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【創作BL・R18含】『虹色月見草❖円環依存型ARC-ツキクサイロ篇 第一部』【虹色月見草/完結済】
第四話『 心の傷 』 下
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美鶴が上ってきたのは、瑞季の眼前にある階段だった。
階上に佇む瑞季を見て驚くようにしていた美鶴だったが、すぐに目を反らすようにして伏せ、それから黙してしまった。
そんな美鶴の様子を見て、瑞季は口を開く。
「美鶴、あの……」
「…………」
「立ち聞きして……ごめん、その、今の事は――」
「もんちゃん、あのさ」
瑞季の言葉を遮るようにそう言った美鶴は、先ほどの階下を示し、相変わらず目を合わせようとしないまま、
「ここ、話しにくいから、下で話そ……」
と言った。
「あ、あぁ。わかった」
瑞季はそれにぎこちなく頷いた。
そして、美鶴の後に続くようにして階段を下りた瑞季は、先ほど上級生が叩きつけられた壁を背に寄り掛かり、美鶴と肩を並べる。
そしてそれから少しの沈黙の後、瑞季が口を開いた。
瑞季は、美鶴とこんな空気の中で話すのは初めてだった。
「えっと、その…………悪かったな、すぐに助けに入れなくて」
「え?」
その言葉は美鶴の予想にないものだったらしく、美鶴は訝しむような顔で瑞季を見た。
「その、俺がもうちょっと早く止めに入ってたら、嫌な話されなくて済んだろ……家族の事とかさ……だから、ごめん」
そう謝罪する瑞季に、美鶴は力なく笑った。
「……あはは、もう、そこなの?」
「え?」
瑞季が不思議そうにしていると、美鶴はまた苦笑したまま、今度は礼を言った。
「ううんごめん。ありがと」
「いや、俺は何も……」
「もんちゃんは優しいね」
「……いや、俺は別に優しくなんかないよ」
瑞季はなんとなく自分の冷酷な部分を思い出してそう言った。
美鶴はそれに苦笑だけして言葉を続けた。
「さっきの話、どっから聞いてたの?」
「えっと……圓とヤってんだろ的なとこから……」
美鶴はそれを聞くなりまた目を伏せ、謝罪した。
「そっか……ごめん。あのさ、でも別に俺、誰彼構わず手出してるとかじゃないから。だから、もんちゃんに対して何かする気もないから安心してほしいんだけど……でも、それでももんちゃんが俺の事嫌だって思うようなら――」
「ちょ、ちょっと待て!」
「ん?」
いつのまにかあらぬ方向へと話が進んでしまった事に慌て、瑞季は美鶴の言葉を遮った。
「いや、俺、別にそういう偏見とかないし、別に美鶴が先輩とそういう関係だからって俺に何かしてくるとかも思ってないからさ」
「……でも」
「なぁ、美鶴さ」
「何?」
「一旦、寮室戻らないか? やっぱ、ここじゃなんか落ち着かないし、俺もお前に訊きたい事あるんだ。だから、な」
「……うん、そうだね」
そこで、瑞季のそんな提案に、美鶴はゆっくりと頷いた。
そうして無事に寮室へ戻ってきた二人は、部屋に入るなり向かい合って座り、話の続きをする事にした。
そして、真っ先に訊きたかった事を尋ねた瑞季(みずき)は、美鶴(みつる)からその答えを受け、少し緊張気味に言った。
「――じゃあ、圓(まどか)先輩とそういう事してたってのは、ほんとって事なんだな」
「うん……それはほんと」
"圓"というのは白狐(びゃっこ)学園に所属するとある二年生の名で、その人物は美鶴が親しくしている上級生だった。
「それは、無理やりとかじゃないんだよな」
「うん。圓先輩は、俺が嫌がるような事はしないから……」
瑞季は美鶴のその言葉を聞き安心した。
そして、
「わかった、じゃあもういっこ、俺、お前に話しておきたい事があるんだけど――」
と前置きをして、瑞季は自身もバイセクシャルであるという事を打ち明けた。
瑞季がこうしたのは、まずは美鶴に安心してほしかったからだ。
バイセクシャルとして過ごした時間があるからこそ分かるのだが、例え偏見がないと言われても、やはりその相手が異性愛者である場合、どうしても最初はその言葉を信じ切れない場合がある。
だからこそ、瑞季はまずこの事をはっきり打ち明けておきたいと思ったのだった。
そして、その告白を聞いた美鶴は、酷く安堵したような表情で言った。
