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【NIGHTWAKER】
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月曜の夜はそれなりに忙しい。
…と言っても金曜の遊び帰りの連中相手の乗降なんかとは比べものになりはしないが。
『ありがとうございます、お気を付けて。』
タクシーを降りる客にお決まりの文句と営業スマイルを向けて自動のドアを閉める。
それと同時に俺は素の自分に戻る。
「…もう来んな。」
別に嫌な客ではなかったが“禁煙車”と記載しているこのマイカーに乗るなり煙草を吸おうとするのはいかがなものか。
…つーか。
禁煙中の俺にケンカ売ってんのかっつーの。
軽く苛立ちながら車を走らせ横道から大通りへと戻る。
ここらはオフィス街だから『オカネモチ』や『オシゴト帰りのビジネスマン』やらがわんさかいるから。
「その稼いだ金を俺につぎ込んで下さいよ。」
そんな事をボヤきながら走ってると前方の小さな公園の前で手を上げてるヤツがいた。
遠目から見てソイツが後者だと気付きチョイ落胆。
「イイ女だったら良かったのに。」
そんな本音を営業スマイルに変え“オキャクサマ”の真っ正面に車を停めた。
「こんばんわ。」
かけた声にこれといった反応を示さずソイツは静かに後部シートに座り。
「………。」
これまた静かに何かを言った。
…聞こえねぇから。
内心苛立ちながらも大人な俺は後ろに向き返りソイツに。
「ごめんなさい、どちらまで行かれます?」
「……南町公園。」
むわっ。
『ハイ』と答えて前を向きながら顔をしかめる。
俺はヘビースモーカーだが酒は一滴たりとも飲まん。
つか体質的に受け付けない。
故にこの…サラリーマン氏がプンプンさせているアルコール臭ってのがどうも苦手で。
小さく溜め息を吐き、メーターのスイッチを入れてゆっくりとアクセルを踏んだ。
◇◆◇◆◇◆◇
しかし…なんだってコイツ、あんなオフィス街のど真ん中でこんな酒浸りなんだ?
静かな車内に右折を示すウインカーの音だけが響く。
しかもあそこら辺は大手企業ばっかじゃんか。
確実、飲み屋はねぇぞ?
そんな事を考えながらルームミラーを覗く…と。
「えっ!?」
今まで乗っていたはずのヤツの姿が忽然と消えていた。
慌てて左にウインカーを出しブレーキを踏む。
クルリと振り返り見ても…ヤハリ、ヤツの姿はどこにもない。
「…まだ丑三つ時じゃねぇぞ?」
タクシー仲間の間で有名な“幽霊話”を思い出して俺は苦笑いをした。
いや…このご時世にそんなオカルト話なんてナンセンスだよな。
そう思ってドアを開け、車の前を回って後部のドアを勢いよく開ける。
ガチャッ!
…………すると。
「…オイオイ。」
後ろに乗っていた酔っ払いは物の見事に足元……前部と後部のシートの隙間に落っこちていた。
デカい溜め息を吐き出し右手で顔を覆う。
「これだから…酔っ払いはキライなんだよ。」
酒は苦手、だが酔っ払いはキライ、だ。
だが…この場合は仕方ない。
こんなんでも一応“オキャクサマ”だからな。
深い溜め息を吐き出し向けられてる足に触れ軽く揺する。
「…お客さん。大丈夫ですか?」
ピクリともしない様子にギクリとする。
まさか…どっか打ち所が悪かったり、とか?
焦って腕を掴み脈をとる…と、それは規則正しくちゃんと動いていて。
「…脅かすなよ。」
ドッと疲れたが取りあえずは安心してシートに腰を下ろした。
…つか。
このままにしておくわけにはいかないよな。
「お客さん、触りますよー?」
なるべくデカい声でそう言ってもヤツはピクリともしない。
まさか…意識ねぇとかじゃ…?
焦りつつさっき掴んだ手を握り、グッと引き上げる。
「軽っ…」
ルームミラー越しに見た時よりも遥に細い身体は軽々と持ち上がり俺の腕に収まる。
…すると。
もわっ…
「ウィスキーかよ!」
ヤツからしてくるのは俺が特に苦手とするウィスキーの匂いだが…ここは我慢。
つか…
なんで俺がこんな事しなきゃならんのだ!
押さえていたはずの苛々は軽くK点を越えた。
ムカついて、ムカついて、ムカついて腕の中のヤローに怒鳴ろうとした瞬間…。
さらっ…。
顔にかかっていた髪が流れ落ち…その下からキレイに整った顔が現れた。
◇◆◇◆◇◆◇
静か過ぎる車内にウィンカーの音だけが響く。
つけていたFMも切って俺はただひたすら目的地に車を走らせていた。
後ろの酔っ払いが足元に落ちたのは…多分右折が原因だったんだろう。
だからといって右折しないで目的に着くのは至難の技。
で、しょうがねぇから酔っ払いをシートに寝かせて助手席を限界まで後ろに下げた。
そんでヤツの鞄を僅かな隙間に置いてバリケードにして、オマケで俺の制服のジャケットをかけてやった。
…我ながらお人よしだな、と嘲笑しながらリアのドアを閉め再び車をスタートさせた。
それが五分前。
目的の場所はヤツを乗せたトコからせいぜい二十分程度。
なのに今日に限ってどこぞの輩のおかげで事故渋滞なんぞを起こしてやがる。
そして…なんだかんだで四十分程かかってやっと目的の『南町公園』にたどり着いた。
閑静な住宅街の中にある鬱蒼とした茂み。
俺的にそんなイメージの場所だったが…夜に来るとまたイヤな雰囲気だ。
その正面に車を停めてメーターを止める。
まあ…こんな状況だったから少々回ってしまったが、俺への迷惑料も込みだから仕方ねぇな。
苦笑いをしながら運転席を出て後部のドアを開ける。
「お、ちゃんとキープ出来てんじゃん。」
寝かし付けた酔っ払いは当初の通りキッチリとシートの上で寝こけている。
ついでに言ゃあ…俺のジャケットをギュッと抱き締めてて。
「ヨダレなんぞつけてやがったらクリーニング代請求すっからな。」
そう呟きながらヤツの肩を揺する。
「お客さん、着きましたよ南町公園。起きて下さい。」
ユサユサ。
しかしヤツは本気で爆睡入ってるらしく起きる気配は全くない。
…仕方ねぇ。
もっかい起こしてダメなら警察にでも預かってもらうか。
そんな事を思いながらヤツの肩をもう一度揺すって。
「コラ、起きろ客!起きねぇと…」
「……すばる……」
揺すっていた手が止まる。
………“すばる”?
わけの分からん寝言に止まった手を再び動かそうとした瞬間、眠っているはずのヤツの閉じているまぶたから…一筋の雫が零れ落ちた。
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