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第十話 会食、中止
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一通り街を見学し終わり、昼食の時間より少し早めに宮殿に戻って来た。意外と早くすんだのは、ただ乗り物の中から見ていただけだからだ。できれば実際にあの店が連なる巨大な水晶岩に行ってみたかったが、護衛もつけずに街中へ行くのは王様に会わせる前の客人を危険にさらす事になるから出来ないとリルに申し訳無さそうに言われたから仕方がない。
部屋に戻ると、ベッドの上に乾いた俺達の服が畳んで置いてあった。昨日体を洗った時に衣類が回収されていたので洗濯をしてくれていたのだろう。その服を広げてみると、内側に生地と同系色で模様が刺繍されていた。
…あれ?…こんな模様、気が付かなかったな…。
レイリウスが当日用意してくれた物であまり気にせずに着替えたのだが、まさかこんな凝った服だったとは思わなかった。
「む?それは、月の紋章…」
レイティが俺の手元を覗いて言う。
「月の紋章?」
「感謝祭でよく使われる紋章だ。供物を乗せる小舟を覆っていた布にも描いてあったぞ」
「…全然気が付かなかった」
「しかし…これは少し違うな…」
「どう違うんだ?」
「うむ。月の紋章はもう少し…そう、これよりもう少し簡略化した様なものだ」
「そうなのか。…あ、レイティの装備にも同じ紋章が入ってるな」
「…まったく気が付かなかった」
レイティによれば少し違う様だが、一度月の紋章を目にしてから荷物を見てみると所々にその箇所と同系色の同じ紋章が入っているのに気が付いた。旅立つ時に着ていた上着やズボン、荷物を詰めていた袋の内側や、レイティの弓矢、貰った剣にも…。こういう習慣なのか聞いてみたが、レイティは首を振った。
「これらを用意したのは全てレイリウス様のはずだから、きっと何か意味があるのだろう」
レイティの言うその「意味」に頭を巡らせる。…もしかしたら…。
「……袋の中の荷物、濡れた様子が無かった」
「乾いたのではなく、か?」
「ああ。俺の袋にはあの旅人の日記帳が入っていたんだ。紙は一度濡れたあと乾かしてもよれてパキパキになるし、文字なんて濡れたら滲む。だがさっき見たかぎり以前のままだった…ほら」
袋から日記帳を取り出して渡す。受け取ったレイティはパラパラと目を通しながら頷いた。
「確かに」
「…それに、俺達が洞窟で目を覚ました時には体はあまり濡れていなかったと思う。どれだけの時間気を失っていたかは解らないが、服もそれほど濡れていなかった気がする。…まぁこれは、ただたんに乾いたって言えるかもしれないが」
「…うむ。だとすると、この月の紋章に似たものを色んな場所に入れたのは、濡れないため、か?」
「まぁ…そうかもしれない。…紋章か……旅人の日記に魔法陣の事について少し触れている箇所があったな」
「?」
「この月の紋章に似たような陣を描く事によって特定の魔法が使えるらしい。レイリウスが知っていたかどうかは解らないが、おそらく旅の安全を祈って色んな所にこの紋章を入れてくれたのかもしれないな」
日記には詳しく書いていなかったが、どこそこの国で新しい魔法陣を見つけただとか、これを組み合わせるとこの様な魔法が使えただとか…。この日記帳以外にもどうやら魔法陣の研究書があったらしいが、あの王様の書斎には魔法などに関する資料は無かったように思う。
…役に立ちそうだから、もっと詳しく知りたかったな…。
「その日記帳に、何か書くのか?」
「え?」
「王が言っていたではないか。まだ白紙の部分が残っているから続きを書くといい、と」
何かしら役に立つかと思って持ってきただけだったが、確かに王様はそんな事を言っていた。…旅の記録を残してみるのもいいかもしれない。何か、俺の記憶を探る手助けになるかもしれないし。
「そうだな。じゃあ――」
――チリリン
控え目な鈴の音が来客を知らせる。
「失礼します…お食事に致しますか?」
「――食べ終わったら書く事にする」
・・・
昼食がすみ、片付いたテーブルの上に日記帳を広げた。背表紙に収まっていた細長いペンを取って書き始める。エルフの森については既に旅人が書いていたので、それに倣って人魚族について書きはじめた。
人魚の海はろ過された様にとても美しい水で出来ている事、そこに生息する生き物達、水晶岩の事、人魚の事…。
「あ…」
今まで黙々と日記に向かっていた俺がぽつりと呟いた声に、さっきひっくり返した荷物を整理していたレイティが振り返る。俺はその目を見て続けた。
「今更あれだが…レイティ、あまり言葉に不自由していないな」
「ああ…確かに…」
「月の大きさを見て、エルフの森とこの人魚族の国はかなり離れていると思っていたが、言葉にそれほど違いはない気がするんだが」
「うむ。少しの訛りと、話す速度が遅いというくらいで聞き取れないほどでもない」
「やっぱりそうか」
頷いてペンを進めた。すっとレイティが近づいてきて俺の後ろから日記帳を覗き込む。ふむふむと頷きながら読んでいたレイティに、椅子をずらして自分の膝を叩き座るように促してみた。ぱちぱち瞬きしたレイティの腕を引いて半ば強引に横向きに座らせ、抱き込む様にして執筆を再開する。
「明日、レイティのおじさんに会えるんだな」
「…ああ」
返事をしたレイティの声は穏やかだったが、少し緊張している様子だった。
「どんな方なんだ?」
「…ぼくの両親を結んで下さった方だと聞いている。…互いに想い合っていたのに、ラスティ王もレイリウス様も長い年月話せずにいたらしい」
…長い年月って…エルフの時間の感覚なのか?ただ王とレイリウスがものすっっごく奥手だったっていう事なのか?
