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蝉しぐれ
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昨日までの、不満だらけで 不機嫌な表情は消え。幼い頃僕の憧れた、何事にも真っ直ぐな瞳をした禅さんが目の前にいる。
剣道も弓道も、一度も勝てなかった。
あの時の凛々しい表情と射るような瞳が僕を捉えて至近距離で見下ろす。
禅「泉」
決意の表れるこの声が、次に何を言おうとしているのか分かる。
無意識にジリジリと後ずさり、僕は壁に追い詰められて。訳のわからない緊張が、禅さんの瞳から逃れるのを邪魔する。
トン、と禅さんの逞しい両手が壁に触れ、退路を塞がれた。鼻先が触れるほどの距離で鷹のような勇ましい大きな瞳が僕を見下ろす。
禅「泉、お前が好きだ」
その言葉に、鼓動が音を立てる。
泉「ッ……僕は、ノーマルです」
禅「ノーマルか、そうじゃないかじゃなく。神明禅という一人の人として、見てくれ」
泉「…僕は、初めから差別などしてません。友達に男しかダメな人もいますし、心の問題です。僕は、尊敬できない人間は好きになれないだけです」
僕は禅さん気持ちに応えられない、そう言っているのに、何故か禅さんは嬉しそうに笑う。
まるでワクワクするような、そんな笑みだ。
禅「今は…言葉だけだが。1年後、必ず、身も心も能力もお前の憧れる男になって帰ってくる。それまで、誰のものにもなるな」
男の禅さんに口説かれているのに、僕は断るための言葉が喉に詰まった。
その圧倒的目力…鷹のような鋭く大きな瞳。
早くなる鼓動が僕を動けなくする。口が言葉無くパクパク動くのを、禅さんの人差し指が唇に触れて塞ぐ。
泉「…」
禅「1年後、もう一度言わせて…」
泉「でも…」
振り絞った言葉は、唇を奪われて塞がれる。
泉「ぅんッ!………」
熱い!
何度も想像していた女性とのキス。柔らかく甘酸っぱいのだろうと勝手に思っていた。
だけど実際のキスは、男の禅さんに2度も奪われて、想像じゃない本物のキスは、柔らかくも甘酸っぱくもない。
熱い…
苦しい…
それに…
鼓動がうるさくて目眩がする…
やはり息継ぎが出来なくて、なすがまま逆らえない。卑猥な音が耳に響いて生々しい男の禅を感じる。
息が…苦し…
泉「ッ…ぅ…ン……あッ」
禅「ッい…ずみ……」
眼鏡は奪われ、くちづけは深みを増す。
逃げようとしてるのに、禅は僕の腰を抱きしめて壁に押さえつける。
苦しい…
めちゃくちゃだ!恋愛ごとで覡になるなんて!こんなの無理に決まってる!流されるな!息をしろ!でないと…
でないと…
ードン!!
気づいたら、禅を突き飛ばしていた。
泉「ハァ…ハァ…ハァ…」
やたらと鼓動がうるさい…
唇を拭い、ヘナヘナとその場に座り込む。
足に…力が入らない…
羞恥と怒りと混乱。
僕は禅さんに戻ってきてもらって覡になってもらいたかった。禅さんの覡付きになって彼を支えていきたいと、そして立派な覡付きなって父に認められたいと思っていた。
僕の望みは叶う…だけど…
突き飛ばされた禅は、僕の顔を見て、1度目と同様に口角を上げた。
禅「泉、顔真っ赤だぜ」
顔が…熱い…
鼓動がうるさい…
腕で隠したところで遅いのは分かっていた。
だけど隠さずにはいられない。
禅「腰が抜けるほど良かったか?」
泉「うるさい…ケダモノ…」
禅の余裕そうな笑み。
僕を落とせると思ってる。僕は経験がないんだからこうなって当たり前だ、腰が抜けたんじゃない、息が出来なくて苦しくて、それで逆らえなかったんだ。
禅「…悪かった。お前がバッサリ切りそうな気がしてよ」
泉「き、切りますよ」
禅「容赦ねぇお前も魅力的だけど、人生やり直そうとする人間に、無駄に期待を持たせとけよ」
泉「む、無駄な期待が無ければ、やり直せないなら、邪念だらけで続きはしません。ま、待っていたところでこっちがガッカリするだけ…」
禅「…フッ」
禅はまたしても嬉しそうに笑った。
泉「ッ…」
ガシッと肩を掴まれ身をすくめる。
腰が抜けていて動けない僕は、目を瞑って顔を背けることしか出来ないでいたら、禅がクスッと鼻で笑った。
禅「眼鏡。返すだけだよ」
泉「……」
