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第九話 繋がり
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翌日、朝食の時間にリルが部屋に訪ねてきた。
「ショウ!レイティ!」
「おはようリル」
「どうしたんだ?」
俺は食事を続けながら、急いで来た様子のリルに視線を合わせて挨拶をした。レイティはというと、礼儀正しく一旦食事を止めて迎え入れる。隣に座るように促され、リルは俺達に騒々しい来訪の非礼を詫びて席に着いてから話しはじめた。くるくると表情を変えながら美しい声で囀るリルは、さながら朝を告げる小鳥の様だ。
「あのね、今朝王様への贈り物が届いて、その中に贈り物じゃ無い物があったからそれをリルが貰ってきたの。時々そういうのがあるからリルよく貰ってくるんだけど…でね、それがもしかしたらショウかレイティの物かもしれないって思って知らせに来たんだ」
「贈り物?」
この国ではいつも王様に何か捧げなければいけないのだろうか。それに、その中に贈り物ではない物が混ざっているとはどういう事だ?
「何でか知らないけどね、ひと月に一回必ず小舟に積まれた珍しい物が宮殿に届くの」
「…その中には此処には無い白い楽器か剣、薬草や食べ物がなかったか?」
レイティももしやと思ったのか、俺が口を開く前に質問をした。
「えっ…うん、あったけど…どうして知ってるの?」
「やはり…」
「その贈り物は、エルフ族が毎月満月の時に捧げている物だ」
「ええっ!!そうなの!?」
答えを聞いて考え込んだレイティの代わりにリルに贈り主を教えると、その大きな瞳を更に大きくして驚きの声を上げた。俯いて考えていたレイティは顔を上げてまたリルに質問をする。
「舟に乗っているという事は…舟は沈まずに浮かんでいるのか?」
「うんっ。小舟は直接この宮殿の海上一階に着くの。それ以外は海底の…ショウとレイティが居た所に流れ着くんだよ」
「なるほど」
「小舟に積まれた物以外は、王様への贈り物じゃないって言って捨てられたりするから、リル珍しくて面白い物をよく貰ってくるの」
「そうだったのか…ぼくたちの供物がそんな風に流れ着いていたとは…」
「リルの言うとおり、貰ってきた物の中に俺達の荷物があるかもしれないな。朝食を食べ終わったら見せてくれるか?」
「うん!」
話の区切りがついた所で、中断していた食事を再開する。
「そういえば、朝食は食べたのか?」
急いで来たリルが、朝食を食べていない気がして尋ねる。
「あ、まだ食べてない!」
「では一緒に食べよう」
レイティは自分の隣に座っているリルに朝食を勧め、世話を焼きはじめた。忙しないリルと落ち着いたレイティの組み合わせが兄弟の様に見えて微笑ましい。…きっとエルフの森に帰れば、レイティはこんな風に自分の兄弟と過ごすのかもしれない。
・・・
朝食を食べ終わった俺達はリルの部屋へ移動した。流れ着いた物が飾ってある部屋に、確かに出発の時レイリウスが用意してくれた旅の荷物が二袋あった。
「それ、ショウとレイティのだった?」
中身を確認していると、リルが声をかけてきた。レイティの袋の中にはエルフの森で採れる薬草や保存食、軽い着替えなど欠ける事なく揃っている。
「確かに、俺達の荷物だ」
俺の袋の中には、あの旅人の記録帳が濡れた形跡もなくそこにあった。
…どういう事だ?
