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国王陛下崩御の知らせを受け、国民全員が2週間の喪に服した。民衆に人気の高い王だったから王都は悲しみ一色で、あちこちに半旗や弔旗が掲げられ、追悼の鐘が絶え間なく鳴り響いた。
オレ達騎士も、左腕に喪章を着け、厳戒態勢を敷いて王城に詰めた。
急な崩御だったから、新王を中心とする新体制がまだ確立されてない。こういう時は色々ときな臭い事件や事故が起きたりするから、いつにも増して注意と警戒が必要だった。
騎士団全体が城内の宿舎に寝泊まりし、いつもより厳重な警備をする。
オレみたいな貴族のお飾り騎士もそれは同様で、王都の屋敷に戻れたのは、2週間の喪が明けてからだった。
家庭のある先輩らは、休暇を1日貰って帰宅してたみたいだけど、オレは独身だし、若いから、2週間連勤でも仕方ない。ようやく回って来た非番の前日、なんとか騎馬で帰宅できた次第だ。
2週間ぶりの屋敷は、何も変わりがないようだった。
「お帰りなさいませ、若様」
家令のアンバー君が玄関にオレを迎え入れ、さり気なく荷物やマントを受け取ってくれる。
「うん……」
言葉少なく返事しながら居間に向かい、2人きりになると、アンバー君は言葉遣いをガラッと変えて、「お疲れ」ってねぎらってくれた。
アンバー君は、オレの王立学園時代の同級生だ。
元々は王太子殿下のご学友の1人だったけど、実家が没落したせいで出世が見込めず、今はオレの屋敷で家令として一切を取り仕切ってくれてる。
他の使用人の手前、人目のあるとこだと敬語を使って「若様」って敬ってくれるけど、2人きりの場所では、今まで通りトモダチだ。
トモダチだから……アンバー君が今、すごく心を痛めてるだろうってことも、言われなくても分かってた。
「ヒデェ顔色だな。ちゃんと寝てたのか?」
ソファにドスンと座り、だらしなく襟元をくつろげると、アンバー君に頬をそっと撫でられた。
ドキッとしつつも「うん」と答え、立ったままの彼を仰ぎ見る。
「キミこそ。隈ができてるよ」
「オレはいーんだよ。それよりお前だろ。騎士は体が資本なんだから」
トモダチからのお小言を嬉しく受け取り、「うん……」と微笑む。でもオレのは単純に、疲労と寝不足なだけだし。それよりは彼の方が心配だった。
「紅茶淹れてやるよ。それとも、ミルクの方がいいか?」
「だったらワインがいいな」
オレの要望に、家令の顔で「いけません、若様」ってたしなめて来るアンバー君。
ワゴンに乗った茶器を器用に扱い、美味しい紅茶を淹れる彼の背中は、やっぱりちょっと疲れてそうだった。
王太子殿下のご学友だった頃、きっと亡くなられた陛下とも親交があったんだろう。その急な崩御に、胸を痛めるのは当然だ。
没落して爵位も失くしたアンバー家は、貴族といっても末席に近くて、王城での貴族葬に並ぶこともできない。渦中の王太子殿下に、ご機嫌伺いの手紙を出すことも叶わない。
心労で眠れなかっただろう横顔。なのにいつも通り、家のことを采配してくれてる姿。ほんの少し丸まった、精彩を欠く背中……。
抱き締めたいって思った。ぎゅっと抱き締めて、「オレがいるよ」って言ってあげたい。
ひとりじゃないよって、伝えたい。
好きだ。
けど、どんなに思いを込めて抱き締めたって、彼の腕がオレの背中に回されることはない。
オレとアンバー君はトモダチで、今は主従、で。
今の彼に「好き」って伝えても、困ったように苦笑されるだけだって分かってた。
アンバー君とソファに向かい合い、美味しい紅茶を飲んだ後、オレは彼に、1つの提案をした。
「あのさ、明日なんだけど。アンバー君、一緒に王城に行かない?」
