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久し振りに屋敷に戻ると、なんだかみんな、バタバタしてて落ち着きがなかった。
玄関を入ってからもすぐには出迎えがなくて、別になければないでいいんだけど、ちょっと戸惑う。
「ああっ若様、お帰りなさいませ」
階段を急いで駆け降り、バタバタ駆けつける執事。
「本日は仕立て屋が、礼服のサイズを確認したいと……」
執事にマントを預け、執務室に向かいながら予定を聞くけど、なんだかアンバー君との差異を感じて、どよんと気分が落ち込んだ。
「仕立て屋が来るの、いつ?」
「ええ……午後だったかと。後程確認してお伝えに参ります」
アンバー君なら、何時に誰が来るとか、きちっと把握してくれてたのに。
執務室の机の上も、オレが処理すべき書類が山のように溜まってて、誰も整理すらしてくれてなくて、げんなりした。
オレ宛の手紙もほとんど開封されてなくて、1つ1つ自分で開けて行く。
アンバー君、引き継ぎちゃんとしてくれたハズだけど。やっぱり家令の仕事まで手が回らないのかな?
紅茶を持ってくるのも遅いし、夕飯のメニューをいつまで経っても聞きに来ない。仕立て屋が来る前に、「そろそろご準備を」なんて教えてくれる気遣いもない。
そのうち何とかなるのかも知れないけど……アンバー君が家令を辞めたのだって急だったし。オレもみんなも、慣れるのに時間がかかりそう。
アンバー君1人がいないだけで、こんなに違うんだなって、しみじみ思った。
去年からちょっとだけ背が伸びたけど、横幅は大して変わってないので、礼服は丈合わせだけで終わりそうだった。
礼服といっても、女じゃないんだから、基本的には2種類でいい。
式典とかで着る白の騎士礼装と、騎士礼装じゃない普通の貴族礼服。ホントは貴族礼服自体、何種類も必要らしいけど、オレは騎士だし、当番もあるから、毎晩出席しなくていいハズだ。
騎士礼装は騎士団の方でまとめて発注だから、オレが用意するのは貴族礼装。なら、丈直しするだけでいいだろう。
「いつもの家令はもういないから、後のことは執事と決めて」
仕立て屋にそう言うと、すごく驚かれたけど、いないんだから仕方ない。
支払の手順や納入の期限など、仕立て屋と執事が話し合ってるのを聞きながら、ぼんやりと2階の窓の外を見下ろす。
気のせいか、中庭も何となくまとまりがなくて落ち着かない。
やっぱり非番の日には帰宅するより、騎士団の訓練所で剣の素振りでもしてた方がマシだと思う。非番の騎士仲間と、打ち合いしてもいい。
体を動かしたい。
剣を握って汗をかき、頭をからっぽにして運動してれば、アンバー君のことばっか考えて寂しくなるのも、きっと減るに違いなかった。
アンバー君のいない屋敷、アンバー君のいない夜。
「紅茶じゃなくて、ワインがいい」
メイドが淹れてくれた紅茶を飲みながら、誰もいない部屋でぽつりと呟く。
「いけません、若様」なんて、真面目なフリで笑ってくれる家令はいない。書類の整理を、留守の間に済ませてくれる彼もいない。
オレの礼服のこと、気にしてくれてたのは嬉しかったけど、そんな気遣いより顔が見たい。
パーティに出席すれば、少しは話せる機会もあるのかな?
新王お披露目のパレードは、大熱狂と大歓声の中、無事に終わった。
多少は小競り合いもあったけど、人が集まるならある程度仕方ないし、ある意味予想通りだとも言える。
新王反対派もないし、王制反対派もない。反対集会の噂もない。今までなかったんだから、今後もきっとないだろう。新王陛下にはカリスマ性があるし、案外気さくだ。
厳戒態勢はまだまだ崩せないけど、パレードが無事終わったことで、騎士団みんなの雰囲気も、ピリピリから少しマシになった。
「まだ夜会も終わってないぞ。首脳陣の交代が終わるまで、当分気は抜けないと思え!」
騎士団長の喝に、みんなが「はっ!」と敬礼する。
とはいえ、大臣や宰相たちには、それぞれ私設騎士とか個人的な護衛がいるのが普通だ。オレたちがガチガチに守護する必要性はない。
オレ自身に護衛は不要だけど、屋敷の護衛は何人もいる。親にもいるし、じい様にもいる。国の中枢にいる大臣なら、なおさら周りを固めていてもおかしくない。
オレ達騎士団が守るのは、あくまで王城と王都の治安だ。貴族1人1人の安全まで、ガッツリ責任は取れなかった。
国の中枢の人事より、オレたち騎士にとって重要なのは、自分たちの異動のことだ。
「団長・副団長の異動はないんですよね?」
「まあ、当分はないな」
騎士団長からもたらされる情報に、みんなが注意深く耳を向ける。
「今後は国境の方で人員強化を……」
とか。
「目下は夜会でも注意を……」
とか。
団長の話を聞きながら、ふんふんとうなずく。
新王陛下の御眼鏡にかなった騎士を集め、直近の近衛騎士に迎える案もあるらしい。
『身近に信用できるヤツが欲しい』
アンバー君を求めた、陛下の言葉を思い出す。
オレには関係ない話だけど、あの陛下の側近になるのは、なかなか大変だろう。
陛下の斜め後ろに控えるアンバー君のことを思うと、やっぱどうしても寂しくて辛い。遠くから眺めるのも辛いし、間近ですれ違うのも辛い。
声すら掛けられないなら、いっそ、遠くに行った方がいいのかな。
もし国境で人員強化をするんなら……オレなんて、ただのお飾りで戦力にもならないかもだけど。異動の希望を出して、何年か王都を離れるのもいいかも知れない。
彼の姿を見ない内に、この気持ちも薄まってくれればと思った。
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