「あ、あとこれも!もしかしてそうかなって」
記録帳を捲ったりして濡れたあとがないか確かめていた俺の後ろで、リルが何か持ってきた。
「それは!」
レイティの嬉しそうな声を聞いて振り返ると、供物用とは違う、単純で扱いやすい大きさの白い弓と矢が無事に入っている矢筒をリルから受け取っていた。俺はその様子を見て、リルに礼を述べる。
「全部、無事に揃ってるとは…不思議だな。取っておいてくれて助かったよリル」
「本当に何もかも恩に着る」
「たまたまだよ!でも大切な物みたいで良かった!」
「これで、少しは安心して旅を続けられるな」
「旅?ショウとレイティは旅をしているの?」
リルの疑問に二人して頷く。
「ぼくにとって、此処が旅の最初の異国だ」
「そうだったんだ…じゃあ、いつか居なくなっちゃうんだ…」
寂しそうに海色の瞳に影を落とし、リルは呟いた。確かにいずれこの国を出なくてはいけない。かける言葉が思い付かず、俯いたその頭を優しく撫でた。
「…そういえば、人魚族の国の近くにはどんな国がある?部屋からは海しか見えないし、陸は何処にあるんだ?」
「…え…リル達の国の近くに、他の国とか陸とかないよ?…この国は海しかないの。お皿に満たされた水みたいに」
「…え」
「……この国も、そうなのか」
レイティの言うとおり、エルフの森と同じくこの国は他国との接触がなく、孤立しているという事だ。ならばまた、移動手段を探さなければならない。
「じゃあ今まで旅人が此処へ来たら、どうやって出て行ってたんだ?」
「…う~ん…リルは旅人はショウとレイティ以外見たことないけど…もしかしたら王様は知ってるかも!」
「…そうか。明日の会食で聞ければいいが」
「大丈夫だよ。王様優しいから!此処に来たエルフの人と夫婦になったくらいだもの」
「っ!!それはどういう事だ!?」
さり気なく言った言葉にレイティは驚いてリルに詰め寄った。
「旅人は見たことが無いと言ったではないか!」
「えっ…う、うん。エルフのお客さんは旅人じゃなくて迷い人だったから…」
「……そのエルフはもしかすると…」
「うむ、きっと兄王だ」
「…お知り合い、なの?」
レイティの迫力に負けておずおずと上目でリルは俺達に問う。レイティは興奮する心を抑えながら、優しくリルに答えた。
「ぼくの親の兄弟だ。エルフ族で唯一、エルフの森から消えた…会えるのなら是非会いたい」
「そっか、レイティの家族なんだね。王様とのお食事の時にちゃんと会えるよ!だって二人はずっと一緒にいるから」
「しかし、エルフが人魚族の王様と夫婦とは…。種族の違いに拘らない、寛大な王様なんだな」
「うん!王様は凄いんだよ。海流を操れるの。みんな王様の事尊敬して"海王様"って呼んでるよ」
「海流を…?」
リルの言葉に、俺とレイティは顔を見合わせる。そんな力を持っているのならば、もしかしたら人魚族の王様は魔術を使えるのかもしれない。それならば、なんらかの移動手段を見つける事ができるかもしれないと希望が見えた。
◇◆◇
リルの案内で、人魚族の街を見て回る事になった。俺達は長い間泳ぐことができないが、移動用の乗り物があるらしい。元は荷物運搬用の道具だったが王様がエルフと結婚した為、エルフが水中でも呼吸ができるように改造した乗り物が出来たそうだ。大きな4匹の魚が引く気泡の様に透明な楕円形の球体にリルも含めて俺達三人が乗り込み、宮殿を出発した。
「リル、あれは何だ?」
レイティの指差す先には、白く濁った大きな水の流れがあった。
「あれは王宮と街を区切る海流の壁だよ」
「壁?」
「うん。王宮を守る為の防壁。王様が海流を操って王宮の周りに水の流れを作っているの。王宮側に向かって流れる海流と街側へ向かう海流で、その2つに挟まれて王宮を囲む形で大きな渦があってそれが今見えてる白い壁」
そうこうするうちにその白い壁が目の前に迫る。
「…それを聞く限り外へ出られる気がしないんだが」
「あ、大丈夫。王様に許可を貰って外出してるから、王様が出口を作ってくれるよ」
ええ?本当に?