「は? 行ってどうすんだよ」
アンバー君は涼やかな目を見開いて、不思議そうにオレに訊いた。
「オレと一緒なら、奥まで行けるから……最期にお別れを、とか」
「お別れ……」
オレの言葉をぽつりと繰り返すアンバー君。
今の彼の身分では、陛下の棺になんて到底近付けないだろうけど、オレの付き添いとしてなら、不可能じゃない。
辺境侯の嫡男で子爵位を持ってて、王都騎士団の正騎士なオレ。身分とかそういうの、普段はあんま意識してないし、自慢する程のモノでもないけど、こういう時こそ使うべきだ。
かつてご学友だった王太子殿下に、アンバー君が会いたいかどうかは分かんないけど……いつもお世話になってる彼だから、陛下に最期のお別れくらい、させてあげたい。
オレの申し出は、どうやら迷惑じゃなかったみたいだ。
「……いいのか?」
戸惑うように彼に訊かれて、オレは「いいよっ」ってうなずいた。
翌日は昼前に起こされ、アンバー君のいつもの小言を食らいながら、身支度を整えた。
「いつまで寝てんだ。寝癖直せ」
2人きりの寝室で容赦なく叱られ、「うう……」と唸りながら顔を洗う。
身支度といっても、オレは正騎士だから騎士としての正装だ。正装には黒いのと白いのがあって、葬儀とか式典とかでは黒を着る。
いつもぽやーっとしてるって言われるオレも、黒の騎士礼装を着れば、多少は堂々と見られるだろう。
シャツから礼服、チーフや徽章まで、一式きちっと揃えてくれるアンバー君はホント有難い。そのアンバー君はというと、派手さを抑えた黒のシンプルな喪服を着てて、これはこれで格好いい。
「では、参りましょう。若様」
胸に手を当て、ピシッと礼をされながら馬車に乗り込む。
庭師に用意させた白いバラと共に、オレの後から馬車に乗り込んだアンバー君は、さすがに緊張してるようだった。
徽章を着けた騎士の正装で登城すると、思った通り、誰にも邪魔されずに奥に向かえた。まあ、不審者の足止めをするのは仲間の騎士だから、当然だ。
アンバー君の紹介も、「うちの家令です」って言えばそれで通る。
挙動不審だったり、不自然にギクシャクしてれば目立つかも知れないけど、ご学友として王城に通い慣れてたアンバー君に、それはない。
陛下の棺に白バラを手向け、一緒に黙祷を捧げた時も、誰からも何も言われなかった。
「平気でしょ」
こそりと囁くと、「ああ」ってこそりと返される。
「じゃあ、帰ろうか」
こそりと言いながら、再び元来た道を戻ろうとした時――。
「あ、ミーガン子爵だ」
廊下の向こうから誰かに突然名前を呼ばれ、不覚にもビクッと全身が跳ねた。
「……っ、はい」
慌てながら振り向くと、王太子殿下の侍従がいてギョッとする。
次いで、「ミーガン?」って張りのある声が向こうから響き、更に慌てた。案の定、声の主は王太子殿下その人で、間もなく廊下の向こうから、殿下の堂々とした姿が現われた。
慌ててひざまずき、騎士の礼を取る。
斜め後ろをちらっと見ると、アンバー君は既にひざまずき、頭を低く下げてるみたい。
顔を隠してるようだけど、殿下に知られたくないんだろうか。合わせる顔がないと思ってる? じゃあ、隠した方がいいのかな?
「どうした、ミーガン。今日の勤務は?」
「今日は非番です」
殿下に答えつつ、促されて立ち上がる。
立ち上がりついでにさり気なく、背中でアンバー君を隠そうとしたけど、それはちょっと遅かったみたい、で。
「……テッド?」
殿下がキリッと整った目を見開いて、アンバー君のファーストネームを口にした。
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