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酷い惨状だった。
母親のものとおぼしきヒールの靴がごちゃごちゃと投げ捨てられた玄関の奥は、ゴミ屋敷と言っていいほど服やペットボトル、コンビニ弁当の空き容器が積み重なっており、シンクにはコバエがたかっていた。
開けっ放しの浴室へ続く扉は閉められないほどの散乱物が積まれており、おそらく奥の寝室も同じ状態だろう。
こんなところへ小さな女の子をひとりに出来るわけがなかった。
「・・・みこちゃん。」
女の子の元へ戻って、しゃがみこむ。
「おじさんたちのお部屋でお母さんを待ってようか。お母さんにお手紙書くからね。」
警戒させないようににっこり笑うと、部屋に居たくなかったであろうみこちゃんは、うん。と頷いた。
小夜に目配せをし、みこちゃんを連れて先に部屋に入る。
小夜は意図を察して部屋を覗いてきた。
「・・・みこちゃん、お腹すいてない?何か作ってあげるよ。」
ショックだったんだろう。涙を浮かべながらも、笑顔で優しく聞いている。
俺は引き出しからレポート用紙を出すと、みこちゃんを預かっていることと、大人だけで話をしたい旨書き綴った。夜中、何時になろうとも連絡して欲しい事と必要であれば児童相談所に連絡するという一言もつけて。
バインダーに挟み、レジ袋にいれて隣へ持っていく。
ゴミの中に置いても発見されず読まれないかもしれないと思い、玄関に吊り下げた。
「あのねー、みこね、パンたべた。」
「そっか、パンはいつも食べてるの?」
「うん、よるはパンなの。」
惨状を思い出す。
「朝は?」
「あさ?ゼリーたべるよ。」
「ゼリーだけ?」
「うん、ぶどうのやつ。」
そういえば、空き容器があった。
3個で100円のぶどうの味だけがするやつだ。
「お昼は何を食べるの?」
「ようちえんで、きょうはカレーたべたよ。」
「おいしかった?」
「うん!」
小夜との会話から、食事もまともに採らせていないことがわかった。ふつふつと怒りが湧いてくる。
「じゃあねー、みこちゃん、ヨーグルト好き?」
「うん、すきー。」
「おいしいヨーグルトたべようねー。」
そう言って小夜はヨーグルトを小さな器に入れて3つ出してきた。
「さんにんで、いただきますしようか。みこちゃん、いえる?」
「いえるー!てをあわせてください、いただきます!」
「「いただきます。」」
ひとつのテーブルを囲んでの食事は、おそらく昼間の幼稚園だけでしか出来ていないはず。
これくらいの年齢の子は、色んな事を学んでいく大事な時期だ。性格形成される時期といっても過言ではない。
嘘をついたり、誤魔化したりすることが出来る知能がついてくるからこそ、あんな環境に返すことは出来なかった。
「おいしい?」
「うん!」
笑顔で答えるみこちゃんの頭を撫でる。
「いつもお母さん、よるにお出かけするの?」
「ひるもいないときがあるよ。チョコレートかってきてくれるの。」
「そっかー。ようちえんに行かない日は、ずっとお母さんと一緒かな?」
「んー、いなーい。」
「みこちゃん、さみしい?」
「さみしくないもん。」
そういいながら、椅子をおりて小夜の膝に乗ろうとしている。寂しいのだろう。
小夜も膝に抱き上げて、トントン、トントンと背中を叩いてあげている。
「みこちゃんは、おりこうさんだねー。」
「うん、みこ、おりこう・・・。」
急に喋らなくなったみこちゃんを俺は覗き込んだ。小夜の腕の中で、すやすやと寝息をたてていた。
小夜に頷くと、にっこりと笑った。
「安心したのかもだね。」
「そうだな。ベッドに寝かせるか。」
脱衣所からタオルを一枚持ってくると上掛けをめくって、枕の代わりにそれを置く。
小夜からみこちゃんを受け取ると、そっと横たえ照明を落とした。
「・・・あの様子じゃ、父親は居ないな。」
「だね。出ていったのかも。」
コーヒーを淹れるために小夜が立ち上がった。お揃いのマグカップを俺が出した。
「どんな母親だった?」
「・・・普通の女の人。あんな部屋に住んでるとは思えない感じだった。」
「そっか・・・。」
コーヒーのいい香りが広がる。
コーヒーの香りにはリラックス効果がある。みこちゃんの事を思い、傷ついた小夜の様子が心配だった。
「小夜・・・俺たちが出来ることは限りがあるんだ。長い目でみて、みこちゃんが幸せになる方法を考えよう。」
「・・・うん。帰ってくるかな。」
「帰って来て逃げ出すようなヤツなら話は早い。」
「・・・そうだね。仕事、何してるんだろう。」
パパと言ってしがみつく、みこちゃん。
愛情に飢えた彼女の毎日を思うと胸が痛んだ。
「どんな仕事をしていても、あの部屋が片付くまでは、みこちゃんは帰せない。児童相談所に通報するか・・・、可能であれば、実家に預かってもらう。平日は、ふたりとも仕事だからな。」
「そうだね・・・。ここで預からせてもらいたいけど、平日は・・・あ、幼稚園。幼稚園で延長してもらえれば、おれが迎えに行けれる。」
優しい小夜の発案だが、残念なことに、
「保護者じゃない人には、返してくれないよ。」
「そっか。」
「・・・なんにせよ、児童相談所に通報が先だな。その上で、みこちゃんの将来を考えてあげないと。」
小夜が悲しげに眉を下げた。
「施設に連れていかれるのかな。」
「可能性は大きいが、あそこよりは清潔で健康的な生活が出来る。食事も、きちんとしたものが出るだろう?」
「・・・そうだね。」
愛情に飢えた彼女を、親から引き離す事が辛い。だが、引き離さないといけない場合がある。
「小夜。とりあえずは、母親の言い分を聞いた上で相談しよう?このままじゃ、虐待されているのと同じなんだ。」
「うん。・・・おれ、幼稚園教諭の課程とっとけばよかった。」
「ん?」
「そしたら、みこちゃんの気持ちを慮(おもんばか)ることができたのかなって思って。」
小夜の頭を抱きしめた。
「気持ちは通じるよ、大丈夫。」
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