「そうこうする内、レイリウス様の有能さに民達から王との婚姻を望む声が上がり、当時の王であった兄王との婚約が決まってしまった。兄王は当時宰相であった弟の気持ちを知り、王座から身を引いて無理矢理二人を結んだという」
「へぇ」
「兄王はずっと月へ行きたかったらしい。月がとても好きだったと…まるで月に恋をしている様だったと王から聞いた」
「…そうか。――――エルフの森にこの日記を書いた旅人が来たって言うのは、今の王様とレイティのおじさんが一緒にいた時だったか?」
「ん?…ぁあ、確かそうだ」
日記帳に目をやる。エルフの禁忌を誰よりも固く守るのは王族だ。それは、王族にしか伝わらない禁忌の理由があるからだ。長すぎた時の流れによってその理由も今ははっきりしていない様だったが、王族が管理する書斎には禁忌とされた理由が埋もれている事だろう。その禁忌を王がそうやすやすと破る筈がない。例え弟の想い人と結婚する事になっても、禁忌を破るよりも他にいい手を幾らでも考えられると思う。おそらく前王は旅人が感謝祭で消えたのを見て思ったのだ。俺が旅人の日記を読んだ時と同じ様に、あの月の道はどこかに繋がっているのだと。もしくは焦がれていた月へ繋がっていると思ったのかもしれない。そしておそらく俺が見たものより多くこの旅人の手記が当時書斎にあったのだ。そう、魔法陣の研究書など、移動の為の方法が書かれた書物が――。
「明日、色んな話を聞けるといいが」
「大丈夫だ。きっととても優しい方だから」
「そうか。そうだな」
「…ぼくも、上手く話せるか心配だ」
「心配ない。とても優しい方だからな」
レイティの言葉を真似た励ましに二人揃って笑う。聞けば答えてくれるだろうか。もしかしたら王家にしか伝わらない禁忌の理由に触れる事になるかもしれない。だが、魔法陣の事について、知識以上の事を教えて貰えるかもしれない。
―――ランラララ ランラララ―――
「…ん?」
ふと、澄んだ歌声が響いた。
「これは…リル…?」
耳をすましてレイティが言う。確かに、リルの歌声だ。
――緑深き海 青く澄んだ街 光り降り注ぎ 歌が溢れる…
ふわりと軽やかで、心が弾む様に楽しい気分になる。
――鳴らす高らかに 響くどこまでも この声が海原を越えて…
レイティと並んで窓辺に立つ。雄大な海を眺めながらリルの歌を聞く。澄んだ海の下の、あの街で暮らす人魚や生き物達が目に見える様だ。歌が終わりしばらく余韻に浸っていると、リルが部屋を訪ねてきた。
「リルの歌、聞いてくれてた?」
無邪気な笑顔を見ながら二人で頷く。
「リルは本当に素晴らしい声と表現力を持っているな」
頬を染めて嬉しそうにリルは笑う。
「…ありがとう」
「でも凄いな。海まで響いているみたいだった」
「うん!お昼が終わる頃にみんなの為に歌を歌うのがリルのお仕事の一つなの。王様の用意してくれた部屋で歌うと、リルの声がこの海いっぱいに聞こえるようになってるんだよ」
「そうなのか。凄いな」
「…ぁ、そうそう。明日は色々あって会えないかもしれないから今日言おうと思って来たの!…もう一つ二人に見せたいものがあってね。明後日の朝、まだ太陽が出てない時間に見れるから、明後日の朝早くに迎えに来たいんだけど、いい?」
「もちろん」
「何を見せてくれるんだ?」
「ふふっ、それはまだ秘密!…明日、王様達とたくさんお話しして楽しんできてね!じゃあ、また明後日ね~」
バシャンッ
リルはそう言い残して水で満たされた柱の中に入り、俺達に笑顔で手を振ってからあっという間に泳いで行ってしまった。
◇◆◇
翌日の昼時。俺とレイティは人魚の使用人に案内され、宝石を散りばめた様な彫刻が施された巨大な水晶岩の扉の前に立った。扉がゆっくりと開き、中から聞き覚えのある音色が流れてきた。
「この音は…」
使用人に先導され歩みを進ませると、部屋の中に白い竪琴を抱えて演奏している三人の人魚が居た。