禅「いつもは、何があっても暖簾に腕押しで澄ました顔してかわしてたのに、キス一つで涙目で真っ赤になっちゃうのな…」
泉「ッ!!」
茶化されて殴り付けようとしたが、睨んだ先の禅は、切なげに目を細め、愛おしむように僕を見ていた。
禅「男だとか、気持ち悪いとか、本心がそうだったとしても、口にしないでくれて助かった。俺、必ずお前が惚れ惚れするような人間になる。その時は、お前の期待に答えてお前を奪うから」
泉「ッ!?期待なんかしてない!!」
禅「フッ…、じゃぁ、そういうことにしとくよ」
泉「そういうことって…」
禅「お前は期待してない、俺が勝手に頑張るだけ」
泉「……」
禅「俺は俺の将来のために、遅れをとった時間今から死に物狂いでやり直す。俺は必ず立派な覡になって、お前を覡付きに指名する。そして将来必ず、桜や親父を超える覡になる。だから、誰のものにもならず、お前の主になる人間を1年間だけ黙って見ていてくれ」
泉「僕は…」
禅「俺を振っても構わない、だが、1年だけその言葉は閉まっておいてくれ。お前と許嫁の美琴さんが仲良しなのも知ってる。だが、神明家の馬鹿息子を煽るために、付き合ってもないのに婚約を発表するようじゃ、お前や美琴さんの為にもならない。泉。お前が美琴さんを好きなら、ちゃんと恋愛して付き合って、それから婚約しろ。お前が本気で彼女を好きなら、俺は止めない、お前の人生だ。生意気なこと言ってるが、これだけは言わせてくれ…」
泉「…」
禅「お前は、自分の幸せを選べばいい」
禅が、ゆっくりと、僕に眼鏡をかける。
禅「1年後、必ずお前を攫いに来る」
眼鏡をかけた指が、耳をなぞって首筋をたどる。
禅「4度目は腰が抜けても離さないから」
そう言って、3度目のキスを挑んで来た禅のキザ過ぎる言葉の嵐に沸騰しかかって固まってた僕は、禅に抱き寄せられ、その手がお尻まで下がって来たのにハッとして我に返り、禅を殴り倒した。
泉「ケダモノ!!」
ーバキッ!!
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
あれから10ヶ月…
禅さんは宣言通り、一心不乱に修行している。
マキ「ねぇ、ねぇ、あれからどうなったのか教えてよ。美琴ちゃんとは付き合いだしたの?それとも一途なサボテンちゃんと3度目のキスした?」
泉「!!、見てたんですか!?」
キスの回数を言ったマキは、去年の禅の告白を覗き見していた。
マキ「やん♪泉の処女が奪われたら大変だからね♪ちゃんと一部始終見てたよ♪サボテンちゃんのキスにメロメロになってたイズミン♪可愛かった♪」
泉「メッ…、アレは!、息継ぎが出来なくて苦しかっただけで!決してメロメロだったわけじゃ!僕は禅さんに対してそういう気持ちはありません」
マキ「またまたぁ〜。真っ赤になって目ぇ〜うる〜んってなってたよ♪♪」
カチン…
泉「…もしもし、百目鬼さんですか?」
サッと携帯で百目鬼さんに電話。
マキ「あーッ!!なんで百目鬼さんに電話するのぉぉ!?」
泉「ええ、百目鬼さんに会えなくて寂しいみたいで、誰かと遊びに行こうかなぁ、と言ってました…」
マキ「言ってない!そんなこと言ってない!!」
泉「マキ、百目鬼さんが電話代わってって」
ニッコリ微笑んで携帯を差し出すと、マキは涙目でこちらを睨みながら携帯に出た。
マキ「…えへ♪貴方の天使マキちゃんです♪」
百目鬼『今すぐ事務所に来い』
マキ「え……でも、今日は約束してる日じゃないし…忙しいから邪魔でしょ…」
百目鬼『チッ。そこ動くな、迎えに行く』
マキ「うえ、でも……あっ、切れた…」
マキには、借りを返したつもりだ…。
将来に迷子になっていた禅さんは、道を見つけた、その腹も座った。
僕は父の後を継いで覡付きになる。それが禅さんならいいとずっと思っていた。
禅さんはきっと立派な覡になる。
僕はその禅さんを支えていくんだ。
もうすぐ約束の1年が経つ…
禅さんがまだ僕を好きなのか…、それは分からないし、僕は禅さんに3度目のキスを許すつもりはない。
もうすぐ約束の1年…
僕の憧れた人が帰ってくる…
あの自信たっぶりの笑みを浮かべて…
〜蝉しぐれ【完】〜
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