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「陽…今日の晩ごはんは何が良い?」
「うーん?」
母さんは冷蔵庫の中を吟味しながら、僕に今日の晩ごはんのメニューを尋ねる。
「なんでも良いはなしね」
「むう…」
母さんに逃げ道を塞がれて言葉に詰まる。
「そういえば、今日ヴァイオリンの練習してなかったみたいだけど、何をしていたの?」
夏休みに入った僕が防音室でヴァイオリンの練習していると思っていた母さんが首を傾げる。
「あぁ…夏休みの宿題をやっていた」
「陽って本当に真面目ね、もしかして風呂場とかがキレイになっているのは…」
「夏休みに入ったし、1度きちんと掃除しておいた」
僕の言葉に母さんは感心しているのか呆れているのか分からない表情で僕を見ている。
「あら、何かしら」
母さんと雑談をしていると電話が鳴る。リビングに固定電話が置いてあるが滅多に掛かって来ることはない。誰からどうか?と思いながら僕は母さんが淹れたコーヒーを飲み干す。電話に出た母さんの顔が雲っていく。
「そうですか、分かりました」
母さんは青い顔をしながらな電話を切った。母さんは手で顔を覆う。
「はぁ…」
「……母さん?」
母さんは僕の顔を見て辛そうに眉を寄せた。
「良い?よく聞いて……父さんが…浩司さんが車に跳ねられなくなった」
母さんはしゃがんで僕と視線を合わせる。母さんの言葉はハッキリ聞こえたのに僕は母さんが何を言っているのか理解できなかった。
母さんに連れられ、病院に向かった僕が目にしたのはすでに事切れた父さんの遺体だった。父さんは飲酒運転の車に引かれそうになった子供を庇って車に跳ねられた…警察の説明を聞いた僕の胸にはやりきれない怒りと虚しさが込み上げてきた。
「はあ…」
葬式もなにもかも終わり、いつも通りの日常が帰って来た。父さんの死は僕に大きすぎる影を落とした。
「やっと終わった」
以前はそこそこ楽しかったはずの勉強も、今は苦痛でしかなかった。もうどんなに勉強を頑張っても父さんは僕を誉めてくれない。その事実が僕のやる気を削ぐ。惰性で勉強や家事をする日常は味気ない。
「…ヴァイオリンの練習するか」
僕は楽器ケースを持って防音室に向かう。父さんを亡くした現実から目を背けるために僕はますますヴァイオリンにのめり込んでいった。勉強と家事以外の時間をほとんどヴァイオリンを弾いて過ごした。ヴァイオリンだけが父さんを失った僕の心を慰めてくれた。ヴァイオリンをやっていなければ父さんを失った喪失感で潰れてしまったのだろう。それだけヴァイオリンは僕にとって大事なものだった。
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