「そうだったんだ……良かった……俺、ずっと寮室の変更申請とかした方がいいかなってのも考えてたから」
「えっ、なんで……」
「や、だって、もんちゃんがもし男同士とかありえないって人だったら、バレちゃった後とかこの部屋にいらんないもん」
「あ、そっか。確かに……」
それは瑞季も懸念していた事だった。
だから異性愛者だと思っていた美鶴に、自身の事を黙っていたのだ。
それゆえに、もしバレてしまったらと考えた時の恐怖も痛いほどわかった。
「あ、でも安心してね。俺が例え先輩とそういう事してたとしても、この部屋でそういう事するような事は絶対ないから」
「え? あ、あぁ。つか、それは全然心配してなかったよ」
「そっか……それも良かった……」
すっかり安心したらしい美鶴は、そう言うなり小さく笑んだ。
それを見て瑞季もまた安堵したが、ふと思った事から、また少しだけ気になる事ができてしまった。
それを黙っていてもしょうがないと思い、瑞季はまた美鶴に尋ねる。
「なぁ、美鶴ってもしかして、その圓先輩と付き合ってる……のか?」
「え、あ、ううん! でもセフレってわけでもなくてね。う~んと、付き合ってない人とそういう事してると、やっぱセフレっていう感じになっちゃうのかもしれないけど、先輩とはただ仲が良いだけ。普通の友達みたいな……だから俺も先輩も、お互いの事はセフレとは思ってないんだ」
「そうなんだな……」
そんな美鶴の回答を受けた瑞季は心の中で安堵した。
だが再びそこで思いついてしまった事があり、更に質問を重ねた。
「あ、でも美鶴はその先輩の事好き、とか?」
「うん。先輩の事は好きだよ」
その質問に、美鶴はさらりと回答した。
瑞季は思い付きで質問をしてしまった事を少し後悔しながら、その回答によってダメージを受けた。
なんとなく予想はしていたのだが、やはり好きな人から好きな人の話を聞くというのは、ダメージが大きい。
(だよな……。流石に先輩相手じゃ勝ち目なしだし……美鶴の事はこれですっぱり諦めた方が良いかもな……)
例え自分に同性の恋人経験があったとしても、経験豊富で、更に体の関係まで持っている先輩相手ともなれば、瑞季に勝ち目があるはずもない。
心の中がっくりと肩を落とした瑞季は、美鶴に言う。
「そ、そっか。でもじゃあ、なんか辛いな? 好きなのに、まだ付き合えてないんじゃ」
だがそんな瑞季の言葉に、美鶴は少し驚いたようにしながら言った。
「えっ? あぁ! 違うよ! 違う! ごめんごめん。俺は別に先輩を恋愛的に好きってわけじゃなくて、人間として好きって事。う~んと、友達同士の好きみたいな!」
瑞季は、そんな返答に少し驚き訊き返す。
「え、そ、そうなのか」
「うん、そう」
「……そ、そうだったのか」
そうして先ほどの考えが勘違いであった事から、突然希望の光が舞い戻ってきた為、瑞季はやや混乱した。
だが、そんな瑞季はそれから少し考えた後、ひとつ、新しい決心をしたのだった。
「あ、あのさ、美鶴」
「ん?」
「その………………もし、さ」
「うん」
「もし、……好きだって言われたら、どうする?」
「え? 先輩に?」
「……いや」
そこまで言ったところで、瑞季はまた少し考えるようにして黙する。
美鶴はそんな瑞季を不思議そうに見ている。
そして瑞季は、たっぷりと間をあけた後、言葉を続けた。
「……俺、に」
「…………」
瑞季は、その緊張から美鶴の顔を見ないようにしていたのだが、一向に美鶴から反応が返ってくることはなかった。その為、どうしたのだろうかと不安になりながら、おずおずと美鶴を見た。
「え……?」
瑞季が見たその美鶴の顔には、瑞季が予想していたどの表情とも違うものがあった。
美鶴は青ざめていた。
そして、それに戸惑った瑞季が口を開こうとすると、美鶴は更に後ずさるようにする。
「美鶴?」
「やだ……そんなのやだよ」
「え、美鶴?」
「もんちゃん、冗談だよね」
「…………」
瑞季は、冗談だと言ってやるべきだと直感的に思った。
だが、己の欲がそれに抗って、すぐに冗談だと言ってやることが出来なかった。
そうしてどうするべきか迷っている瑞季と目が合い、美鶴は瑞季の本心を悟ったようだった。
「嘘……なんで……」
美鶴は青ざめ、酷く怯えている。
瑞季は彼がどうしてそんな反応を示しているのか分からなかった。
瑞季からの告白が不快だったのであれば、もっとそれらしい反応が返ってくるはずだし、付き合いたくないと思うのなら、素直に嫌だと言うだけで済む。
