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「ミーガン!」
血相変えたアンバー君が、オレの方にまっすぐ駆けて来た。屋敷の中で走るなんて、無作法なことすんの初めて見たからビックリした。
それどころか、こんな風に青ざめた顔を見るのも初めてだ。
「アンバー君?」
驚いて立ち竦むオレを、アンバー君が飛びつくようにして抱き締める。よろめきそうになるのをグッとこらえると、「無事か?」って言われた。
「具合悪ぃとこねーか? 痛みは? 熱は?」
「えっ? 別にないけど……」
正直に答えるオレをよそに、アンバー君は抱き締めてた腕を緩め、オレの顔を覗き込んでる。額に手を当てて熱を測ったり、下まぶたを引っ張って、充血を確認したり。一体どうしたんだろう?
「あの、何……?」
さり気に彼の腕から逃れ、改めて訊くと、「ケガはねーのか!?」って訊き返された。
「えっ、ないけど」
「ホントか? かすり傷も!?」
オレの自己申告が信用できないのか、側に控えてた侍従に訊くアンバー君。
「ございません」
元・家令の質問に、着替えを手伝った侍従がピシッと答えると、アンバー君はようやくホッとしたみたい。「よかった」ってため息をついた。
廊下でいつまでも立ち話する訳にはいかなくて、応接室で向かい合って話をした。
最初、いつものように執務室でと思ったんだけど、それはアンバー君にダメ出しされた。
「大事な書類の集まる場所に、部外者のオレは入れねーよ」
部外者、って言い方にグサッと胸を刺されたけど、必死で気持ちを抑え込み、「そうか」ってうなずく。
考えてみれば、陛下から直々に爵位を貰い、男爵になった人だ。そんな彼を、確かにごちゃっとした執務室に通すのは失礼かも知れない。
「どうぞ」
応接室のソファに座るよう促すと、執事が紅茶を淹れてくれる。いつもながらの微妙な紅茶に、アンバー君が微妙な顔したのがおかしかった。
オレが取り押さえた刺客の短剣から、毒が検出されたって聞いたのは、その後だ。
あのイトコ姫を狙った刺客は、そもそも短剣だけで命を奪えるとは思ってなかったらしい。確かにあの場には大勢いたし、オレが駆けつけなくても、陛下の護衛が間に合ってた可能性もある。
つまり、刺客の目的は、姫君に傷を付けること。
短剣には、かすり傷だけでも死に至るような、危険な猛毒が塗られてたとか。
騎士として、あの場を抑えるのは当然だし、命を懸ける覚悟だってあったけど、毒の話を聞くと、さすがにオレもゾッとした。
「アンバー君は、ケガしなかったの!?」
ガタッと立ち上がると、「大丈夫」ってうなずかれる。
「お前が守ってくれたからな。オレも、姫様も、お陰で無事だ。ありがとう」
ぼそっと感謝されたけど、余計にズキッと胸が痛んだ。「さすがだな」って誉められても嬉しくない。
守らなきゃよかったとは思ってないけど……彼女の代わりにお礼を言われると、やっぱ耳を塞ぎたくなった。
陛下の隣にいた王女殿下じゃなくて、なんであの、イトコだっていう姫君が狙われたのか? その理由も、アンバー君にこっそり教えられた。
「ホントは、あっちが本物の王女殿下なんだ」
って。
つまり、アンバー君は王女殿下をずっとエスコートしてたって訳で、それは陛下やアンバー君、そしてメガネの侍従の3人だけの秘密なんだって。すべては王女殿下の安全を守るためだったみたい。
どうして王女殿下が狙われるのか、誰が彼女を狙ってるのか、本当のところはまだ分かんない。
刺客が尋問中に自殺したって聞いても、所持品から隣国の指令書が出て来たって聞いても、正直、「そうか」って思っただけだった。
指令書が偽物の可能性だってあるんだし、案外自分たちを狙う相手のこと、王女殿下の方が知ってるんじゃないのかな?
じゃなかったら、入れ替わりなんて画策しないでしょ? 海洋王国のことは、海洋王国でやって欲しい。巻き込まないで欲しい。興味ない。
それより、3人だけの秘密って事実に胸が痛んだ。
アンバー君はもう、オレの側近じゃない。
執務室で語り合うこともできない。
アンバー君が淹れてくれる、美味しい紅茶を飲む機会も、きっともう、2度とないんだろう。
「今回のことを抜きにしても、隣国との緊張は、どんどん高まってくだろうな」
「そうだね」
隣国と聞いてまず頭に浮かぶのは、国境への異動の話だ。
人員強化するって噂は、戴冠式の前から聞いてたことだから、今更何の不思議もない。そこに異動を希望するオレにとっても、国家間の情勢は他人事じゃなかった。
「国境の配備も強化するって」
「ああ、そっちの話も聞いたのか」
オレの言葉に、納得したようにうなずくアンバー君。でも彼の頭には、ご学友だった陛下のことしかないみたい。
「だからこそ、陛下は周りに信頼できる人材を欲しがってんだ」
「……うん」
信頼できる、って思われるのは光栄だし、直々にお声かけて貰えたのは名誉かも知れない。でも、欲しいのは名誉じゃないから、仕方ない。
「お前、なんで陛下の誘いを断ったんだよ?」
冷めてますます微妙になった紅茶を一気に飲み干し、アンバー君が訊いた。
「陛下の側近になれば、また一緒に仕事できると思ったのに」
ぼそっと告げられた言葉に、正直に言うと、ドキッとした。けどやっぱ、ダメだと思う。
オレが陛下の側近になったって、アンバー君がオレの側にいるってことにはならないでしょ? オレとアンバー君がそれぞれ別々に、陛下の側にいるんでしょ?
それじゃダメなんだ。
自分でも、欲張りだって分かってる。でも、どうしても見てると辛い。
こうして毒のこと聞いて、血相変えて来てくれるくらいには、大事に思われてて嬉しい。オレが彼のこと心配するのと同様に、アンバー君も心配してくれて嬉しい。
一緒にいたいって思って貰えて嬉しい。
けど、ダメなんだ。
「キミとずっと一緒にいたい」
好きだから。
「けど、ごめん」
一緒にいられない。好きだから。
じわっと溢れそうになる涙を、首を振って払う。
「オレ、国境に行く」
「は?」
キョトンと目を見開くアンバー君に、にへっと締りのない笑みを向ける。
「側近にはなれないけど。国境から、キミも陛下も守るから」
呆然と固まる彼を、どさくさに紛れてギュッと抱き締める。
アンバー君は抱き返してくれなかったけど、別にそれでよかった。ぽんぽんと背中を叩き、オレは身を離して背を向けた。
泣きそうな顔、見られたくない。オレの側近じゃなくなった彼に、そんな弱みは見せられなかった。
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