「月の竪琴」
その楽器を見てレイティが小さな声で言う。聞き覚えのある音色はエルフの竪琴の音色だった。剣を捧げられない年は楽器を捧げていると王様が言っていたので、このれがその捧げた楽器なのだろう。
「お客人を連れて参りました」
「ご苦労、下がりなさい」
静かなのに良く響く声が言った。俺達の前に居た人魚が一礼をして部屋から出て行く。目の前に遮るものがなくなり、改めて立派な水晶の椅子に腰掛けている人魚族の王様に視線を合わせる。
「実はお前達と話をしたがっているのはわたしではい。ここにいるエルフだ」
響いているからか幾重にも音が反響して、とても幻想的な声音が王様の口から紡がれる。その姿も信じられないくらい幻想的だった。滝の様に真っ直ぐで長い髪が淡く七色に光りを反射している。少し眠そうな薄い菫色の目は、チラリとレイティを見ただけで閉じられてしまった。美しい顔と、細い四肢の肌はうっすらと青みがかり白く輝いている。そう、文字通り身から淡い光りを発しているのだ。だるそうに肘掛けに肘をつき、掌で支えていた尖った細い顎が隣を示す。隣にはレイティのおじさんがいた。銀色の長い髪と海の底の様な…いや、月光に照らされた夜空の様な紺碧の瞳を持っていた。彼が夜の様に穏やかな低い声で言う。
「君達がエルフの森から来たと聞いて、話がしたいと思ったのだ」
「…兄王とこうしてお話できる機会に恵まれるとは、思ってもみませんでした…。ぼくは、ラスティ王とレイリウス宰相の子、レイティと申します」
レイティのおじさんはその言葉に両目を見開き驚いていたが、しばらくして嬉しそうに暖かな笑みを浮かべて優しい声で言った。
「……そうか。レイティと言うのか。良い名前をつけてもらったな」
「はい」
感動の再会に場が和む。次にレイティのおじさんは隣に居た俺に視線を移した。
「…それで、君は?エルフではないようだが…」
俺が何か言おうとした瞬間、人魚族の王様はパッと立ち上がり薄い布が幾重にも重なった長い衣装と髪をはためかせながら、早足で俺の目の前にやってきた。俺とレイティは王様の厳しい形相とその雰囲気に緊張し、レイティのおじさんは王様の様子に唖然としていた。
「っ!!」
よくわからないが今俺は王様に前髪を掴まれ物凄い形相で睨まれている。そして王様は海底を這う様な恐ろしく低い声で言った。
「貴様何者だ…」
あまりの威圧感に声が出せないでいる俺の返事を待たず、王様は怒気を含ませ声を荒げた。
「何故此処に魔族がいるっっ!!!」
その言葉と同時に激しい衝撃が俺を襲った。
「エウロラ!!」
「ぅ"…ぐっ……がはっ!!がはっ!!ごほっ!!」
「ショウっ!!」
息をしようとすると咳が出て、咳をするたび鋭い痛みが全身に走る。どうやら王様に吹き飛ばされて壁に激突したらしい。ぼやけた視界でレイティが駆け寄ってきたのがわかった。目から出た涙を拭って王様を見ると、レイティのおじさんに抱きすくめられていた。
「離せライールっ!!…貴様、どうやって此処へ来たっ!!」
「止めるんだエウロラ!!落ち着け…よく見ろ、今の彼は何も出来ない。それに、リルが信頼して連れてきた客人だ……エウロラ、何をそんなに怯えている?」
ライールさんの静かな声に幾分か落ち着きを取り戻した王様は、目を瞑って力を抜いた。
「っ…………ライールの言う通りだ。…治療を受けさせてやる。だが、貴様の顔は二度とわたしに見せるな」
そう言ってライールさんの腕をそっと解き、王様は部屋を出て行った。残ったライールさんは怯えている演奏者達を退出させ、俺の目を布で覆った。
「すまなかった。治療をするからしばらく眠っていてもらう」
遠くでその言葉を聞き、俺の意識は深く沈んだ。
つづく
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