だから、怯えるというような反応は有り得ないはずなのだ。
そんな美鶴が心配になり、瑞季は告白の事などは捨て置き美鶴の様子を伺う。
「美鶴、どうしたんだ」
「ごめ、……ごめん」
「大丈夫だって、もう謝らないで大丈夫だから、落ち着け」
美鶴は怯え、今にも泣きそうな顔をしている。
そんな美鶴は体を縮こめるようにして瑞季に謝罪を繰り返す。
今はその声すらも震えている。
「もんちゃんごめん……俺はもう、誰ともそういう関係になりたくないんだ……ごめん、許して……」
「美鶴……」
「ごめん……ほんとにごめん……」
瑞季は美鶴にフラれた事のショックよりも、美鶴をそうして怯えさせてしまった事の方が辛かった。
美鶴がこんなにも怯えているのは瑞季の発言があったからだ。瑞季にとってはその事実が何よりも辛かったのだ。
それから美鶴は少しの間怯えるようにしていたが、瑞季が宥め続けた事により、なんとか落ち着きを取り戻していった。
そして、また一つごめんと言った。
「いや、俺こそごめん。いきなり変な事言って。でも、なんかそれってトラウマみたいな感じなのか? その、中学の時の」
「うん……そんな感じかな。あの時、散々悪く言われたり嫌がらせされたり、大嫌いってのも沢山言われて……だから俺、恋人になったり、恋愛的に好きって言われたりすると、最後はその人に嫌われるんだって思うようになっちゃって……それからは、そういう意味で好きになられるのが怖くて……」
その言葉を聞き、瑞季はその事を想像して恐ろしくなった。
自分の事を好きだと言った人は皆、必ず自分を嫌いになる。それは酷く恐ろしい事だった。
「俺、もんちゃんとはせっかくこうして仲良くなれたから、これからも友達でいたいんだ……だから、そんなもんちゃんにも嫌われるのかなって想像したら、俺、ほんとに怖くて」
「美鶴……」
こんなにもその言葉に怯えるようになるほどの経験とは、どれほど辛いものだったのだろう。
ただの中学生がする恋愛は、そんなにも心に深い傷を負わせるようなものなのだろうか。
恐らくこれは、美鶴が優しすぎるほどに優しく、そして酷く繊細だったからこそこのような事になってしまったのではないか、と瑞季は思った。
美鶴はその外見から、ただでさえ他人を魅了しやすいのだ。だからそんな美鶴がよく笑い、優しい人であるならば、また更に他人を魅了しやすくなる。
ただ、それが計算ずくの事であるなら良かったが、美鶴のそれらは全て"素"からなるものだ。だからこそ温かい。
そうしてその温かさや魅力に依存してしまった人々や、美鶴という人間を己のステータスに加えたかった人々が、自分の思い通りにならなかった彼に腹を立て、果てに繊細な彼を傷つけては去って行った。
そんな美鶴が送った日々を想像し、瑞季は心が痛んだ。
「美鶴、お前の気持ちはちゃんと分かった。元から無理強いするつもりもなかったしな。それに、俺はお前を嫌ったりもしないから」
「…………」
「今はまだ不安かもしれないけど、その内本当だったんだって思ってくれると思うから。でさ、未来の俺じゃなくて、今は今の俺の事だけ見て、今の俺の事を信じて欲しい。……もちろん、友達として、な」
「……うん、ごめん……ありがと、もんちゃん」
「おう」
出来る限り優しく微笑み、瑞季は美鶴にそう言った。
まだ目を合わせるのが怖いのか、美鶴は目を伏せたままだったが、その声は瑞季の言葉を信頼してくれているように聞こえた。
瑞季は思う。
美鶴とは、これまでも普通の友達として十分楽しくやれていたのだ。
それに、自分はきっと勘違いをしてしまっただけなのだ。
後輩との事で弱っていた心を、美鶴がその笑顔と言葉で癒してくれた。
だから、そんな美鶴に恋をもしてしまったのだ。
人間の心は単純だ。
だが、単純だからこそきっと忘れる事も簡単なはずだ。
きっと時間が解決してくれる。
諦めようと決心がついたのだから、自分のこの未成熟な恋心も、今のうちならきっと忘れられる。
美鶴を悲しませるくらいなら、友達のまま楽しく過ごした方が良いに決まってる。
忘れよう。
きっと、全ての時間が解決してくれる。
大丈夫だ。
瑞季はそう思った。
そう、思っていた――。
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