目の前に見える巨大な水の流れは、その速さで白く濁って見えている。俺達が近づいてもそれは変わらない。しかし、先頭の魚が白い壁に突っ込んだ瞬間、そこから必要な所だけ水の流れが止まっていく。無事分厚い海流の渦から抜け出すと、そこには色鮮やかで豊富な種類の魚や植物が一面に広がっていた。
「…すごい」
初めて見る海に感激しているのか、レイティは透明な壁に張り付いて外の景色を一つも見逃すまいと両目を見開いている。王宮の周りの海は計算された美しさがあったが、外の街の海はまるで統一感がなく自由奔放で活き活きとした魅力があった。時折人魚がリルに向かって手を振ってくるので、リルがそれに応えながら目に映るものの説明をする。
「あそこにある一番大きな水晶岩は、色んなお店が一つになってる場所なの。お買い物する時は此処が便利だよ」
俺達の乗り物はその上をゆっくりと通過する。透明な足元から見下ろす先には透明な天井があるが、王宮の廊下のように透明度はそれ程高くない。日の光が差し込んでいる所から内部が見て取れた。何人もの人魚達が二本の足で歩いていたり、道の中央に流れている川のような所から魚の尾をつけたままの人魚が上がって買い物をしている。それぞれの店は道沿いの水晶岩をくりぬいて造られていて面白かった。そこを通り過ぎると、乗り物はぽっかりと海底に開いた穴へ向かって行く
「リルね、二人に見せたい場所があるの。今からそこにお魚さんが連れてってくれるから」
日の光が差し込んでいた水面付近から、徐々に薄暗い穴の中へと潜っていく。視界が真っ暗になり不安が胸を過ぎった時、辺りに柔らかな緑色の光が溢れた。
「っなんだ?」
驚いて壁際から離れたレイティを抱き止める。足元から舞い上がる緑色の光をよく見ると、半透明な泡の様なものが淡い光を発しながらゆらゆらと泳ぐ様に上昇していっている。
「これは海月っていわれるお魚の一種。お風呂に入った時体に付いた汚れを食べてくれるお魚さんがいたでしょ?こっちのお魚さんは汚れた水を綺麗にしてくれるんだよ」
「海月か…綺麗だな」
上昇していく海月の大群にレイティは見とれていた。最後尾の小さな海月を見送ると、ぽつりぽつりと小さな光りが暗闇の中に現れた。下へ深く潜っていくごとに、色とりどりの小さな光りが増えていく。点滅しているものや、ゆらゆらと揺らぐもの、様々な色に変わるもの。夜空の中に放り込まれた気分だった。
「この発光しているのは壁に生えている植物とか、あとお魚さん達」
夜空の中でリルの美しい声をしばらく聞いていると、足元に見える海底の景色の中に白い光りの固まりが見えた。
「あの光りがリルが二人に見せたかった場所だよ」
海底に着くと、そこは光りの草原だった。円い形をした葉の、背の低い植物が敷き詰めてあり、葉と見分けがつかない小さな円い白い花には、動くと発光する小魚が群がっている。
「光るお魚や植物は、この草原の花の蜜を栄養にしているから光ってるっていわれてるの」
確かに、この草原は凄い光量を発している。海底深くだというのに、この空間は草原の発する白い光りによって真昼の様な明るさだ。しかしどういうわけか、草原を直視してもその眩しさに目が潰れる事はなかった。
「ほら、あそことか、いくつか大きな貝が見えるでしょう?」
リルの示した場所には、縁が波打っている大きな二枚貝が草原の草花に溶け込む様にして幾つか見えた。おそらくこの草原もそうだろうが、リルはあの貝を俺達に見せたかったのだと思う。
「此処は、誕生の草原。あの貝からリル達は生まれるの」
「…それは、人魚族には性別が無いという事だと思ってもいいか?」
「せいべつ?」
性別の説明をしても、人魚族にはそういう躰の区別は無いという。どうりで躰の造りがレイティと似ていると思った。無性という種族は皆、胸が無く小さな男根と柔らかな穴を持って神聖な何かから生まれて来るらしい。
「じゃあどうやってあの貝から人魚が生まれるんだ?」
「えっと、リルも詳しくは知らないけど、子どもが欲しいって願っているお家の上にオーロラが出ると貝から人魚の子どもが生まれるんだって」
「それでは水晶岩に他に住んでいる者が居れば、その子が誰が望んだ子か解らないのでは?」
レイティは以前、人魚族の家は大きな水晶の固まりにできた空洞を利用して、それぞれの空間を一つの家として住んでいるとリルが説明してくれた事をちゃんと覚えていた様だ。確かにそう考えると、複数人が暮らす水晶岩の上にオーロラが出来る事になる。
「そうなの。だから人魚の子どもが生まれたら、オーロラが出たお家のみんなが育ててくれるんだよ」
リルは幸せそうな表情で答えた。
「リルね、光りの届かない海底の街で育てられたの。リルを育ててくれたのはとっても素敵な人魚さん達だった。此処に初めて連れてきてくれたのは、リルに歌詞を作る事を教えてくれた人魚さん。ぼんやりとした水晶石の光りしか見た事がなかったリルは、すごく感動したの。その人魚さんが此処で歌ってくれた歌は忘れない…」
―――ゆっくり まぶたをとじて ほら みえるでしょう? ふんわり あたたかなひかりが―――てをのばせば かんじる みみをすませば きこえる むねのおく かすかにひびいている こもりうた
優しい優しい歌声が響く。乗り物の壁を抜ける様に、遥かに遠くまで。…リルを育ててくれた人魚達の所まで、響いていくような…。
「今度、機会があったらリルが育った街を案内するね」
歌い終わったリルは、少しだけ大人びた顔をして笑った。
つづく
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