アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
295 2018年9月25日
-
職場へのお土産を持って、ふたりで電車に乗った。
風見さんは大荷物だ。
同じ部署の人数が多いということもあるだろうけど、ワインが2本とお菓子3箱って、絶対多いよね。
よほどおれが不思議そうな顔をしていたのか、説明してくれた内容はこうだった。
ワイン2本とお菓子1箱は虫除けしてくれた上司に。
残りのお菓子2箱は部署へのお土産とのこと。
うーん、虫除けって何?出逢う前に田舎へ出張に行ったとかかな?
まぁ、恩義のある上司へワインは理解した。
うん、円滑に仕事できるのが一番だもんね?
そんなわけで、おれは篠崎のおじさんと事務のおばさん用に2個持ってきている。
「あらぁ、小夜ちゃん、お土産ありがとう!で、カノジョとの旅行はどうだった?」
元気いっぱいのおばさんは、にこにこしながら聞いてきた。
「はい!楽しかったですよ、小樽にも行ったんです。」
「まあ。良いわねぇ、歴史の街って、楽しそうだわぁ。」
「はい、勉強になりました。お天気も良くて、昼間は暑いくらいでした。」
ちょっと、篠崎先生!社員旅行しましょうよ!
なんて、おじさんにお鉢がまわってきて、苦笑している。
「また行こうねって話したところでした。」
「まあまあまあまあ、お熱いことで。ホホホッ。」
自分の事のように喜んでくれるおばさんは、おれの心のオアシスだ。風見さんと出逢う前は、このおばさんだけが話し相手だったけど、人見知り気味なおれは、なかなか打ち解けられずに苦労した。
「ごめん、小夜ちゃん。来て早々申し訳ないんだけど、お遣いに行ってきてもらってもいい?銀行と、帰りに郵便局に行ってきてほしいの。」
「はい、いつでも出れます。」
------------※ ※ ※------------
「気がきいてるじゃないの、流石(さすが)よ。」
上機嫌でお褒めの言葉を宣ったのは、言わずと知れた小島さんだ。
「1本はこの前のお礼と、1本は迷惑料ですよ。菓子は純粋な土産です。」
「ふふ、純粋な土産の意味が分からないけど、嬉しいわ。ワインのつまみにチョコっていいんじゃない?」
「そう仰ると思ってましたよ。」
ほくほくとした顔でデスクの下にお土産を隠した小島さんは、年上だけど可愛かった。
早く幸せになってほしいものだけど・・・
「プロジェクトメンバー、決まってきましたか?」
「そうね、名前出てきてるわよ。」
そう言って出してくれた紙には、かなり埋まってきていて、空欄が少なくなってきている。
各拠点を引っ張ってくれる人員となるため、メンバーは重要だ。
「こっちが本社チームで、子会社に転属する予定の人たちね。この名簿はこの部屋から出せないから、記憶しといて。」
ぺらりと渡された名簿には見知った名前も載っている。
「本人には?」
「内示済。まあ、断る人はいないでしょうけど。」
悲しいかな、サラリーマン。
内示はちょっとだけ人より早く知る、決定事項だ。
通常の異動は1カ月前に内示があることが普通だが、今回のプロジェクトの性質上、居残り組か転籍組かで与えられる責任が変わってくる。本人への内示は、会社からの気の利いたプレゼントだ。
営業を支えてくれる事務方のメンバーをザッと確認して、名簿を返した。
「40代から30代の構成ですね。」
「そりゃそうよ。扱い辛いメンバーが初期メンバーって嫌でしょ。動けるメンツじゃないと怖いわ。」
全国の拠点から推薦されるメンバーは、それぞれの所属長が推薦するようになっていた。
子会社のサテライトオフィスからいずれ営業所へと展開する事が分かっている以上、人の意見をまとめられて、成績も安定しているメンバーを出してくるはずだ。
本社からも2名推薦してあるが営業1課と2課から1名ずつの推薦になっている。俺は2課の人間だが、総括として拠点の上に立つことになり、本社側のチームとしての大きな役割を担うことになる。
「テナントについては、めぼしいものが見つかったらしいわ。」
「社長の予定は?」
「今度の取締役会で出るはずよ。近藤さんが有力という話。」
近藤常務取締役。
営業畑から取締役まで登りつめた人だ。
あとは飯田専務取締役。
このふたりのどちらかが、子会社の社長になると噂されていた。
どちらかが子会社の社長になれば、本体の取締役の座が空く。この空席は誰が座るのか、なかなか面白いことになるだろう。
「近藤常務が社長になれば、小島さんが執行役になるんじゃないですか?」
「ふ。面白い空想ね。」
「何のお祝いを差し上げましょうか。」
「取らぬ狸の・・・っていうでしょ?コメントは控えておくわ。」
他社からの転職。開発部門で仕事をして営業をこなし、ディレクターへ登った、やり手の小島さん。
実力から言えば、執行役になるのはおかしなことではない。
だが、小島さん的には、中途採用ということが気になっているのだろうか。功績を考えれば何も問題はないのに。
「小島さんは上へ登る意思はあるんですか?」
「ふふ、やり甲斐があれば役職に拘りはないわ。風見くんには登ってほしいけど。」
「器はありますか?」
「あると見越して、声をかけたのよ。何にせよ、部長職になれるように頑張って。」
飛び級か。
普通で考えればマネージャー職だろ。
心の声が聞こえたのか、小島さんが笑った。
「期待してるわよ。まぁ、社長賞取った上に新しい案件ぶち込んで、プロジェクトも成功してくれれば、階段も案外登りやすいものよ。」
「ブハッ。簡単に言ってくれますね。まあ、頑張りますよ。」
一礼して退室した。
扉越しにニヤリと悪い顔をした小島さんに、同じく悪い顔をした。
つまり、案件ぶっ込んで来いっていう命令をもらってしまった俺は、苦笑しながらデスクに戻った。
しょうがない、推薦してくれるバックを活用するためには、とにかく数字を取るしかなかった。
全国トップを取った上で、4月からの案件のぶち込みか。
本気でアジェンダを作り直さないとヤバイ。
顧客管理システムを開き、計画を練り直す。
「ふぅ・・・。」
小夜、頑張るよ。
おそらく小島さんの言う部長職というのは、各ブロックで持たせる部長職ではなく、執行役としての営業本部長になれ、と言っている。
近藤常務は、おれも面識がある。
もし彼が代表に収まるのであれば、今回のプロジェクトの報告や相談で会う機会は更に増えるだろう。
小島さんから与えられたチャンスを、絶対にモノにしなければならない。まずは、子会社でのマネージャーを目指してミス無くソツなくプロジェクトの成功を収める。もし俺に才覚があると近藤常務が見てくれれば、小島さんの推薦もある、ディレクター職になれるかもしれない。執行役はまだ先にしても、目標を定めて登って行く。
面白いじゃないか。
小島さんが本社の執行役になり、俺が子会社で力を持つ。
・・・ふ。
ぶっ込めか。
プロジェクトと本来の営業職としての業務をこなすためには、とにかく時間を犠牲にするしかない。
だが、執行役として座についた後は、取締役として役員になれる可能性が広がっていく。
どうせ目指すなら、役員までやってみようじゃないか。
近藤常務も元は同じ営業だ。
彼にやれて、俺に出来ないはずはない。
目標は高く。
さあ、とりあえずは足元を固める為に、後1件。
社長賞で、ギネスの獲得。
その上で子会社への案件の持込み。
タイミングを計って、上手にやらなければならない。
やってやろうじゃないか。
そう決意し、風見はデスク用の手帳を取り出した。
------------※ ※ ※------------
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
295 / 1523