではないし、大学からの付き合いだが彼の興味のある分野とは思えない。
「水上って、そもそも女が好きだろ。それでも男が落とせるコツを知りてえんだけど。」
「コツねえ。」
なんだか耳が痛い。それに加え、左手の指輪に注がれる視線も痛く感じる。それは水上自身が勝手にそう感じるだけだったが、それを外そうとはまだ思えない。
「出来れば、ノーマルな男を落とすコツ。まあ、言いたくねえんなら他探す。」
火がついた煙草を燻らせる、そんな姿が様になる。その灰色がかった瞳を見ていると、いつものことだが本音で話をしてもいいと思えてくる。しかし、何故急にそんなことを聞きたがるのか理由が知りたくなった。
「でもなんで?今までそんな話に興味なかったのに。」
そう言われて、唸るようにくぐもった声を出して何かを思案している。
「たぶん、次回作の参考に。」
「たぶんって、」
なんだよそれ、という言葉が水上の表情に出ている。
「書くの?え、乃亜が?次の本で?」
黒谷はいちいち疑問符付きの問いへ頷き、うんざりした。
「うるっせえな!書くんだよ!だから教えろってんだろうが。」
とても教えてもらう態度ではないが、なんの心境の変化なのか本気らしい友人へ、水上はとりあえず酒を一口飲む。それから口を開いた。
「どんな作品にするのか知らないけど、俺の話って多分参考にならない気がする。相手のこととか一切考えてないし、名前も覚えてないし、その場限りだし、暇つぶしの遊びだから。それでもいい?」
いいけど、と承知して煙草を灰皿へ押し付ける。黒谷は室内を見渡して、三年間変わらぬ位置であちこちに残る女性のあとかたを辿り思わずため息を飲み込む。
「あー、なんつうか。お前、大丈夫か。」
水上は笑みを浮かべて受け流し、最近寝た男達の姿をジグソーパズルのようにはめ込み完成に近づけた。三年間で貯まった色んなピースは不鮮明で、歪な形をしたまま、肝心なところは何もはまらない。
「ノーマルな男か。あ、そういえばこの前、」
話始めれば、軽薄な言葉はするすると口を出て行った。
「なあ、セックスを断り続ける男ってどうやって口説いてんの。」
「はあ?」
デジャヴ。そんな話を今年の初春に聞いたと、水上は手に持ったホットコーヒーの入ったカップをそっとテーブルへ置いた。自宅に招き入れた友人は、同じく湯気の立つコーヒーを飲みながら、全くの素面のくせにそんな話題を振ってきた。
「コツとかあんだろ?」
それもデジャヴ。
「コツねえ。この前の本の続編でも書くのか?」
もう左手の指輪の跡形も消えた。室内もすっかり片付け、元妻の面影など辿る術はどこにもない。三年前に離婚した時に、きちんと気持ちの整理をするべきだったのを先延ばしにしてきたが、ようやく全てが終わった。
「いや、違うけど。」
「え、違うの?」
ならなんだ、という言葉が表情に出ている。
「あー、ちょっと個人的な感じ。」
「え?個人的って、乃亜が?なんで?」
黒谷はいちいち疑問符付きの問いへうんざりした目を向け、口をへの字に結んだ。よく見なければわからないが、照れを含んだ表情が水上には読み取れた。
「へえ。そういうことか。相手はどんな男。」
「料理が出来る。」
渋々口を開く。その少ない情報で、水上の頭の中に、ふわふわと髪の長い中性的なエプロン姿の人型が出来た。黒谷相手かと思うと、どうしてもはっきりとした男の姿にはならない。
「ああ、ね。料理上手で、凝ったやつ作ってくれたりして胃袋掴まれたのか。」
「んー、いや別に凝った物とかは作んねえな。」
「ふうん。じゃあ、クロタニノアのファンとか。あー、でもそれはないか。性別不明の顔出しNG作家だもんね。」
黒谷自身は嫌がるだろうが、顔を出せばもっと本の売れ行きが上がりそうなものだと、水上はずっと思っていた。実際に、出版社からそう言われたとデビュー仕立ての頃に黒谷が愚痴っていたが、今では固定ファンもつき、そんなことは言われなくなっていた。
「いや、作品は好きらしい。」
「へえ。」
ますます謎な相手に水上の興味も湧くが、ふと思う。
「なあ、助手って男だったよな。確か、家事全般を受け持ってもらってて家政夫がわりって言ってたろ。」
雇った時に、クロタニノアのファンだとかも言っていた気がした。最初こそそんなところも含めて、助手に対して好意的な様子はなかった。
「よく覚えてんな。」
「そりゃね。乃亜はなかなか他人に興味を持たないし。」
それなのに夏以降、助手は追い出されるどころか随分と評価が上がり、順調に同居している。
「どうりで、俺に会わせてくれないわけだ。」
「おい、勝手に納得すんな。」
そう返すが、灰色の滲んだ茶色の瞳の肯定に確信した。黒谷がその気になれば、相手には不自由しないだろうになにを指南してもらいたいんだかと、水上は可笑しくなって笑う。
「俺、最近全然遊んでないよ。多分、参考にならないなあ。前のこともよく覚えてないし。」
ラーメン屋での白田のことなら鮮明に覚えているが、それは黒谷に語ることではない。
「はあ、くそっ!」
ため息に悪態を足す友人へ、水上は手土産のチーズケーキを差し出した。
「まあ、食べなよ。話なら聞く。」
そもそも、甘いものを持って来るのもらしくない。助手の好物なのかもと思うと、その変化が微笑ましくなった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
34 / 39