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異動にはしばらく猶予が貰えたけど、それはほとんど片付けや諸々の挨拶とかで消え去った。どんなに急いだって1日2日で着く距離じゃないし、旅程も考えると、ホントにもう時間がない。
騎士団の宿舎から私物を運び出すのも地味に大変で、国境では気を付けようって、しみじみ思う。
整理整頓は、あまり得意な方じゃない。
屋敷は使用人が掃除するし、アンバー君も文句言いながら片付けてくれてたから、そこまでの惨状にはなんなかった。
でも騎士団の宿舎には、当たり前だけど騎士団の関係者しか入れない。
血縁者や配偶者ならともかく、使用人なんて入れなかったから、ある意味無法地帯になってたみたい。自分でも把握してない物がいっぱいあった。
「ちょっと、これいつの荷物だよ?」
「おい、懐かしいモン出て来たぞ」
片付けを手伝ってくれた騎士団の仲間に、呆れたように笑われたけど、反論もできない。
「お前、国境ではちゃんとしろよ?」
仲間にぽんと肩を叩かれて、「えっ……」と小さく目を逸らす。そしたら、他の騎士団員が、「大丈夫だろ」って陽気に笑った。
「副団長なら、見習いか従騎士が世話してくれんじゃねぇ?」
「見習い……」
オレは貴族だから、見習い騎士にはなったことなかったけど、そういえば普通は見習い期間を数年経て、普通の騎士になり、正騎士になるんだっけ。
団長や副団長に、見習いがついてたかどうかは覚えてない。あんまそういうことに、興味なかった。
「でも見習いに世話される、っつーのも情けねぇ話だな」
誰かの呟いた正論に、「は、は……」って乾いた笑いしか出ない。
見習いっていうと12、3歳くらいだろうか? 確かにそんな小さい子に、部屋の片付けして貰うっていうのも情けない。
かといって誰かに掃除を頼もうにも、向こうの宿舎だって多分関係者以外立ち入り禁止だし。結局自分でこまめに整理するしかなさそう。
数年間でため込んだ私物は、思った以上にすごい量で、処分するのも大変そうで困った。
今のアンバー君は陛下の側近だし、どこでもフリーパスだと思うけど、この部屋を見られなくて良かったと思う。
勿論、彼がふらっと手伝いに来てくれるなんて奇跡はなくて、非番の騎士団仲間と一緒に、わいわい騒ぎながら掃除した。
ホコリの積もった銀細工の剣とか、1ページも読んでない分厚い本、片方失くしたサファイアのカフスとか、型落ちでシワだらけの絹のシャツとか、残念な貴重品をみんながお礼代わりに貰ってくれる。
楽しかったし、呆れられて恥もかいたりしたけど、ほんの少し寂しかったのは内緒だ。
もしかしたら、彼が来てくれるの、期待してたのかも知れない。
アンバー君なら「全部捨てろ」って言うんじゃないかとか、騎士団仲間と笑い合いながらも、考えてしまう自分がいた。
『お前な、ちゃんと整理整頓しろって、いつも言ってただろ!』
そんな風に叱りながら、文句言いながら、私物の整理を手伝って欲しかった。
好きだったなぁって、胸が痛む。
まだ完全に過去形にはできてないけど、いつかオレが国境勤務に慣れた頃、この想いも昇華できてるといいなぁと思った。
ミーガン辺境侯爵家の夜会には、どうしてもって言われて1回だけ出席した。
カチコチになりながらダンスもしたし、頬が引きつりそうになるくらい作り笑いを頑張った。それで、少なくとも前侯爵のじい様は満足したみたい。
「よし、国境に赴任したら、いいモノを買ってやろう」
上機嫌でそんなことを言われたけど、いつまでも子ども扱いみたいで、正直言うと複雑だ。
1つだけホッとしたのは、招待されてた令嬢方と、縁談らしい縁談がなかったことかも知れない。やっぱりどの令嬢も、国境にまでは来たくないのかな?
「子爵様の王都へのご帰還を、お待ちしておりますわ」
そんな感じの社交辞令を口々に言われて、何て答えればいいんだろう?
アンバー君とは違って、幸か不幸かモテないみたいだ。
逆にうちの屋敷の方は、そんなに困ってないようだった。元からオレは、非番の時しか帰らなかったし。アンバー君の不在に比べれば、オレの留守は大したことじゃないみたい。
「季節ごとの着替えは、その都度送らせていただきます」
執事の言葉に、「うーん」と唸る。
「服とか、最低限でいいからね?」
念の為にクギを刺したのは、私物の持ち込みを減らすためだ。
王城の騎士団長の私室だって、うちの執務室より簡素で狭い。国境の砦にある副団長の私室なんて、きっともっと狭いだろう。服で埋まっちゃうと困るのは、考えなくても予想できた。
見習い騎士に、ダメな上司だとか思われたくない。
ぐっと拳を握ってると、目の前に大量の書類の山がそっと置かれた。
「若様の決済が必要な書類も、こまめに送らせていただきます」
穏やかな口調に穏やかな態度で、しれっとそんなこと言ってくるのは、アンバー君の影響かな? でも、書類の整理がきちっとされてないのは相変わらずで――。
「どうぞ」
と、執事から差し出される紅茶も、相変わらず微妙な味だった。
出発当日は、いろんな人が見送りに来てくれた。
屋敷の使用人は勿論、まだ王都にいた両親に、じい様。非番の騎士団仲間……それに、王立学園時代の同級生もいた。
きっと勲章貰ったし、出世だから来てくれたんだろう。
マメに交友関係を広げ、使えそうなコネをドンドン集めてくのは、そう悪い事じゃない。ただ、もし左遷だったら、来てくれてなかっただろうなー、とは思った。
陛下からは、いつも一緒にいたアーキンっていう名のメガネの侍従が派遣されて来た。
「餞別の品と、お手紙です」
にっこりと小包を差し出され、うやうやしく押し戴く。
妙に軽い箱で、中身が何か気になったけど、さすがにここで開ける訳にいかない。着くまで我慢だ。
「みんな、ありがとう」
見送りの面々を見回して、最後にビシッと敬礼する。
その中にアンバー君は、いなくて。
陛下からの餞別を持って来るのも、オレに会うのもイヤだったのかなって、そう考えるとすごく胸が痛んだ。
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